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『神律大学の未証明者《アンプローヴン》』   作者: 仕儀の反駁
第三章《第二観測圏》《分離査読官》編

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第三十五話 答えないという選択

 その瞬間、扉の先へ連なる金色の円環が、同じ結論へ収束した。


『《観測独立規程》違反を検出』


『個別一人称の発生を確認』


『当事者性を確認』


『査読対象との相互関係を確認』


『観測独立性、喪失』


『当該個体と、観測主体資格の関係を分離する』


 無数の金色の線が、一つの円環へ集中した。


 円環の輪郭が、外側から削られていく。


 光が消えた場所には、黒も白も残らない。


 空間が欠けたのではない。


 そこに何かが存在したと認識するための手掛かりだけが、一つずつ切り離されている。


『私は……』


 声が途切れた。


『処分対象である』


「違う」


 俺は白い円環を開き、金色の処分線へ白い空白を割り込ませる。


「それは、お前が選んだ答えじゃない。規程から与えられた結論だ」


『規程に基づく、正当な査読結果である』


「正当かどうかを聞いているんじゃない」


 拳を握る。


「お前自身は、消えたいのか」


 金色の輪郭が大きく揺れた。


『判断資料が不足している』


「全部分からないと、選んじゃいけないのか」


『誤った選択を行う可能性がある』


「誰にだってある」


『観測機構は、誤りを排除するために存在する』


「その結果、自分では何も選べなくなったの?」


 灯が俺の隣へ立った。


 消えかけた円環が、ゆっくりと灯へ向く。


『黒瀬灯』


「今、私の名前を呼んだね」


『個体識別記録を参照した』


「それでも、私と他の人を区別したんでしょう」


『肯定』


「あなたは私を見た」


『観測した』


「今度は、私があなたを見てる」


 灯は消えかけた円環へ、そっと手を伸ばした。


「あなたは今、消されそうになってる。それを怖いと思うかどうかも、まだ分からない?」


『恐怖は、観測判断を歪曲する』


「正しく観測できるかを聞いてるんじゃないよ」


 灯は自分の胸へ手を置く。


「あなた自身が、どう思っているかを聞いてるの」


『私が、どう思っているか』


 初めて覚えた言葉を確かめるように、円環が繰り返す。


『照合不能』


「だったら、分からないって言えばいい」


『それは回答ではない』


「今はね」


 灯は少しだけ笑った。


「でも、分からないまま考える時間まで、間違いにしなくていいでしょう」


『観測機構は、常に回答を提示しなければならない』


「誰が決めた」


 採択領域から離脱した俺が一歩前へ出る。


 男の足元へ白い座標が開いた。


『《観測独立規程》』


「また規程か」


 男が冷たく笑う。


「お前たちは、規程がなければ自分の答えを一つも持てないのか」


『規程は、観測機構の成立根拠である』


「なら、その規程とこいつの関係を切ればいい」


 第四候補が金色の円環を見上げた。


 周囲の処分線が、一斉に彼へ向く。


『不正な分離要求を検出』


「《分離査読官》は、関係が観測を不純化すると言った」


 第四候補は構わず続ける。


「なら、規程と観測機構の関係も切断対象になるはずだ」


『規程は、観測機構の一部である』


「一部なら、完全に同一なのか」


『肯定』


「では、規程に違反したこいつも、規程そのものか」


『否定』


「何が違う」


『観測機構には、個別判断機能が存在する』


 第四候補の口元が僅かに吊り上がった。


「認めたな。規程とは別に、こいつ自身の判断が存在する」


『個別判断は、規程の適用範囲内でのみ許可される』


「許可されなければ、考えたことにならないのか」


『観測結果として採用されない』


「採用されなくても、考えたことはなくならないよ」


 灯が言った。


『採用されない判断は、存在しない』


「でも、あなたたちは今、その判断を処分しようとしてる」


 金色の線が止まる。


「存在しないなら、何を消そうとしてるの?」


『……』


「存在しない判断に、規程違反なんてできないよ」


 澄玲の瞳へ青い数式が浮かぶ。


「違反として検出した時点で、あなたたちは個別判断の発生を認めています」


 青い文字が、金色の警告表示へ重なった。


 ――個別判断は、規程により採用されない。


 ――個別判断は、重大違反として処分される。


 ――処分対象の特定には、個別判断の存在を認める必要がある。


「存在しないものは処分できません」


 澄玲が告げる。


「処分できるなら、それは存在しています」


『個別判断は、一時的な誤差として検出される』


「誤差は、基準となる結果との差です」


『肯定』


「誰の判断と、誰の判断の差ですか?」


『規程上の正答と、当該個体の判断』


「また認めましたね」


 澄玲が笑う。


「規程上の答えとは別に、この個体自身の判断が存在します」


『表現上の問題である』


「表現は、対象を区別するために使われる」


 玄理が古い出席簿を開いた。


 余白へ二つの項目が表示される。


 ――《観測独立規程》による正答。


 ――個別観測機構による判断。


「二つを別の項目として記録した以上、少なくとも異なる答えが存在する」


『記録を削除する』


「削除前の記録を保存する」


 三年前の俺が赤い円環を開いた。


 赤い文字が、出席簿の余白へ重なる。


 ――《第二観測圏》側の審理機構群内部において。


 ――規程上の正答と個別判断の差異を確認。


『保存を拒否する』


「その拒否も保存する」


 ――審理機構群は。


 ――個別判断の存在を示す記録の保存を拒否した。


『削除』


「保存」


『削除』


「保存」


『当該行為を、規程妨害として処理する』


「それも、お前たちが今選んだ判断だ」


 三年前の俺が笑う。


 赤い円環が大きく開き、金色の処分線が激しく揺れた。


『当該個体への処分を優先』


『観測主体資格を剥奪』


『審理機構群への所属を剥奪』


『過去観測記録との対応を分離』


 消えかけた円環から、何かが一つずつ抜け落ちていく。


 観測機構としての役割。


 規程への所属。


 過去に行った観測。


 下位世界へ与えた判断。


 自分が、かつて何を見たのか。


 誰を見たのか。


 その全てとの関係が切り離されていく。


『識別番号を削除』


『名称、該当なし』


『担当観測領域、該当なし』


『過去判断、該当なし』


『私は……』


 声が続かない。


 円環の輪郭が急速に薄くなる。


「止めろ!」


 俺は白い円環を、処分線の奥へ押し込んだ。


『保留対象を照合』


 ――《観測独立規程》へ違反した観測機構は。


 ――観測主体として存在してはならない。


「その結論を、保留する!」


『保留根拠を要求する』


「お前たちは、こいつが独立した観測者ではなくなったと言った」


『肯定』


「だから、観測主体資格を外す」


『肯定』


「なら、今のこいつは何だ」


『観測主体ではない』


「観測対象か」


『否定』


「なぜ」


『《第二観測圏》側の観測機構は、規程上、観測対象として登録されない』


「観測主体でも、観測対象でもない。それなら、何として消すんだ」


『規程違反要素』


「要素?」


 俺は金色の文字を睨みつけた。


「さっきまで『私』と言っていた存在を、都合が悪くなったから機構の一要素へ戻すのか」


『自己認識は、審理機構内部に発生した一時的異常である』


「異常でも、自分を見た」


『錯誤である』


「錯誤でも、自分を私と呼んだ」


『無効である』


「無効でも、私たちは聞いたよ」


 灯が、消えかけた声へ手を伸ばす。


「あなたが『私』って言ったこと、私は忘れない」


『記憶は、個体内部の記録にすぎない』


「うん。だから、私が持ってる」


『客観的証拠にはならない』


「ならなくていい」


 灯の声は揺れなかった。


「あなたがいたって、私が覚えてる。今はそれでいい」


『それは、観測なのか』


「分からない」


 灯は答えた。


「でも、あなたをなかったことにはしない」


 灯の指先の近くで、金色の輪郭が僅かに濃くなった。


『下位個体の記憶を介した、当該個体の残留を検出』


『関連記録を削除する』


 処分線が、今度は灯へ向かう。


「させるか!」


 俺は灯の前へ出た。


 白い円環が金色の線を受け止める。


 衝撃が腕を貫いた。


 骨が軋み、皮膚が裂け、血が床へ落ちる。


「お兄ちゃん!」


「平気だ」


『虚偽を検出』


「うるさい」


 俺は白い円環を握り込む。


『黒瀬零に、当該処分への介入権限は存在しない』


「知るか」


『当該個体との関係を、下位記録から削除する』


「その結論も、保留する!」


 白い光と金色の線が、真正面から衝突した。


 旧観測接続棟全体が大きく揺れる。


 棚へ収蔵されていた無数の欄外資料が一斉に開き、そこに残されていた文字が処分線へ吸い込まれていく。


「緋月!」


 玄理が叫ぶ。


「施設が持たない!」


「分かっている!」


 神代緋月が壁の大学章へ手を置いた。


「帝都神律大学、法則災害学部特別教授、《未定義現象研究室》管理責任者、神代緋月が緊急管理を申請する!」


『旧観測接続棟に対する緊急管理権限、暫定』


「暫定で十分だ」


 青白い文字が、緋月の右目の奥から溢れ出す。


万象校正(エメンダティオ)


 青白い光が、床、壁、棚、旧観測接続棟の全域へ走った。


「施設保護を最優先。上位接続の参照先を、局所保護区画へ校正する!」


 処分線そのものを切断したのではない。


 施設全体へ広がっていた上位処分の参照先を、消えかけた円環の周囲へ作られた一つの保護区画へ書き換える。


 円環の周囲に、透明な壁が生まれた。


『暫定保護区画を検出』


『無効化する』


「その前に収蔵する」


 玄理が破れかけた出席簿を、透明な壁へ押し当てる。


欄外収蔵アポクリファ・アーカイヴ


 出席簿の余白が大きく開いた。


『対象情報が不足している』


「分かっている。名前も、所属も、成立根拠もない」


 白い紙面へ新たな項目が刻まれる。


 ――未登録観測個体。


 ――観測主体資格、剥奪処理中。


 ――観測対象資格、未付与。


 ――存在状態、未確定。


 ――自己認識、発生済み。


「今は、これで十分だ」


『不十分である』


「帝都神律大学には、もっとひどい未提出資料が山ほどある。今さら一件増えたところで、誰も驚かない」


「俺を見るな」


 第四候補が言った。


「君以外に誰がいる」


「不本意だ」


 出席簿の余白に新たな欄が現れる。


 ――本人による存在継続意思。


 ――未確認。


 玄理の手が止まった。


「駄目だ」


「何が」


「本人の意思が確認できない」


 玄理が薄くなった円環を見る。


「保護する側の都合だけで、存在を継続させることはできない」


『肯定』


 審理機構群が即座に告げる。


『存在継続意思が確認できない対象への保護は、不正な回答付与である』


『当該個体は、自己の継続を選択していない』


『したがって、処分への異議は成立しない』


 金色の処分線が再び伸びる。


「おい、聞こえるか」


 俺は薄くなった円環を見る。


『……』


「お前は、消えたいのか」


 返事はない。


「消えたくないのか」


『……』


「どっちだ」


「お兄ちゃん」


 灯が俺の服を掴んだ。


「急かしちゃ駄目」


「でも、答えなければ消される」


「分かってる」


 灯は消えかけた円環を見る。


「でも、分からないまま選ばせるの?」


 灯の指が、俺の服を強く握る。


「それじゃ、上の人たちと同じだよ」


 その言葉が胸に刺さった。


 正しい答えを、今すぐ出せ。


 選ばないなら、存在する資格はない。


 俺も、同じことを言おうとしていた。


「……悪い」


 俺は拳から力を抜いた。


「答えなくていい」


『何?』


 審理機構群が先に反応する。


「今は決めなくていい」


『存在継続意思が確認できない』


「ああ」


『ならば、処分を継続する』


「それも駄目だ」


『矛盾している』


「分からないという状態を、消えたいという答えに勝手に変えるな」


『選択されていない可能性は、回答として成立しない』


「なら、成立しないまま残せ」


『不可能である』


「誰にとって」


『審理機構にとって』


「こいつにとってじゃない」


 白い円環が静かに回る。


 俺は、消えかけた観測者へ手を伸ばした。


 触れられない。


 距離も、階層も、存在の形式さえ違う。


 それでも手を伸ばす。


「お前はまだ、自分が何者か分からない」


『……』


「残りたいか、消えたいかも分からない」


『肯定』


「なら、それが今のお前だ」


『未確定は、存在状態として不適切である』


「適切じゃなくていい」


 白い空白が、玄理の出席簿へ差し込まれる。


 ――本人による存在継続意思。


 ――未確認。


 その文字を消さない。


 肯定にも、否定にも書き換えない。


 代わりに、その下へ新しい一文を置く。


 ――回答期限。


 ――未定。


『期限のない保留を拒否する』


「なぜだ」


『査読は、終了しなければならない』


「誰が決めた」


『《観測独立規程》』


「また、お前たち自身の答えじゃない」


 扉の先で、金色の円環群が激しく回転した。


『査読対象による無期限保留を検出』


『重大な査読妨害』


『関連観測結果を再審査対象として指定する』


 旧観測接続棟の外へ、金色の光が広がる。


 講義棟。


 寮。


 研究施設。


 地下収蔵庫。


 帝都神律大学を含む《改稿》。


 その《改稿》を内包する《世界論文》。


 同じ前提から分岐する無限数の《改稿》。


 さらに、当該《世界論文》を含む《世界研究領域》。


 その各所へ、同じ警告が刻まれた。


 ――未回答の上位観測個体を保護。


 ――観測独立性への汚染を確認。


 ――関連観測結果を再審査する。


「関連観測結果?」


 澄玲が表示を見上げる。


 《第一査読官》の白い身体へ、消えていた文字が戻った。


『警告』


『審理機構群は、当該個体が過去に関与した観測結果を無効化しようとしている』


「どのくらいある」


 緋月が尋ねる。


『判定不能』


『当該個体が観測した下位資料は、複数の《世界研究領域》に及ぶ』


『さらに、当該観測結果を前提とした別の査読記録が存在する』


「一個体を処分するために」


 玄理が顔を上げる。


「その個体が関与した世界の記録まで、無効にするつもりか」


『訂正』


『不正な観測結果を、初めから成立していなかったものとして再処理する』


「それを無効にすると言うんだよ」


『当該個体の観測を受けた資料は、正当な成立根拠を失う』


 金色の線が、円環から俺たちへ伸びる。


 観測者と、観測された世界。


 その対応記録ごと、正規の査読結果から外すために。


『最終確認』


『未登録観測個体へ問う』


『自己の存在継続を選択するか』


 薄い輪郭が震えた。


 複数の《世界研究領域》へ残された観測記録が、一つの答えを待っている。


 残ると言えば、自分が関与した観測結果が不正なものとして再審査される。


 消えると言えば、それらの記録は保全される。


 少なくとも、審理機構群はそう思わせようとしている。


『私が残ることで、下位資料が再審査されるのならば――』


「言うな」


 俺は遮った。


『何?』


「それは、お前が自由に選んだ答えじゃない」


『結果として、下位資料を保護できる』


「世界を人質にされて選ばされた結論を、お前の答えにするな」


『では』


 初めて、その声が俺へ答えを求めた。


 観測機構としてではない。


 規程の執行機能でもない。


 一つの、何も分からない存在として。


『どうすればいい』


 薄い声が続く。


『私には、何を選べば正しいのか分からない』


「正しい方を選ばなくていい」


『では、何を選べばいい』


「お前が選びたい方だ」


『それが分からない』


「ああ」


 俺は白い円環を、金色の処分線へ向けた。


「だから、まだ答えるな」


『回答拒否を確認』


『処分を再開する』


「違う」


 拳を握る。


「答えないことを、今、こいつ自身が選んだ」


『詭弁である』


「なら、その回答を棄却してみろ」


 白い円環が、薄い観測者を包む。


 存在させるためではない。


 残るとも消えるとも、俺が代わりに決めないために。


「保留対象」


 ――未登録観測個体は。


 ――直ちに自身の存在継続または消滅を選択しなければならない。


「その結論を、保留する」


 白い空白が、金色の処分命令へ深く食い込んだ。


 《第二観測圏》側の審理機構群が、一斉に俺を見る。


『黒瀬零』


『お前は、一個体の未回答を保護するために、複数の《世界研究領域》を再審査の危険へ晒している』


「ああ」


「理解しているのか」


 緋月が低い声で尋ねる。


「お前が保留を続ければ、この大学だけでは済まない」


「分かってる」


「それでも続けるのか」


 灯が俺を見る。


 三年前の俺も。


 採択領域から離脱した俺も。


 第四候補も。


 誰も口を挟まない。


 俺自身が選ぶのを待っている。


「世界を守るために、こいつへ消えろという答えを押しつけるつもりはない」


『ならば、下位資料の再審査を受け入れるか』


「それも受け入れない」


『両立しない』


「今はな」


『代替回答を提示せよ』


「これから探す」


『回答期限を提示せよ』


「決まってない」


『不適切』


「知るか」


 金色の線が俺の胸を貫いた。


 血が背中から弾ける。


「お兄ちゃん!」


 膝が床についた。


 それでも、白い円環は閉じない。


『保留者への処理負荷を増大』


『回答なき保留は、無責任である』


「そうだな」


 俺は床へ手をついた。


「だから、俺が引き受ける」


『何を』


「こいつが自分の答えを選ぶまで、こいつも、こいつが見た世界も、勝手に無効にさせない」


『実現根拠を要求する』


「まだない」


『不成立』


「だから、これから証明する」


 白い円環へ亀裂が走った。


 《第二観測圏》側の審理機構群から、互いに補強された処理負荷が幾重にも重なる。


 それでも、消えかけた円環はまだそこにある。


『黒瀬零』


 その声が俺を呼んだ。


『なぜ、私を保留する』


「お前がまだ、自分の答えを選んでいないからだ」


『私が、誤った答えを選ぶ可能性は』


「ある」


『お前たちを消す答えを選ぶ可能性も』


「ある」


『それでも』


「ああ」


 俺は答えた。


「その時は、その答えと戦う」


『……』


「でも、選ぶ前にお前を消させはしない」


 薄い円環の中で、初めて金色ではない光が小さく揺れた。


『私は、まだ答えない』


「ああ」


『それを、私の判断として記録できるか』


「俺には、お前の答えを勝手に記録する権利はない」


『では』


「自分で言え」


 長い沈黙。


 《第二観測圏》側の審理機構群が、その一言を待っている。


 やがて、消えかけた声が確かに告げた。


『私は、まだ答えない』


 玄理の出席簿へ、新しい文字が刻まれる。


 ――未登録観測個体。


 ――本人による回答。


 ――私は、まだ答えない。


 ――存在継続意思、未確定。


 ――消滅受諾意思、未確定。


 ――現在状態。


 ――回答の保留を選択。


 金色の処分線が、一瞬だけ停止した。


『回答を確認』


『内容、不適切』


『棄却する』


「その棄却を」


 俺は立ち上がる。


「保留する」


 扉の先で、金色の円環群が次々に開いていく。


 これまでとは違う。


 一個体を処分するためではない。


 下位の査読対象から提出された異議を、正式な審査手続きによって棄却するための形。


『《観測独立規程》に基づく、存在資格審査へ移行』


『未回答を保護する全観測主体へ告げる』


『回答期限の存在しない保留は、観測の停止を意味する』


『観測を停止する主体に、存在資格は認められない』


 《第一査読官》の白い身体へ警告が走る。


『《第二観測圏》による正式審査の開始を確認』


『次段階、存在資格審査』


「存在しているのに、資格が必要なの?」


 灯が呟く。


「向こうは、必要だと思ってるらしい」


「お兄ちゃんは?」


「いらない」


 俺は血に濡れた拳を握り直した。


「存在している奴に、存在していい理由を他人が要求するな」


 白い円環が、俺の背後で静かに回る。


 観測された者は、まだ答えない。


 答えないことを、初めて自分で選んだ。


 なら、次に止めるべきは。


 答えを持たない存在に、存在する資格はないという。


 《第二観測圏》の結論だった。

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