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『神律大学の未証明者《アンプローヴン》』   作者: 仕儀の反駁
第五章《公理階層》《第六候補》編

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第八十話 先に届く光は、残る星を消さない

 六本の白い線は、同じ明るさではなかった。


 現在の俺。


 第四候補。


 三年前の黒瀬零。


 帝都理法大学の黒瀬零。


 採択領域から離脱した黒瀬零。


 黒瀬灯。


 《第三公理階層》へ繋がる白い門の前で、六件それぞれの名前から伸びた線が、僅かずつ異なる強さで発光している。


 昨日までなら。


 同じ黒瀬零が五人いること自体が問題だった。


 今は、その五人と灯が同じ《第六候補》を構成していることは認められている。


 だからこそ今度は。


 違いが、問題になる。


 ――《第六候補》。


 ――存在格適合個別照合。


 ――進行率、一七・四パーセント。


「適合って、何を見てるんだ」


 俺が尋ねる。


 玄理はすぐには答えなかった。


 解析卓の表示を三件ほど開き、白い門から送られている参照情報を順番に分離していく。


「不明だ」


「珍しいな」


「何がだ」


「御厨先生がすぐ答えないの」


「分からないものを分かったと言う趣味はない」


「それはそう」


 玄理の隣で、澄玲も六本の線を見ていた。


「少なくとも、身体速度だけを比較しているわけではなさそうです」


「分かるのか?」


「はい。第四候補の通常身体性能が最も高いからといって、現時点で線の明度が最大になっているわけではありません」


 俺たちが一斉に第四候補の通信窓を見る。


『見るな』


「何でだよ」


『期待されてる感じがする』


「珍しく弱気だな」


『お前より速いだけで、知らない存在格の適性まで背負わされるのは嫌だ』


「そこは俺も同意する」


 第四候補の自己走行速度は、今の俺より遥かに上だ。


 少なくとも身体だけを比べれば、俺たち五人の中では頭一つどころではなく抜けている。


 だが。


 六本の線の明るさは、その順位になっていない。


「じゃあ、能力?」


 灯が訊く。


「それも断定できません」


 澄玲が答えた。


「五件の黒瀬零は未証明(アンプローヴン)を同一起源の能力として持っています。それでも表示には差があります」


「経験?」


「可能性はあります」


「年齢?」


「五件の零さんについては大きな差ではありません」


「私だけ違うね」


「はい」


「なのに私の線もある」


 灯は自分の名前から伸びた白線を見る。


 細い。


 だが、消えてはいない。


 《第三公理階層》は、灯も《第六候補》を構成する一件として照合している。


「存在格への適合って」


 俺は表示を見ながら言う。


「強いとか弱いとかとは、違うのか」


「その可能性が高い」


 緋月が答えた。


 壁際に立ったまま、腕を組んでいる。


「少なくとも私が知る無刻存在(アンクロノス)は、身体能力評価の上位等級ではない」


「時間を必要としない存在だから?」


「ああ」


「でも、何か条件があるから先生はなってるんだろ」


「結果としてはな」


「その条件は?」


「分からない」


「自分のことなのに?」


「自分が呼吸できる理由を、呼吸を始めた瞬間から理解していたか?」


「いや」


「同じだ」


「だいぶ違わない?」


「例えだ」


 灯が笑った。


「神代先生、たまに例え雑だよね」


「伝わればいい」


「伝わってはいる」


 緋月はそれ以上説明しなかった。


 だが。


 その言葉は少しだけ残った。


 技能じゃない。


 訓練手順もない。


 それでも、ある時点からその存在は、時間を必要としなくなる。


 なら。


 無刻存在(アンクロノス)へ至るというのは。


 何かを覚えることではなく。


 何かが変わることなのかもしれない。


 ――進行率、三二・九パーセント。


 六本の光が再び揺れた。


「変わった」


 灯が言う。


 俺にも分かった。


 さっきまで中程度だった一本が、急激に明るくなる。


「誰だ」


 玄理が識別表示を重ねた。


 白線の根元に名前が出る。


 ――第四候補。


「……俺?」


 通信窓の向こうで、第四候補が眉を寄せた。


「やっぱり身体能力じゃないの?」


 灯が訊く。


「まだ結論を急ぐな」


 玄理が止める。


 直後。


 別の一本が明るくなる。


 ――黒瀬灯。


「私?」


 今度は灯が自分を指差した。


「ほら、身体速度だけじゃない」


「私、お兄ちゃんたちより遅いよ」


「だからそう言ってる」


「じゃあ何?」


「まだ分かりません」


 澄玲が二件の変化を並べた。


「第四候補と灯さんに共通する何かがあるはずです」


「共通点?」


 俺は二人を見る。


 一人は俺と同一起源。


 一人は俺の妹。


 性別も。


 経歴も。


 能力も。


 身体性能も違う。


「候補制度との接触回数?」


 朔夜が言った。


「第四候補は他の黒瀬零より、上位査問へ直接晒された時間が長い。灯も第六問で維持主体へ固定されかけた」


「上位処理を受けた回数」


 玄理が検索する。


「一致しない。帝都理法大学の黒瀬零の方が多い項目がある」


『じゃあ違うな』


 帝都理法大学の俺が言った。


「現在が不安定だった経験とか?」


 三年前の俺。


 澄玲が顔を上げた。


「それは少し近いかもしれません」


「何に?」


「今の二人は、どちらも一度、自分の現在を別の基準へ固定されかけています」


 第四候補。


 誰が本物の黒瀬零かという査問の中で、一件の代表となる可能性を最も強く押しつけられた存在。


 灯。


 六件共同現在を維持する一人の中心として、五件分の人物識別情報を背負わされかけた存在。


「でも、それが何で無刻に関係する」


 俺が訊く。


「まだ分かりません」


 澄玲は即答しなかった。


「ただ……」


「ただ?」


「二人とも一度、自分の現在を、自分以外の複数件を成立させる基準として使われかけています」


「代表にされかけた」


「はい」


「それが適合条件だったら最悪だな」


 俺が言った瞬間。


 白い門が反応した。


 ――進行率、五〇・〇パーセント。


 六本の線が停止する。


「半分で止まった?」


 灯が門へ近づこうとする。


「そこから動くな」


 緋月。


「はい」


 灯は即座に止まった。


「素直だな」


「お兄ちゃんと違って学習が早いから」


「昨日まで勝手に触ろうとしてただろ」


「昨日の私と今日の私は違います」


「便利な理屈覚えたな」


 白い門の中央へ、文字が開いた。


 ――適合照合第一段階、完了。


 ――先行到達可能性。


 ――一件。


 会議区画から、音が消えた。


「一件」


 俺が読む。


 六人いる。


 でも。


 先に届けるのは一人。


 その意味を理解するより先に、次の表示が出た。


 ――先行適合対象。


 一本の白線だけが、強く光る。


 第四候補でもない。


 灯でもない。


「……え?」


 自分の声が漏れた。


 白い線。


 その根元。


 ――採択領域離脱・黒瀬零。


『俺か』


 通信窓の向こうで、採択領域から離脱した俺が呟いた。


     ◇


「理由を出せ」


 玄理が門へ言った。


 反応はない。


「適合基準を開示しろ」


 やはり反応しない。


「査問形式なら、判定根拠を提出しろ」


 今度は。


 一件だけ表示された。


 ――照合理由。


 ――下位側へ完全翻訳不能。


「便利だな、それ」


 俺は思わず言った。


「分からない時は全部それで済むじゃん」


「上位構造側から見れば、実際に翻訳できない可能性もある」


 玄理の声は少し苛立っている。


「納得してる顔じゃないけど」


「当然だ」


 採択領域から離脱した俺の通信窓だけ、白い縁取りが追加されていた。


 ――先行適合対象。


 ――存在格変質可能性、検出。


 ――無刻存在(アンクロノス)


 俺の背中に冷たいものが走る。


「変質可能性って」


 灯が呟く。


「もうなれるってこと?」


「違う」


 緋月が言った。


「少なくとも、今はまだ違う」


『俺も何も変わってない』


 採択領域から離脱した俺が、自分の手を見る。


『普通に時間は進んでる』


「確認する」


 玄理が複数の時計を同期させた。


「右手を上げろ」


『こうか』


 採択領域から離脱した俺が右手を上げる。


 ――動作時間、〇・四一秒。


「通常時間依存」


「ああ」


 緋月も表示を見る。


「現時点ではな」


「じゃあ、何が先行なんだ」


「到達可能性だろう」


 朔夜が言う。


「今は条件を満たしていない。ただ、六件の中では最初に条件へ届く可能性がある」


「でも、何をすれば届くかは分からない」


「そうなる」


『ずいぶん不親切だな』


 第四候補が言った。


「今まで親切な査問があったか?」


『ない』


「だろ」


 白い門が再び明滅する。


 そして。


 俺たちが最も警戒していた表示が出た。


 ――《第六候補》。


 ――身体入域最低条件。


 ――一件による先行充足を許可。


「来た」


 灯の声が低くなる。


 続く。


 ――先行入域主体。


 ――《第六候補》上位異議提出主体として仮指定可能。


「仮指定」


 澄玲が繰り返す。


 俺にも分かった。


 これは。


 ただ一人だけ先に上へ行ける。


 という話ではない。


 一人だけ先に上へ行き。


 その一人を。


 《第六候補》の上位異議提出主体として扱える。


 つまり。


「代表者にできる」


 俺が言った。


「はい」


 澄玲の声が硬くなる。


 昨日まで何度も拒んできたもの。


 誰か一人を。


 全員の代わりにする。


 形を変えて。


 また。


 目の前へ出てきた。


『俺はやらないぞ』


 採択領域から離脱した俺が言った。


 即答だった。


「まだ何も聞いてない」


『聞かなくても分かる』


「俺も同じこと言うと思う」


『だろ』


「でも待ってください」


 澄玲だった。


 俺たちが彼女を見る。


「拒否するにしても、何を拒否するのかは正確に分けた方がいいです」


「どういうこと?」


 灯が訊く。


「一人だけ先に無刻存在(アンクロノス)へ到達すること自体と、その一人を六件全体の代表にすることは別です」


「……あ」


「前者まで否定すれば」


 澄玲は採択領域から離脱した俺の表示を見る。


「六件が異なる現在であることを、自分たちで否定することになります」


 誰か一人だけ。


 先に強くなる。


 先に届く。


 先に条件を満たす。


 それ自体は。


 悪いことじゃない。


 昨日まで。


 俺たちは六人が六人であることを守ってきた。


 なら。


 六人全員が、同じ速度で成長しなければならない。


 そんなはずもない。


「先に行くのはいい」


 俺は言う。


「でも」


 澄玲が頷いた。


「先に行った人を、残る五件の代わりにはしない」


「それです」


 白い門は沈黙している。


 玄理が表示を読み直す。


「現状の文面では、先行入域そのものと代表指定は分離可能に見える」


「罠じゃないの?」


 灯。


「可能性はある」


「じゃあ怖い」


「怖くない査問があったか?」


「御厨先生、お兄ちゃんと同じこと言ってる」


「不本意だ」


「俺もだよ」


「そこは仲良くして」


「してない」


 緊張しているのに。


 少しだけ笑いが出た。


 でも。


 採択領域から離脱した俺は笑っていなかった。


『一つ聞いていいか』


「何だ」


『もし』


 通信窓の向こうで、自分と同じ顔が言う。


『本当に俺が先に無刻存在(アンクロノス)へ届いたら』


 誰も答えない。


『その時、お前たちはどうする』


「どうするって」


『俺だけが、経過時間〇の側で動ける』


「ああ」


『お前たちには見えない場所で、判断できる。動ける。攻撃できる。守れる』


 第四候補も。


 三年前の俺も。


 帝都理法大学の俺も。


 黙っている。


『それでも俺に、六件分の判断をするなって言えるか』


 言葉に詰まった。


 簡単に言えばいい。


 当然だ。


 代表になるな。


 勝手に決めるな。


 それで終わる。


 でも。


 例えば。


 経過時間〇の側で、灯が殺されそうになっていたら。


 俺たちは何もできない。


 採択領域から離脱した俺だけが動ける。


 その時。


 俺は。


「……守る判断までやめろとは言えない」


『だろ』


「でも」


 俺は続ける。


「俺たちの答えまで、お前一人で決めるな」


『その境界、分かると思うか』


「分からない」


『即答か』


「今は」


 俺は白い門を見る。


「だから、それを決めないと駄目なんだろ」


 採択領域から離脱した俺は少し黙った。


『……そうだな』


 澄玲が静かに口を開く。


「行動の代行と、回答の代行を分ける必要があります」


「行動の代行?」


「例えば、通常時間側にいる私たちが攻撃を受ける時、無刻存在(アンクロノス)である一件が防御すること。それ自体は、必ずしも残る五件の意思決定を奪うものではありません」


「でも」


 灯が言う。


「その人が『この攻撃は避けるべき』『この人は助けるべき』って決めた時点で、判断はしてるよね」


「はい」


「じゃあ、どこまでならいいの?」


「そこが次の問題です」


 澄玲は白い門を見る。


「代表にしないという原則だけでは、足りなくなっています」


 俺にも分かった。


 今までの査問では。


 誰か一人へ全部を集中させない。


 それで対抗できた。


 でも。


 今度は能力差そのものが生まれる。


 一人だけができること。


 一人だけが見えるもの。


 一人だけが判断できる瞬間。


 それが存在する。


 なら。


 全員平等だから。


 全部六人で決める。


 では間に合わないこともある。


「難しくなったな」


 獅堂が腕を組んだ。


「一人に任せたら中心になる。でも、一人に任せなかったら、その一人しかできないことが使えない」


「はい」


 澄玲が答える。


「だから必要なのは、全員が同じことをする構造ではありません」


「じゃあ?」


「違うことができるまま、誰も他者の回答権を所有しない構造です」


 中央の空白。


 昨日。


 そこには誰も座らなかった。


 一つの名前を六人で支えた。


 今度は。


 能力の差。


 時間の差。


 存在格の差。


 それが生まれても。


 同じことができるのか。


     ◇


「照合を続ける」


 玄理が言った。


「反対する者は?」


 誰も手を上げない。


『続けてくれ』


 採択領域から離脱した俺も言う。


「分かった」


 玄理が白い門へ許可を返す。


 ――存在格適合個別照合。


 ――第二段階。


 ――開始。


 採択領域から離脱した俺を示す線だけが、一度強く光った。


 次の瞬間。


『……っ』


「どうした!」


 俺が通信窓へ近づく。


 採択領域から離脱した俺が、頭を押さえていた。


『今』


「何があった」


『分からない』


「身体異常?」


『違う』


「時間計測!」


 玄理の指示で、向こう側の生体情報と時刻記録が一斉に開く。


 正常。


 通常時間も進んでいる。


「何を感じた」


 緋月が訊く。


『一瞬だけ』


 採択領域から離脱した俺が呼吸を整える。


『お前らが』


「俺たち?」


『止まったように見えた』


 会議区画の空気が固まった。


「時間停止か?」


「違う」


 緋月がすぐ否定する。


『俺も、止まってたと思う』


「どういうことだ」


『見えてたんだよ』


 自分と同じ顔が、困惑したまま言う。


『動けなかった。でも』


 一度、目を閉じる。


『動いてないお前たちを』


「認識してた?」


 澄玲。


『たぶん』


「何秒?」


『分からない』


「通常時間側では?」


 玄理が記録を見る。


「〇・〇〇〇秒」


「ゼロ?」


「通常計測上はな」


「でも」


 俺は採択領域から離脱した俺を見る。


「こいつには、その間があった」


「可能性がある」


 緋月の表情が変わっている。


 さっきまでと違う。


「先生」


「まだだ」


「何が?」


無刻存在(アンクロノス)ではない」


「でも今」


「認識だけだ」


 緋月は通信窓へ近づく。


「自分の意思で行動できたか」


『できなかった』


「判断は?」


『……見えただけだ。考える前に戻った』


「なら到達していない」


「でも近い?」


 灯が訊く。


 緋月は少しだけ黙った。


「ああ」


 初めて。


 そう言った。


「少なくとも、私が知る通常時間依存存在よりは」


 採択領域から離脱した俺が。


 無刻存在(アンクロノス)へ。


 一歩。


 近づいている。


 俺の胸に。


 焦りが生まれた。


 ほんの少し。


 本当に。


 少しだけ。


 俺より先に。


 自分と同じ顔をした誰かが。


 俺には見えない場所へ行こうとしている。


 悔しい。


 そう思った。


 そして。


 その感情に気づいた自分が。


 もっと嫌だった。


「お兄ちゃん?」


 灯が俺を見る。


「何でもない」


「ほんと?」


「ああ」


 嘘ではない。


 別に。


 採択領域から離脱した俺が強くなるのが嫌なわけじゃない。


 先に届くことも。


 たぶん。


 問題じゃない。


 ただ。


 置いていかれるのが。


 怖かった。


 白い門に。


 一人だけ通れるようになることが。


 そして。


 その一人が。


 俺ではないことが。


 怖かった。


 ――存在格適合個別照合。


 ――第二段階、一部成立。


 ――先行適合対象。


 ――採択領域離脱・黒瀬零。


 ――無刻認識。


 ――一時成立。


「無刻認識」


 玄理が読む。


「新しい分類か」


「存在格ではありません」


 澄玲が言った。


「おそらく、無刻存在(アンクロノス)への到達過程で生じた一時的な認識状態です」


「時間を使わずに見た?」


「まだそこまで断定できません。ただ、通常時間上に認識過程を配置できなかった可能性はあります」


 俺は通信窓を見る。


 採択領域から離脱した俺も。


 こっちを見ている。


『零』


「何だ」


『俺が先に行っていいか』


 真正面から聞かれた。


 少し前なら。


 答えに困ったかもしれない。


 今も。


 怖くないわけじゃない。


 でも。


「行けるなら行け」


『いいのか』


「ただし」


 俺は言う。


「俺たちの代わりにはなるな」


 採択領域から離脱した俺の口元が、僅かに上がった。


『分かった』


「あと」


『何だ』


「すぐ追いつく」


『治してから言え』


「お前まで先生側に行くな」


 灯が吹き出した。


 緋月は何も言わなかった。


 でも。


 少しだけ。


 呆れたように見えた。


     ◇


 その日の照合は、そこで一度中断された。


 採択領域から離脱した俺に生じた《無刻認識》が、身体や記録へどんな影響を残したのか。


 それを確認する必要があったからだ。


 白い門は閉じない。


 六本の線も残っている。


 ただし。


 一本だけが。


 他より僅かに先まで伸びていた。


 俺たちは会議区画へ戻る。


 玄理が記録を整理し。


 澄玲が今回の問題を文章へ落とし。


 朔夜と獅堂がそれぞれ表示を確認している。


 灯は俺の隣。


「悔しい?」


 突然言われた。


「何が」


「先越されたこと」


「まだ越されてない」


「じゃあ、先に一歩進まれたこと」


「……ちょっと」


「やっぱり」


「悪いかよ」


「別に」


 灯は白い門を見る。


「いいと思う」


「何が」


「お兄ちゃんが、ちゃんと悔しがるの」


「何だそれ」


「だって前のお兄ちゃん、誰が本物かとか、誰が消えるかとか、そういうのでずっと悩んでたじゃん」


「まあ」


「今は」


 灯は通信窓の向こう。


 採択領域から離脱した俺の名前を見る。


「別の人が先に強くなったから悔しいんでしょ」


「言い方」


「普通のライバルみたい」


 少しだけ。


 考えた。


 確かに。


 そうかもしれない。


 同じ黒瀬零だから。


 片方が上なら。


 片方は偽物。


 そんな関係じゃない。


 あいつが先へ行った。


 だから俺も追う。


 それでいい。


「じゃあ」


 俺は椅子から立とうとする。


「走ってくる」


「神代先生」


「座れ」


「まだ一歩しか立ってない!」


「その一歩を戻せ」


「厳しすぎるだろ!」


「治療中だ」


 灯が笑う。


 俺は仕方なく座り直した。


 白い門の前。


 採択領域から離脱した俺へ伸びる一本だけが。


 まだ。


 僅かに長い。


 その差を見て。


 今度は。


 嫌だとは思わなかった。


 先に行く者がいるなら。


 追えばいい。


 ただし。


 先に行った者を。


 残った者たちの答えにはしない。


 それだけは。


 六人で。


 もう決めている。


 だから。


 俺たちは。


 違う歩幅のまま。


 同じ門を目指せる。


     ◇


 深夜。


 誰もいなくなった会議区画。


 《第三公理階層》へ繋がる白い門だけが、薄く発光していた。


 六本の線。


 そのうち一本。


 採択領域から離脱した黒瀬零へ伸びる線。


 そこへ。


 新しい文字が一件だけ現れる。


 査問記録ではない。


 発信主体。


 未同定。


 ――先に届くことを。


 ――残る者の否定に使わなかったこと。


 少し間を置いて。


 もう一行。


 ――確認した。


 文字は、それだけを残して消えた。


 誰も。


 その記録を見ていなかった。


 ただ。


 自動保存を切られていたはずの解析卓の片隅に。


 発信元を持たない一件の記録だけが。


 静かに残っていた。

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