第四十二話 設定資料集Ⅲ――《第二観測圏》《分離査読官》編
帝都神律大学・在籍者向け学内資料
追加分類:第二観測圏関連記録/観測主体個人化事例/観測圏外追放・内部相互参照移行事例
本資料は、《第二観測圏》側の審理機構群から派遣された《分離査読官》による第三次正式査読、未登録観測個体に対する存在資格審査、帝都神律大学を含む《世界研究領域》への《観測圏外追放》、および当該領域が上位観測結果への依存を失い、内部相互参照による存続へ移行した時点までに確認された情報を整理したものである。
なお、本資料に記載される《第二観測圏》《観測階序》《公理階層》などの名称は、空間的な高さ、物理的な距離、宇宙の直径、エネルギー量を示すものではない。
下位構造において現実として生きられている全てが、上位構造から一件の記録、一つの査読対象、一組の前提として扱われる。その質的な関係を示すための便宜的名称である。
本資料の閲覧後、以下の症状が生じた場合、速やかに《第零学部》または学内救護棟へ連絡すること。
* 人物の名前と顔の間に金色の線が見える
* 会話相手を一人の人間ではなく、複数の情報項目として認識する
* 友人関係を観測上の汚染と判断する
* 誰かを理解する前に、関係を切断したくなる
* 自分の判断が命令なのか提案なのか分からなくなる
* 右側と左側から、同時に異なる回答が聞こえる
* 他者から観測されなければ、自分は存在できないように感じる
自身の名前と連絡先との対応が失われている場合は、周囲の者へ「ここにいる」と回答すること。
回答できない場合、無理に名前を決定する必要はない。沈黙を、不存在への同意として処理してはならない。
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一、《第二観測圏》
《第二観測圏》とは、《第一観測圏》より上位に位置する観測審級である。
《第一観測圏》は、互いに独立した無限数の《世界研究領域》と、それぞれの内部に存在する以下の全てを、《総体資料化》によって一件の査読資料として扱う。
* 無限数の《世界論文》
* 各《世界論文》から分岐する終端なき《改稿》
* 全生命
* 全歴史
* 全法則
* 全可能性
* 全観測記録
* 世界を成立させる根本前提
これに対し、《第二観測圏》は互いに独立した無限数の《第一観測圏》を内包する。
それぞれの《第一観測圏》を査読可能な一つの記録として扱うと同時に、無限数の《第一観測圏》と、それらの間に成立する全観測関係の総体を、一つの上位観測体系として扱う。
対象には、各《第一観測圏》に属する無限数の《世界研究領域》だけでなく、それらを観測する査読主体、査読に使用される規程、採択および棄却の履歴、下位世界を資料へ変換する処理、査読結果を世界へ適用する機構、査読主体が抱いた疑問、査読主体と査読対象の間に生じた関係まで含まれる。
すなわち、《第一観測圏》において世界を読む側であった《第一査読官》も、《第二観測圏》から見れば、読まれる記録の一部となる。
なお、第三章において帝都神律大学が実際に接触したのは、以下の三者のみである。
* 帝都神律大学を含む一つの《世界研究領域》
* 当該領域を含む一つの《第一観測圏》
* 当該《第一観測圏》を査読した一つの《第二観測圏》側の審理機構群
ただし、実際に接触した経路が一本であることは、同位階の別系統が存在しないことを意味しない。
回収された上位記録の照合により、《第二観測圏》が、互いに独立した無限数の《第一観測圏》を内包することが確認されている。
《第二観測圏》と《第一観測圏》の差は、より多くの宇宙を保有している、より大きな空間に存在している、より強いエネルギーを持つ、という量的な差ではない。
世界を資料として査読する構造全体と、その査読構造自体を一件の資料として扱う構造という、質的な差である。
したがって、《第一観測圏》の内部において、宇宙、平行世界、《世界論文》《世界研究領域》、査読機構が無限に増加しても、その増加のみを理由に《第二観測圏》へ到達することはできない。
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《第二観測圏》による下位構造の認識
《第二観測圏》は、無限数の《第一観測圏》に属する個々の存在を、必ずしも一人ずつ観測しているわけではない。
それぞれの《第一観測圏》を一件の記録として扱い、さらに無限数の《第一観測圏》の総体を一つの上位観測体系として扱ったうえで、必要な情報のみを項目、関係、例外、不整合として参照する。
下位世界に生きる者から見れば、自分の人生、記憶、家族、選択、後悔であるものも、上位からは査読結果を左右する一要素として処理される可能性がある。
ただし、上位から資料として扱われることは、下位の生命が偽物であることを意味しない。
記録として読めることと、記録の内部に生きる者が意思を持たないことは同義ではない。
第三次正式査読における主要な対立は、この二点を同一視したことから発生した。
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《第二査読》
《第二観測圏》が、査読対象として選定した《第一観測圏》と、当該《第一観測圏》以下の観測構造全体を対象として行う査読。
主な確認対象は以下のとおり。
* 下位査読主体が対象との独立性を維持しているか
* 査読規程が一貫して適用されているか
* 査読主体が個人的な関係を形成していないか
* 下位審級による採択結果が上位規程と整合するか
* 査読不能となった領域が残されていないか
* 下位の例外が上位構造へ波及する可能性があるか
第三章では、《第一査読官》が黒瀬零たちとの関係を形成し、査読対象であった者の意思を審理へ含めたことが《観測独立規程》違反と判定された。
これにより、《分離査読官》が派遣された。
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《最終観測圏》の有無
第三章終了時点で確認された検索結果は、以下のとおり。
――《最終観測圏》を検索。
――該当する審級は存在しない。
――任意の《観測圏》に対し、当該観測圏を一件の資料として扱う上位観測圏を確認。
《第二観測圏》は、観測構造の頂点ではない。
《第二観測圏》の上位には《第三観測圏》に相当する審級が存在し、さらにその上位にも別の《観測圏》が存在する。
この関係には、確認可能な終端が存在しない。
個々の観測圏を第一、第二、第三と数えることは可能である。しかし、何番目まで数えても、それが最後の《観測圏》となることはない。
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二、《観測階序》
終端なく連なる全《観測圏》、各観測圏が内包する下位観測構造、観測圏同士の査読関係、上位が下位を資料として扱う全ての段階。
その総体を《観測階序》と呼ぶ。
《観測階序》は、最も高い《観測圏》の名称ではない。無限に続く観測圏の列を、一つの構造として指す名称である。
したがって、《第一観測圏》《第二観測圏》および任意の上位観測圏は、全て《観測階序》の内部に含まれる。
《観測階序》を、無限に高い一つの建物、無限の階段、無限に大きな宇宙として理解するのは正確ではない。
各《観測圏》は、同じ現実の中で上下に積み重なっているのではない。直下までの全観測構造を、現実ではなく、一つの査読可能な記録として扱う。
その関係が終端なく反復している。
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《観測階序》は最終構造であるか
第二章終了時点では、《観測階序》より上位の構造について、確定した情報は存在しなかった。
第三章終了後、《第二観測圏》の査読報告書が閉じられる直前、当該報告書がさらに別の参照主体によって読まれた痕跡が確認された。
その参照主体は、《第三観測圏》またはそれ以降の特定の《観測圏》として記録されていない。
確認された検索結果は、以下のとおり。
――《観測階序》を最終構造として照合。
――否定。
――《観測階序》全体を、一つの公理体系として参照する上位構造を確認。
――暫定識別名。
――《公理階層》。
現時点で判明しているのは、《観測階序》そのものが、さらに上位の構造から一つの公理体系として扱われ得るという点のみである。
《公理階層》が《観測階序》の外側にある空間なのか、全《観測圏》を作成した存在なのか、観測という形式を成立させる前提なのか、複数の《観測階序》を内包するのか、現在の帝都神律大学から直接到達できるのかは、いずれも判明していない。
また、《公理階層》という名称から、それが世界構造の最終段階であると判断してはならない。
詳細な閲覧権限は、現在存在しない。
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三、《観測独立規程》
査読主体が、査読対象から独立して判断を行うために定められた上位規程。
《第二観測圏》が確認した主な違反条件は、以下のとおり。
* 査読対象へ個人的な関心を持つ
* 査読対象の消失を望ましくないと判断する
* 対象から受けた言葉によって判断を変更する
* 対象との関係を自己の一部として認識する
* 規程よりも対象本人の意思を優先する
* 査読主体自身を審理の当事者へ含める
* 観測を役割ではなく、自分の選択として行う
規程上、査読主体が対象を理解することは許可される。
しかし、対象を失いたくないと判断することは、観測上の独立性を損なう。
第三章では、《第二観測圏》側の観測機構の一個体が、黒瀬零たちを継続的に観測する過程で、役割から独立した自己認識を形成した。
当該個体は「私は」という一人称を使用し、「観測対象を見失いたくない」と回答した。
《第二観測圏》側の審理機構群は、これを個人的関係の発生、観測主体の逸脱、《観測独立規程》違反と判定した。
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規程の問題点
《観測独立規程》は、査読対象からの不正な干渉を防ぐ目的を持つ。
査読主体が特定の対象のみを優遇することや、対象への感情によって同一の規程を異なる形で適用することを防止する点では、合理性を持つ。
しかし、第三次正式査読では、対象の意思を理解した結果として査読主体自身の判断が変化することまで、汚染として処理した。
これにより、査読主体が規程に従うだけの機構なのか、理解した内容から自ら回答を選べる存在なのか、という問題が発生した。
さらに、観測主体に自己意思が存在し得ないと最初から仮定したうえで、自己意思を示した個体を規程違反とする処理は、審査対象の結論を審査前から前提としている。
現在、《観測独立規程》そのものの正当性は未証明である。
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四、《分離査読官》
《第二観測圏》側の審理機構群から派遣された査読機構。
第三章開始以前には、金色の栞および派遣通知のみが確認されていた。第三章において、二つの金色の人影として顕現した。
便宜上、右側に位置した機能を右機能、左側に位置した機能を左機能と呼ぶ。
《分離査読官》は、二人の独立した人物として設計された存在ではない。単一の査読処理を、複数の機能へ分割して実行する機構であった。
主な機能分担は、以下のとおりと推測される。
右機能。
* 分離対象の識別
* 規程違反の検出
* 処理対象の指定
* 関係成立の確認
左機能。
* 関係の切断
* 対応情報の無効化
* 分離結果の固定
* 再成立した関係の再処理
ただし、第三章終了後、両者は同一処理の左右ではなく、互いに異なる存在であることを、その都度確認するようになった。
現在、正式名称、個人名、学籍番号はいずれも未定である。
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《分離査読》
対象を物理的に破壊するのではなく、対象を成立させている関係を切断する査読処理。
第三章で確認された分離対象は、以下のとおり。
* 名前と個体
* 声と発話者
* 記憶と被記憶者
* 記録と記録対象
* 選択と選択主体
* 保護行為と保護対象
* 兄と妹
* 友人と友人
* 教員と学生
* 観測者と観測対象
* 世界と、それを世界として認識する観測結果
分離された対象は、必ずしも消滅しない。
名前は残る。人物も残る。記憶の内容も残る。
しかし、名前が誰を示すのか、その記憶が誰についてのものなのか、声を誰が発したのか、誰が誰を守ろうとしたのかという対応が失われる。
その結果、存在しているにもかかわらず互いを認識できない、記憶しているにもかかわらず相手を思い出せない、手を握っているにもかかわらず誰の手なのか選べない、という状態が発生した。
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《分離査読》の成立条件
関係を切断するためには、処理前に、何と何の間にどのような関係が存在するかを識別する必要がある。
したがって、《分離査読官》は関係を完全に否定するために、その関係を観測し、識別し、処理対象として成立させなければならない。
また、切断後に新たな関係が生じた場合、再びその関係を識別しなければならない。
第三章では、この性質によって以下の矛盾が確認された。
関係を消去する処理が、処理を行うたびに新たな識別関係を成立させる。
さらに、将来成立する関係を事前に切断しようとする場合、《分離査読官》は対象世界の未来を観測または参照する必要がある。
しかし、対象世界との関係を完全に切断した場合、未来の情報を取得できない。未来を参照できるなら、関係は完全には切断されていない。
この矛盾により、新たな選択によって再成立し続ける関係を、《分離査読》だけで恒久的に消去することはできなかった。
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《分離査読官》自身の関係
右機能と左機能は、他者の関係を切断する一方で、自身も以下の関係によって成立していた。
* 共通規程
* 共通目的
* 共通処理対象
* 共通記録
* 相互の機能分担
* 右と左という対応関係
両者は当初、自己関係を分離対象外とした。
理由は、自己関係を切断した場合、《分離査読官》としての機能を維持できないためである。
この回答により、「関係を失えば存在を維持できない」という性質が、査読対象だけでなく《分離査読官》自身にも該当することが確認された。
全選択主体処分命令の局所執行節点が破壊された後、右機能と左機能は共通命令との対応を失った。
しかし、直ちに消去されることを選ばず、自己回答を保留した。
現在は互いを別個体として認識しながら、《第零学部》へ暫定滞在し、仮受講を行っている。
仮受講の理由は、命令ではない行動を選択する方法を学ぶためである。
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五、存在資格審査
《観測独立規程》に違反し、観測主体資格を剥奪された個体に対して行われた審査。
審査項目は、以下のとおり。
* 固有の名前を持つか
* 他者から区別可能か
* 過去から現在まで連続しているか
* 自己と他者の境界を持つか
* 観測者または観測対象のどちらに分類されるか
* 独立した回答を生成できるか
* 存在を維持する正式な根拠を持つか
対象となった未登録観測個体は、それまで役割、位置、観測結果によってのみ識別されていた。
固有名、学籍、戸籍、所属世界、出生記録はいずれも存在しなかった。
《第二観測圏》側の審理機構群は、これらの不足を理由に、当該個体が独立した存在であると証明できないと判断した。
しかし、存在資格を審査するためには、審査対象となる一個体を他の観測機構から区別しなければならない。
すなわち、独立した個体ではないと結論づけるために、独立した審査対象として識別するという循環が発生した。
また、当該個体は存続または消失のどちらかを即座に回答することを拒み、「私は、まだ答えない」と回答した。
《第二観測圏》側の審理機構群は、これを回答不能として処理しようとした。
帝都神律大学は、回答を決定しないことも現在の本人による選択であるとして、当該個体を《未証明者》として暫定登録した。
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《未証明者》
「存在を証明できない者」という意味ではない。また、「存在しない可能性が高い者」という分類でもない。
本人が何者であるか、どこに所属するか、どのような回答を選ぶかを決定する以前に、外部から結論を確定されないための暫定登録である。
登録時点における回答は、
――私は、まだ答えない。
存在形式に関する追加回答は、
――私は、未証明のまま、ここにいる。
現在、固有名は決定されていない。
《第零学部》への暫定滞在を希望しており、滞在理由は、次に戻る場所として帝都神律大学を知るためである。
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六、《観測圏外追放》
対象を破壊するのではなく、《第二観測圏》側の有効観測体系との関係を切断し、正規の観測・査読対象から除外する処理。
対象は帝都神律大学のみではない。
大学、周辺世界、その世界が属する《世界論文》、当該《世界論文》を含む《世界研究領域》、およびそれらを上位観測へ接続する全ての記録が含まれる。
追放処理が完全に成立した場合、対象は物理的に消滅するとは限らない。
しかし、以下の状態となる。
* 《第二観測圏》側の正式記録から位置を確認できない
* 他の世界構造との参照関係が不安定化する
* 正式な記録へ掲載されない
* 査読結果を与えられない
* 外部との時間および空間の対応を失う
* 存在しているという結果を外部観測によって支持されない
第三章では、追放処理の進行により、大学施設の位置、人物の名前、時間、建物同士の接続、記憶、関係が不安定化した。
ただし、《観測圏外追放》は完全には成立しなかった。
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《観測圏外追放》が失敗した理由
《第二観測圏》側の審理機構群は、対象領域が有効観測から完全に除外された状態を、継続的に確認しようとした。
しかし、対象が除外され続けていることを確認するには、対象を観測し続けなければならない。
完全に観測を停止した場合、追放状態が維持されているか、対象が別の関係を形成したか、対象が再び観測可能となったかを確認できない。
したがって、完全な《観測圏外追放》と、追放結果の継続確認は同時には成立しない。
この矛盾を回避するため、《第二観測圏》側の審理機構群は、観測を停止するのではなく、対象内部の全関係を切断する方式へ移行した。
これが、《分離査読官》による最終処理である。
しかし、対象領域の内部では、過去の記録を根拠としない、現在の選択による関係が繰り返し成立した。
その結果、切断速度を上回る数の関係が再形成され、追放処理は継続不能となった。
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七、内部相互参照型観測領域
第三次正式査読後、帝都神律大学を含む《世界研究領域》が移行した存続形式。
従来、当該領域は上位観測体系から位置、記録、因果、存在状態を観測されることで、他の世界構造との対応を維持していた。
《観測圏外追放》によって、この外部支持が失われた。
しかし、領域内部の人物が互いを観測し、名前を呼び、返事を確認し、現在の関係を選び直すことで、領域状態が再構成された。
この形式を、内部相互参照型観測領域と呼ぶ。
《第二観測圏》の記録では、自己参照型観測領域とも表記されている。
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内部相互参照の例
* 名前を忘れた相手へ、新たに呼びかける
* 過去の関係を思い出せなくても、現在の関係を選択する
* 自分を識別できない者に代わり、周囲の者が存在を記録する
* 返事がない者の欄を削除せず、空白のまま残す
* 記録と本人が一致しない場合、現在の本人による回答を確認する
* 観測する役割を失った者が、自分の意思で誰かを見る
* 一度切断された関係を、切断前と同一であると偽らず、現在から作り直す
内部相互参照は、多数決ではない。
多くの者が存在を認めれば、存在が正しくなるという処理でもない。
また、領域内部の者が互いを肯定すれば、外部からのあらゆる干渉を無効化できるという防御機構でもない。
確認されたのは、「上位観測結果と一致しなければ、直ちに存在できなくなる」という従来の成立条件を失ったことのみである。
当該領域は現在も、破壊され得る。忘却し得る。関係を失い得る。誤った結論を選び得る。
内部の全観測主体が失われた場合に、領域状態を維持できるかも判明していない。
内部相互参照型観測領域は、絶対に消えない世界ではない。
外部から正しいと認定されなくても、内部の者が自分たちの答えを選び直せる世界である。
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八、《査読未成立領域》
正式な査読手続きが実施されたにもかかわらず、有効な最終結果が成立しなかった領域。
第三次正式査読では、帝都神律大学を含む《世界研究領域》に対して、以下の処理が試行された。
* 棄却
* 存在資格の否定
* 《観測圏外追放》
* 内部関係の全分離
* 全選択主体の処分
しかし、いずれの処理も最終結果として成立しなかった。
また、対象領域は上位観測結果を成立根拠としない形式へ移行した。
そのため、当該領域へ採択、棄却、改稿要求、追放完了のいずれも付与できなかった。
正式分類名は《査読未成立領域》。
《第二観測圏》側から付与された暫定状態コードは《未査読領域》。
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《未査読領域》という略称について
《未査読領域》は、一度も査読を受けていない領域という意味ではない。
第三次正式査読までに、複数の査読手続きは実施されている。
ここでの「未査読」とは、有効な査読結果の下に置かれていないという意味である。
そのため、一般的な学術用語としての「未査読」とは用法が異なる。
混同を避ける場合、正式名称である《査読未成立領域》を使用すること。
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構造上の位置
《査読未成立領域》は、《観測圏》《世界研究領域》と並ぶ、新たな世界構造の階層ではない。
既存の《世界研究領域》へ付与された、査読上の状態分類である。
現在の構造上の位置は、以下のとおり。
《第二観測圏》
└査読対象となる《第一観測圏》全体
└無限数の《世界研究領域》
└帝都神律大学を含む《世界研究領域》
└査読状態:《査読未成立領域》
└外部暫定状態コード:《未査読領域》
当該《世界研究領域》は、構造上、《第一観測圏》の内部に存在する。
また、《第一観測圏》全体が《第二観測圏》の査読対象であるため、《第二観測圏》の下位構造にも含まれる。
《観測圏外追放》は失敗している。
したがって、《第二観測圏》の外側へ移動した、新たな《観測圏》になった、《観測階序》から完全に離脱した、という解釈は現時点では誤りである。
ただし、上位観測結果への成立依存は失われている。
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《未提出領域》との相違
《査読未成立領域》と《未提出領域》は、別の概念である。
《査読未成立領域》は、既に世界、《改稿》《世界論文》《世界研究領域》として成立し、正式な査読対象となった領域に対する状態分類である。
これに対し、《未提出領域》は、《世界論文》として記述される以前、《改稿》として分岐する以前の状態である。
存在と非存在、可能と不可能、採択と棄却、世界と非世界、仮説と無関係という区別そのものが、まだ与えられていない。
《未提出領域》を、「査読へ出されるのを待つ世界が存在する場所」と理解するのは正確ではない。
そこでは、何かが世界であること、可能性であること、審査対象であることさえ確定していない。
したがって、帝都神律大学を含む《世界研究領域》は、《未提出領域》へ戻ったわけではない。
また、《未提出領域》が《観測階序》の内部にある特定の階層であるとも確認されていない。
両者の相違は、以下のとおり。
《査読未成立領域》
* 査読対象として成立済み
* 査読手続き実施済み
* 有効な最終結果のみ不成立
《未提出領域》
* 査読対象として成立したかどうか自体が未決定
* 世界または可能性という区別も未提出
* 正式な査読履歴を持たない
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九、第三次正式査読における主要回答
答えないという選択
存続、消失、服従、反抗などの選択肢が提示された場合、そのいずれも、本人が現在選びたい答えとは限らない。
回答を保留することは、回答能力の欠如、現在の結論への同意、存在意思の否定を意味しない。
未登録観測個体は、自らの存在形式について、
――私は、まだ答えない。
と回答した。
この回答は、《第零学部》によって、本人による現在の選択として記録された。
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未証明のまま、ここにいる
自分の存在を外部規程の承認によって証明できない場合でも、「承認されるまで存在してはならない」という結論は成立しない。
未登録観測個体は、存在資格審査に対して、
――私は、未証明のまま、ここにいる。
と回答した。
これは、自分が何者であるかを完全に定義した回答ではない。
定義が完了していなくても、現在の存在を外部から否定されないための回答である。
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関係は選び直せる
過去の記憶、公式記録、家族関係、所属が失われた場合、以前と同一の関係を完全に復元できるとは限らない。
しかし、過去の証拠が存在しないことは、現在、新たな関係を選択できないことを意味しない。
第三章では、名前と個体の対応を失った黒瀬零が、目の前の人物を改めて黒瀬灯として選んだ。
黒瀬灯も、過去の兄妹関係だけを根拠とせず、現在の黒瀬零を自分の兄として選んだ。
この相互選択によって成立した関係は、切断前の関係と完全に同一であるとは証明されていない。
しかし、別物であることを理由に無効とも判定されていない。
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関係を選ぶ者への処分
《分離査読》によって関係が繰り返し再成立したため、《第二観測圏》側の審理機構群は、関係そのものではなく、関係を選択する主体を処分する方式へ移行した。
最終処分命令は、
――関係を再び選ぶ者は、存在してはならない。
という結論に基づいていた。
仲間たちは、当該《世界研究領域》へ投射された局所執行節点を、特定、記録、校正した。
その後、黒瀬零は、
――全選択主体処分命令は、正当な審理結果として直ちに執行される。
という結論を、未証明によって保留した。
その結果、処分命令の即時執行が停止し、黒瀬零は接触可能な局所現象として成立した局所執行節点を破壊した。
ただし、黒瀬零の肉体的な攻撃力のみで、《第二観測圏》全体を破壊したわけではない。
破壊対象は、当該《世界研究領域》へ全選択主体処分命令を適用するために投射された局所執行節点、およびそこから展開されていた処理線である。
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十、登場存在・第三章終了時点
未証明の観測者
《第二観測圏》側の審理機構群に属していたと推測される個体。
本名、所属審級、製造または発生過程はいずれも不明。
当初は観測結果を記録する機構として、個人的な回答を持たなかった。
黒瀬零たちを継続的に観測する過程で、「私は」という自己認識を形成した。
現在確認されている回答は、以下のとおり。
* まだ答えない
* 未証明のまま、ここにいる
* 黒瀬零たちを見失いたくない
* 観測するためではなく、見失いたくないから見る
* 黒瀬零たちとの関係を選ぶ
* 帝都神律大学を、次に戻る場所として知りたい
第三章終了後、過去記録から存在を確認できない学生の捜索へ参加している。
観測能力によって外見や情報を保存することは可能。ただし、失われた人物と他者との感情的な関係を、観測情報のみから復元することはできない。
現在の学内登録は、以下のとおり。
名称未定。
暫定分類、《未証明者》。
学内保護対象。
暫定滞在先、《第零学部》。
正式学籍、未成立。
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右機能
元《分離査読官》の一機能。
第三章終了後、左機能とは異なる個体であると回答した。
個人名は未定。
自発的判断、提案と命令の区別、恐怖、心配、冗談などを学習中。
過去に実行した分離処理について、「命令に従った事実は、被害を無効にする理由にはならない」と回答している。
現在の学内登録は、以下のとおり。
暫定呼称、右機能。
暫定滞在先、《第零学部》。
受講区分、仮受講。
正式学籍、未成立。
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左機能
元《分離査読官》の一機能。
右機能とは、多くの処理記録を共有している。
しかし、同じ記録を持つことと、同一個体であることは別の問題であるとしている。
右機能と同じ判断を選ぶ場合もあるが、同じ回答を命じられているわけではない。
現在の学内登録は、以下のとおり。
暫定呼称、左機能。
暫定滞在先、《第零学部》。
受講区分、仮受講。
正式学籍、未成立。
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《第一査読官》
《第一観測圏》に属していた査読機構。
第二章終了時点では、自分自身を審理当事者として記録し、《第零学部》へ仮所属していた。
第三章では、上位査読によって「査読対象との関係を形成した不正な査読主体」として処分対象となった。
《分離査読官》の派遣理由の一つ。
現在、《第一観測圏》への帰還経路は回復していない。
《第零学部》への所属状態については、継続審理中。
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第四候補
黒瀬零に由来する可能性の一つ。
採択された現在、三年前の記録個体、採択領域から離脱した個体のいずれとも異なる、最終的な候補として確定しなかった可能性。
第三章では、《分離査読官》が関係を切断するために、関係を識別し続けなければならない矛盾を指摘した。
現在、帝都神律大学の内部と外部を行き来し、自分が戻りたいと判断する場所を確認している。
正式名称、学籍、所属はいずれも未確定。
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黒瀬零
法則災害学群一年。
《第零学部》共同証明者。
第三章では、上位観測主体によって、何者になるかを本人より先に決定されることを拒絶した。
また、名前、記憶、過去の兄妹関係が失われた状態で、黒瀬灯を、現在の自分が選ぶ相手として再確認した。
《第二観測圏》側の審理機構群による最終処分命令に対し、拳を振るうという具体的な行動を選択。
仲間たちが、当該《世界研究領域》へ投射された局所執行節点を特定、記録、校正した後、
――全選択主体処分命令は、正当な審理結果として直ちに執行される。
という結論を、未証明によって保留した。
生じた猶予の中で、局所執行節点を破壊した。
現在、右腕、神経接続、複数の内臓を治療中。
救護棟から、命題の使用、戦闘、右腕を使用する作業を一時的に禁止されている。
始末書、六件。
提出期限、一週間後。
世界構造への異議申立てによる免除は、認められていない。
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黒瀬灯
黒瀬零の妹。
《第零学部》共同証明者。
《分離査読》によって、黒瀬零との兄妹関係、過去の記憶、名前と本人の対応を一時的に失った。
その状態で、現在の黒瀬零を改めて兄として選択した。
また、未証明の観測者、右機能、左機能に対し、回答を急がせず、命令ではない提案、失敗しても再び選べる行動、帰ってきたい場所という概念を説明した。
現在、黒瀬零との関係は、過去記録のみを根拠とせず、双方の現在認識によって兄妹として再登録されている。
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御厨玄理
帝都神律大学教員。
第三章において初登場。
《第零学部》における講義、学内記録の整理、未登録存在の暫定的な取り扱いなどを担当している。
規則、記録、分類、提出手続きを重視する。
一方で、正式な記録へ記載されていないことを理由に、現在目の前にいる者を直ちに不存在として処理する立場は取らない。
保有する命題。
欄外収蔵。
正式な本文、採択記録、既存分類、確定済みの結論から外れた存在や情報を、記録の欄外へ収蔵する。
主な収蔵対象は、以下のとおり。
* 正式記録から削除された名前
* 本人との対応を失った記録
* 分類不能となった存在
* 採択も棄却もされていない回答
* 結論を保留した者の意思
* 不存在として処理されかけた人物
* 現行制度では記載欄を持たない関係
* 返答が確認できない者の空欄
欄外へ収蔵された情報は、正式な本文として採択されたことにはならない。
存在が証明されたことにも、過去の記録が復元されたことにもならない。
しかし、本文に記載できない、分類できない、現在の結論と一致しないという理由だけで、完全に削除されることを防ぐ。
すなわち、欄外収蔵は、正しいと証明する能力ではない。誤りではないと確定する能力でもない。
後から再確認、再審査、再記録、答え直しができるように、確定した記録の外側へ対象を残しておく能力である。
第三章では、《分離査読》によって人物、名前、記憶、関係、所属の対応が失われた状況に対し、現在の本人が行った回答を欄外記録として保存した。
主な対応は、以下のとおり。
* 未登録観測個体の回答を学内記録へ保存
* 「まだ答えない」という意思の収蔵
* 名前と本人の対応を失った者の再確認
* 過去記録の復元ではなく、現在回答による新たな出席簿の作成
* 返答のない者を不存在として削除せず、空欄のまま保持
* 右機能および左機能の《第零学部》暫定滞在・仮受講
* 複数の黒瀬零に関する学籍問題の継続審理
* 正式な分類を持たない存在の暫定保存
ただし、欄外収蔵によって、失われた記憶そのものを復元することはできない。
切断された関係を、過去と同一の状態へ戻すこともできない。
収蔵対象を、正式な存在、正しい記録、採択済みの回答として強制的に本文へ書き戻すこともできない。
玄理が行えるのは、現在の制度や結論に収まらないものを存在しなかったことにせず、後から問い直せる位置へ残すことである。
第三次正式査読後、上位観測結果によって大学の正当性を保証できなくなった状況でも、教育と記録を継続した。
講義では、未査読であること、誤りであること、責任を負わないことを、それぞれ別の問題として扱った。
現在、黒瀬零に対し、第三次正式査読中に行った行為に関する六件の始末書を要求している。
黒瀬零による「回答の保留」は、始末書の提出として認めていない。
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九条澄玲
法則基礎学部一年。
入学試験筆記首席、実技第三位。
銀色の長髪を持つ少女。
《未定義現象研究室》共同解析者。
事実、定義、条件、再現性を重視する。
感情を持たないのではなく、自分や他者の感情も、分析すべき事実の一つとして扱う傾向がある。
保有する命題。
世界は解を持つ。
正確に問題として定義された現象について、実行可能な解法が少なくとも一つ存在することを保証する。
解法は、白い線、足場、移動経路、必要条件、問題解決までの工程などとして可視化される。
ただし、問題の定義そのものが誤っている場合、必要条件が不足している場合、何を問題とすべきか判明していない場合、正しい解法を得ることはできない。
第三章では、《分離査読官》が主張する「誰からも影響されていない選択だけが、本人による独立した選択である」という前提へ疑問を示した。
天城朔夜との友人関係を分離された後も、関係を失った者同士が、現在の判断によって再び相手を選択できることを示した。
また、関係を切断するためには、切断対象となる関係をあらかじめ識別しなければならないという、《分離査読》の構造的矛盾を解析した。
第三次正式査読後も法則基礎学部への在籍を継続し、《第二観測圏》《分離査読》、内部相互参照型観測領域に関する理論解析へ参加している。
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神代緋月
法則災害学部特別教授。
《未定義現象研究室》管理責任者。
黒瀬零の基礎指導および特別観測を担当する。
右目を眼帯で覆っている。
眼帯の下には通常の眼球ではなく、赤い文字列が無限に回転する異常現象が存在する。
三年前の記憶に欠落があり、黒瀬灯、《第零学部》、失われた右目の間に関係がある可能性が示されている。
ただし、第三章終了時点でも、三年前の事件に関する全情報を開示していない。
保有する命題。
万象校正。
観測可能な記録、法則、現象を比較し、矛盾を最も整合性の高い状態へ修正する。
比較基準が存在しない現象、存在と非存在の区別自体が定まっていない状態、世界全体を上位から誤った仮説として棄却する処理などには、通常の校正を適用できない。
第三章では、金色の栞に生じた対象と位置の分離を解析。《分離査読官》の来襲後は、学内の法則災害対応を主導した。
獅堂剛毅と万象は我が礎の対応が分離された際、両者の関係を万象校正によって再校正しようとした。
しかし、校正という現象と、校正主体である神代緋月との対応を切断された。
修正基準を失った万象校正は暴走し、現在の大学記録に存在しない黒瀬灯を、誤りとして修正しかけた。
第三次正式査読後、過去記録と現在の本人回答が一致しない場合、過去記録だけを理由に現在の本人を否定してはならないという方針を、全学へ通達している。
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天城朔夜
帝都神律大学四年。
《未定義現象研究室》所属。
濃紺の髪と白衣が特徴。
法則災害現場における実戦的な能力運用に詳しい。
黒瀬零の空中移動法へ、不定墜道という名称を与えた人物。
普段は菓子パンを食べていることが多い。本人は、研究活動に必要な糖分補給であると説明している。
保有する命題。
因果切断。
対象に成立している原因と結果、行為と帰結、発生源と現象、能力者と能力、選択とそれによって生じる結論などの因果的な接続を切断する。
因果を切断された場合、原因となる行為そのものが消失するとは限らない。結果となる現象も、直ちに消滅するとは限らない。
しかし、何が何を引き起こしたのか、誰の行為がどの結果へ結びついているのかという対応が失われる。
第三章では、九条澄玲との友人関係を《分離査読官》によって切断された。
澄玲の名前、過去の会話、友人であった記録は保持していた。しかし、なぜ澄玲を助けたいのかという、現在の行動理由だけを失った。
それでも、澄玲が最も危険な位置にいることを認識し、理由を説明できないまま再び彼女の前へ立った。
また、《分離査読》によって、天城朔夜と因果切断の所有関係も切断された。
その結果、能力は本人の意思、対象選択、使用目的から切り離され、黒い薄刃に似た現象として独立して発生した。
使用者との因果的な対応を失った因果切断は、何を切断するべきか、誰を守るために行使されるのかを判断できず、周囲に成立する因果関係そのものを無差別に切断しかけた。
これは、能力と能力者の関係を切断した場合、能力だけが安全に停止するとは限らないことを示す。
むしろ、本人の意思、判断、責任によって制御されていた現象が、その制御根拠を失う危険性がある。
天城朔夜は、澄玲との関係を失った後も、理由がないことを助けない理由として採用しなかった。
第三章において、過去の因果や関係が切断されても、現在の選択から新たな行為を始められることを示した人物の一人。
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獅堂剛毅
命題兵装学科一年。
入学試験実技第二位。
第四種命題能力者。
大柄な体格と金色の瞳を持つ。
自信家で高圧的だが、正式な手続き、規則、責任を重視する。
六年前、《逆位地殻災害》によって故郷と家族を失った。
「他者の上に立つ者は、その重みを引き受けなければならない」という信念を持つ。
保有する命題。
万象は我が礎。
自身を支えるものを礎として認識し、その礎に支えられる存在の位置、上下、支配領域を決定する。
第一章では、黒瀬零との《公開査問》を通じ、相手の行き先を奪うのではなく、相手が自分で選択できる場所を支えるという新たな可能性を受け入れた。
第三章では、獅堂剛毅と万象は我が礎の対応を分離された。
持ち主を失った王土は、誰を守るか、誰の重みを引き受けるかを判断できず、周囲の全存在を無差別に礎へ変え始めた。
さらに、獅堂剛毅自身も、「他者の負荷を引き受ける」という根本命題を切断された。
それでも、「力を持つから誰かを守るのではなく、守ろうとしたから力が生まれた」と主張。
関係や信念を、個体へ付着した不要な偏向とみなす《分離査読官》の前提へ反論した。
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三年前の黒瀬零
現在の黒瀬零と同じ起源を持つ存在。
赤い右目が特徴。
三年前、黒瀬灯を消すという選択を実行した。その責任と記録を現在まで保持している。
現在の黒瀬零が、「黒瀬灯は存在しなかった」という世界の結論を拒み続けたのに対し、三年前の黒瀬零は、「自分が黒瀬灯を消そうとした」という事実を失わない側へ分岐した。
確認されている能力は、成立した事実、観測された記録、識別された存在、自らが引き受けた責任を保存すること。
正式な命題名および能力分類は未登録。
存在しなかった事実を新しく作ることはできない。
他者が選んでいない意思を、選んだものとして保存することもできない。
第三章では、《分離査読》によって黒瀬零と黒瀬灯の関係が切断されるたび、現在の黒瀬零が黒瀬灯を選び直した事実を保存した。
また、現在の黒瀬零から切り離された根本命題、
――他者によって押しつけられた結論を、自らの答えとして受け入れない。
を記録し、それが黒瀬零に属していた事実を、消去されないよう保持した。
第三次正式査読後も、現在の黒瀬零へ統合されていない。
過去へ戻ることも、消失することも選ばず、現在の一個体として《第零学部》に滞在している。
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採択領域から離脱した黒瀬零
黒瀬灯を完全に消去し、世界崩壊を回避した《世界研究領域》の黒瀬零。
出身領域は、生存率、社会の安定性、世界法則の整合性において高い値を示し、成功世界として《第一観測圏》に採択された。
ただし、算定された生存率には、消去された黒瀬灯が含まれていなかった。
また、本人が灯を消したことを、最初から疑わなかったわけではない。
灯を思い出す記憶、選択を疑う感情、喪失の意味は、採択された結果を維持するため、繰り返し修正されていた。
第二章では、自分が何度も疑問を消されていた事実を知り、「今は、灯を消したくない」と選び直した。
確認されている固有技。
自証座標。
世界記録、他者から与えられた役割、採択領域を代表する記述ではなく、現在の自分が何者であるかを自己認識へ固定する。
第三章では、黒瀬零と黒瀬灯の関係が切断された後、現在の黒瀬零が、妹だからでも、過去の記憶に従ったからでもなく、目の前の黒瀬灯を放置しないと選択した。
その現在認識を、自証座標によって保持した。
第三次正式査読後も、出身《世界研究領域》への接続は回復していない。
戸籍、学籍、帰還先はいずれも存在しない。
現在の黒瀬零へ統合されることも選ばず、未登録同行者として《第零学部》に滞在している。
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十一、第三章終了時点の世界構造
現在、帝都神律大学が確認している構造は、以下のとおり。
《改稿》
一つの独立した宇宙および歴史。
↓
《世界論文》
一つの根本前提から派生する、終端なき《改稿》の総体。
↓
《世界研究領域》
異なる根本前提を持つ、無限数の《世界論文》を内包する領域。
↓
《第一観測圏》
互いに独立した無限数の《世界研究領域》を内包し、それぞれを一件の査読資料として扱う、最初の上位観測審級。
↓
《第二観測圏》
互いに独立した無限数の《第一観測圏》を内包する。
それぞれの《第一観測圏》と、その内部の全世界、全査読主体、全規程、全観測記録を個別に一件の資料として扱うと同時に、無限数の《第一観測圏》の総体を一つの上位観測体系として扱う上位観測審級。
↓
第三以降の《観測圏》
任意の第n《観測圏》は、互いに独立した無限数の第n−1《観測圏》を内包する。
それぞれの下位観測構造全体を一件の資料として扱う。
さらに、任意の第n《観測圏》に対し、それを下位構造として扱う第n+1《観測圏》が存在する。
終端は確認されていない。
↓
《観測階序》
終端なく連なる全《観測圏》、各段階に横方向へ存在する無限数の下位《観測圏》、およびその査読関係の総体。
↓
《公理階層》
《観測階序》全体を、一つの公理体系として参照することが確認された上位構造。
詳細不明。
この図における矢印は、物理的な上昇経路を意味しない。
また、《公理階層》が最終構造であることも意味しない。
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現在の帝都神律大学の位置
帝都神律大学は、一つの《改稿》の内部に存在する。
当該《改稿》は、一つの《世界論文》に含まれる。
当該《世界論文》は、一つの《世界研究領域》に含まれる。
当該《世界研究領域》は、互いに独立した無限数の《世界研究領域》を内包する一つの《第一観測圏》の内部に含まれる。
当該《第一観測圏》は、互いに独立した無限数の《第一観測圏》を内包する一つの《第二観測圏》から、一件の査読対象として扱われる。
第三次正式査読後、帝都神律大学を含む《世界研究領域》には、《査読未成立領域》という状態分類が付与された。
領域そのものが、《第一観測圏》または《観測階序》から脱出したわけではない。
ただし、現在の存続は、上位査読結果の承認を直接の成立根拠としていない。
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十二、第三章終了時点の未解決事項
* 未証明の観測者の発生過程
* 未証明の観測者が属していた観測審級
* 未証明の観測者が固有名を選ぶか
* 右機能と左機能が完全に独立した個体となったか
* 《観測独立規程》を最初に制定した主体
* 《分離査読官》が過去に処理した他の領域
* 《第二観測圏》に属する査読主体の総数
* 《第二観測圏》より上位の個別観測圏
* 《観測階序》を一つの公理体系として扱う《公理階層》の詳細
* 《公理階層》より上位の構造の有無
* 《アレテイア》と《観測階序》の関係
* 《アレテイア》に観測圏という区分を適用できるか
* 内部相互参照型観測領域が長期間存続できるか
* 上位観測から独立した学位および研究記録の有効性
* 記録から完全に消失した学生の所在
* 写真にのみ姿を残す人物の名前
* 《観測圏外追放》によって失われた記憶の復元可能性
* 第四候補の正式な名前と所属
* 複数の黒瀬零に対する学籍番号の発行方法
* 黒瀬零が始末書を期限までに提出する可能性
最後の項目について、御厨玄理は「極めて低い」と回答している。
黒瀬零本人は、回答を保留している。
学務記録局は、保留を提出済みとして扱わない。
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追記。
本資料では、《第二観測圏》および《観測階序》を、既に理解可能な構造として記述している。
しかし、理解可能な言葉へ変換されたことと、その構造の全体を理解したことは同義ではない。
人間が《改稿》《世界論文》《世界研究領域》《観測圏》という名称を与えた時、名称によって構造全体を支配したわけではない。
名前は、理解の終点ではない。
問いを始めるための、暫定的な入口である。
《第二観測圏》より上位には、《第二観測圏》を一件の資料として扱う、さらに別の《観測圏》が存在する。
全《観測圏》の総体である《観測階序》も、最終構造ではない。
その先に確認された《公理階層》という名称が何を意味するのか、現時点では帝都神律大学の誰も証明できていない。
したがって、次の問いは既に始まっている。
世界を観測する全ての構造が、一つの公理として扱われる時。
その公理を、誰が、何を根拠に、正しいと決めるのか。
回答。
未提出。
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第三章 《第二観測圏》《分離査読官》編 完
次章――《学術都市》《第四候補》編




