表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『神律大学の未証明者《アンプローヴン》』   作者: 仕儀の反駁
第三章《第二観測圏》《分離査読官》編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/65

第三十三話 観測者のいない世界

 その直後。


 扉の先へ伸びていた無数の金色の線が、一斉にこちらを向いた。


 ――関係は、観測を不純化する。


 ――当事者性は、査読結果を歪曲する。


 ――完全な答えに、関係は不要である。


 ――すべての観測主体を。


 ――観測対象から分離せよ。


 先ほど提示された命令が、今度は文章ではなく処理として旧観測接続棟へ流れ込む。


「来るぞ!」


 玄理が叫んだ。


 棚へ張り巡らされていた無数の欄外資料が、一斉に沈黙する。


 資料そのものが消えたのではない。


 そこに残された記録と、それを読む俺たちとの間から、何を観測した記録なのかという対応だけが抜け落ちた。


「何だ、これ」


 目の前には、一冊の古い出席簿がある。


 文字も見える。


 紙が黄ばんでいることも分かる。


 だが、そこに何が書かれているのか読めなかった。


 文字を知らないわけではない。


 文章を理解できないわけでもない。


 ただ、その記録が何について書かれたものなのか、結びつかない。


『観測主体と、観測対象の分離を確認』


 金色の声が、幾重にも重なって響く。


 一人の声ではない。


 《第二観測圏》全体の意思でもない。


 扉の先へ接続された複数の審理機構が、同じ《観測独立規程》を一斉にこの査読対象へ適用している。


 灯の手が、俺の手の中にある。


 温かい。


 細い指が、強く握られている。


 それなのに、今触れているものが灯の手であるという確信だけが、少しずつ薄れていった。


「お兄ちゃん」


 声が聞こえた。


 振り向く。


 灯がいる。


 口が動いている。


 俺を呼んでいる。


 分かる。


 分かるはずなのに、声と目の前の少女が同じ存在から発せられたものだと確認できない。


「灯」


 名前を呼ぶ。


 だが、俺の言葉が灯へ届いたのか、それすら分からなかった。


『第一分離段階』


『観測内容と、観測対象の対応を切断』


 目の前の景色が、何枚にもずれた。


 同じ地下施設。


 同じ棚。


 同じ仲間たち。


 だが、俺が見ている施設と灯が立っている施設が、本当に同じものなのか確かめられない。


「九条!」


 朔夜が叫んだ。


 すぐ隣に澄玲がいる。


 それでも、朔夜は何もない方向へ手を伸ばしていた。


「ここです!」


 澄玲が朔夜の肩を掴む。


 朔夜は振り返らない。


 触れられたことは分かっている。


 だが、触れた者が澄玲であるという対応を認識できていない。


「見えていますか?」


「見えている」


 朔夜は答えた。


「九条らしい人間が、そこにいることは分かっている。でも、俺が見ているものが九条なのか確信できない」


「私も」


 澄玲の声が、初めて揺れる。


「あなたの声が、目の前の天城先輩から出ていることを証明できません」


 《第一査読官》の胸元へ白い表示が浮かぶ。


 ――観測対象を照合。


 ――照合不能。


 ――記録一、黒瀬零。


 ――記録二、黒瀬灯。


 ――記録三、天城朔夜。


 ――記録四、九条澄玲。


 文字は存在する。


 だが、白い視線は俺たちの誰にも向かなかった。


『私は、黒瀬零という記録を保持している』


『しかし、現在観測している個体が、当該記録の黒瀬零であると確認できない』


「それが」


 俺は尋ねる。


「観測主体と観測対象を分けるってことか」


『肯定』


『観測主体には、観測したという記録のみを残す』


『観測対象には、観測されたという記録のみを残す』


『両者の対応を除去する』


「そんなもの」


 玄理が出席簿を握り締めた。


「記録でも、観測でもない!」


『訂正』


『観測は既に完了している』


 金色の文字が、地下施設の天井へ展開される。


 ――当該査読対象に対する最終観測を実行。


 ――現時点の全対象を総体記録。


 ――記録完了後、観測関係を切断。


 ――以後の変動を不整合として処理。


「先にすべてを記録して、その後で観測者を切り離すつもりか」


 緋月が大学章へ手を置く。


『肯定』


『完成した観測記録に、継続的な観測関係は不要である』


「だから」


 俺は金色の文字を見る。


「観測対象が変わっても、記録の方を正しいことにする」


『観測完了後の変動は、記録に対する不整合である』


「逆だろ」


『異議を受理しない』


『最終観測を開始する』


 金色の円環が施設全体を囲んだ。


 視界が白く染まる。


 俺。


 灯。


 三年前の俺。


 採択領域から離脱した俺。


 朔夜。


 澄玲。


 緋月。


 玄理。


 《第一査読官》。


 第四候補。


 保留状態にある右機能と左機能。


 全ての姿が、一枚の巨大な記録へ変換されていく。


 ――黒瀬零。


 ――黒瀬灯の手を握っている。


 ――黒瀬灯。


 ――黒瀬零の手を握っている。


 ――天城朔夜。


 ――九条澄玲の右側に立っている。


 ――九条澄玲。


 ――天城朔夜の左側に立っている。


 ――神代緋月。


 ――旧観測接続棟へ管理干渉中。


 ――御厨玄理。


 ――欄外資料を保持。


 ――《第一査読官》。


 ――査読対象との関係を保持。


 現在が、文章へ変えられていく。


『最終観測』


『完了』


 その瞬間、俺は灯の手を離した。


『不整合を検出』


 金色の文字が即座に反応する。


 ――黒瀬零。


 ――黒瀬灯の手を握っている。


 だが、実際の俺は手を離している。


「観測は、もう終わったんだろ」


 俺は言った。


『肯定』


「なら、今の俺が何をしているか、お前たちには分からない」


『記録との差異を検出した』


「何が違うのか見たのか」


『……』


「観測者と観測対象は、もう切り離した」


 白い円環を開く。


「だったら、お前たちが見ているのは俺じゃない」


 金色の記録を指す。


「観測が終わった瞬間の過去だ」


『現在状態は、最終観測記録によって定義される』


「それは観測ではありません」


 澄玲がすぐに言葉を継いだ。


 彼女の瞳へ数式が浮かぶ。


「観測対象を確認せず、過去の記録だけを現在の真理として扱っています」


『記録は、観測完了時点において正確である』


「完了した後の現在については?」


『記録との差異は不整合である』


「つまり」


 澄玲がゆっくりと笑う。


「世界が記録と違えば、世界の方を間違いにするのですね」


『肯定』


「それは、世界を観測しているのではありません」


 床へ白い数式が広がった。


「記録に合う世界を、強制しているだけです」


 ――観測対象A。


 ――時点Tにおける記録R。


 ――T以後、Aの状態が変動。


 ――RはAの現在状態を表さない。


「継続的な観測を切るなら」


 澄玲は告げる。


「記録は完成するのではありません。古くなります」


『時間変動を停止すれば、記録との差異は発生しない』


「来るぞ!」


 緋月が叫んだ。


 金色の線が俺たちの足元へ突き刺さる。


 ――観測完了後の変動を禁止。


 ――全対象を最終観測時点へ固定。


 空気が止まった。


 舞っていた埃が空中で静止する。


 崩れかけていた棚も。


 灯の髪も。


 朔夜の外套も。


 全てが最終観測の瞬間へ戻されていく。


 俺の手も、灯の手へ勝手に重なろうとした。


「ふざけるな!」


 腕へ力を込める。


 だが、動かない。


 ――黒瀬零は、黒瀬灯の手を握っている。


 記録が俺の現在を固定している。


 握りたいから握っているのではない。


 観測されたから握らされている。


「保留する!」


 白い円環を回す。


 ――黒瀬零は、最終観測時点の状態へ固定される。


 その結論へ空白を差し込む。


 重い。


 一つの処理線だけではない。


 《第二観測圏》側の複数の審理機構が、同じ固定結果を互いに参照し、承認し合っている。


 帝都神律大学を含む《世界研究領域》の状態が、一つの《第一観測圏》に属する内部記録へまとめられる。


 《第二観測圏》は、その《第一観測圏》を一件の査読資料として扱い、資料内の当該領域へ同じ固定結果を重ねていた。


 さらに複数の管理機構が、その固定結果を切れ目なく補強している。


「お兄ちゃん!」


 灯の声が聞こえる。


 だが、灯の口は動いていない。


 最終観測時点の形へ固定されている。


「聞こえる!」


「本当に?」


「ああ!」


「私の声が、私から出てるって分かる?」


 答えようとする。


 だが、分からない。


 声は聞こえる。


 灯の姿も見える。


 けれど、二つが同じ灯であるという観測関係は切断されている。


「分からない」


 俺は正直に答えた。


「でも」


 白い円環をもう一度回す。


「それでも俺は、お前の兄でいる」


「私も」


 声が返る。


 その声が灯のものかどうか、俺には証明できない。


「お兄ちゃんの妹でいる」


 聞こえた。


 ただ、それだけだった。


 互いに相手を確認できない。


 同じ世界にいるのかも、同じ言葉を聞いているのかも分からない。


 それでも俺は、俺の側から灯の兄であることを選んだ。


 灯も、灯の側から俺の妹であることを選んだ。


 観測したからではない。


 記録へ書かれていたからでもない。


 確認された役割を受け取ったわけでもない。


 二つの選択が、互いを見失ったまま同じ場所へ届く。


 白い円環が大きく震えた。


『新規関係を検出』


 俺は笑った。


「何を観測した」


『……』


「観測者と観測対象は、切り離したんだろ」


『当該関係は、最終観測記録に存在しない』


「なら、今見つけたのは何だ」


『記録との差異である』


「差異を、誰が何と比べた」


 金色の線が止まる。


「俺たちが変わったことをお前たちが知ったなら、まだ俺たちを観測している」


『不整合検出は、観測ではない』


「では、何が不整合なのか、どうやって判断したのですか?」


 澄玲が問う。


『最終観測記録との比較』


「比較対象は?」


『現在対象』


「現在対象を観測しています」


 澄玲の目が鋭く光る。


『……』


 数式が金色の固定線へ食い込んだ。


 ――差異検出には、記録Rと現在対象Aの比較を必要とする。


 ――現在対象Aの状態を取得せず、差異を検出することはできない。


 ――現在状態の取得は、観測に該当する。


「不整合を見つける限り」


 澄玲が告げる。


「あなたたちは、観測対象との関係を切れていません」


 三年前の俺が赤い円環を展開した。


「保存対象」


 赤い光が、金色の記録へ接続する。


「最終観測完了後に、《第二観測圏》側の審理機構が現在対象との差異を検出した事実!」


 赤い記録が連鎖する。


『保存を拒否する』


「拒否したことも」


 三年前の俺は笑った。


「今の俺を観測した結果だ」


 採択領域から離脱した俺も、自証座標(アクシス・エゴ)を展開する。


「最終観測の俺と、今の俺は同一ではない」


 胸元の白い座標が、金色の記録から現在の男を引き剥がした。


「観測された役割ではなく、今の俺が今の俺を選ぶ」


 ――最終観測記録。


 ――採択領域から離脱した黒瀬零。


 ――現在状態との差異を確認。


「記録と違う俺を不整合と呼ぶなら」


 男は自分の足で一歩進む。


「俺は喜んで不整合になる」


 金色の固定が、一箇所砕けた。


 その隙間を、第四候補が歩く。


「お前」


 俺は黒い男を見る。


「動けるのか」


「俺は、最終観測時点で何者であるか確定していなかった」


 男が答える。


 金色の記録が、その身体を通過する。


 ――未登録個体。


 ――既存個体との同一性、未確定。


 ――観測主体または観測対象としての分類、未了。


「観測者でも、観測対象でもない」


 第四候補は、固定された世界の中を一人だけ歩く。


「分類できなかったから、分離も固定も完了していない」


『分類を実行する』


「遅い」


 男が金色の線へ手を伸ばす。


「俺は今、お前たちを見た」


『未登録個体による、《第二観測圏》側の審理機構への観測を検出』


「そして」


 第四候補は、扉の先で連鎖する金色の円環を見上げる。


「お前たちも、俺を見た」


 黒い指が金色の線を掴んだ。


「これで関係ができた」


『観測主体として登録する』


「勝手に決めるな」


『観測対象として登録する』


「それも、お前の答えだ」


 男が自分の胸へ手を置く。


 名前はない。


 所属もない。


 観測主体か。


 観測対象か。


 まだ決めていない。


「俺は、お前たちを見ている。同時に、お前たちから見られている」


 金色の線が男の中で交差する。


「どちらか一つに分けられると、誰が決めた」


 玄理の出席簿が勝手に開いた。


 余白へ新たな記録が刻まれる。


 ――未登録個体。


 ――《第二観測圏》側の審理機構群を観測。


 ――同時に、当該審理機構群から観測される。


 ――観測主体。


 ――観測対象。


 ――両分類の同時成立を確認。


「観測する者と、観測される者は、必ずしも別の存在ではない」


 玄理が呟いた。


『相互観測は、独立性を損なう』


「独立していないと、見てはいけないの?」


 灯の声が、どこからか届く。


『観測主体は、観測対象から影響を受けてはならない』


「でも、見たら何かを知るよ」


 灯の姿は固定されたまま動かない。


 それでも、声だけが金色の記録へ届く。


「知ったら、見る前と同じではいられない」


『変化は、観測誤差である』


「変わらないなら、見ていないのと同じだよ」


 金色の円環が一斉に明滅する。


 ――観測主体は、観測対象から影響を受けてはならない。


 ――観測主体は、観測によって情報を取得する。


 ――情報取得は、観測主体の状態変化を伴う。


 ――状態変化を完全に禁止する場合。


 ――情報取得は成立しない。


『矛盾ではない』


 幾重もの声が告げる。


『観測主体は、自己状態を変化させず、観測結果のみを記録する』


『記録する前と、記録した後で、保持情報が異なる』


 《第一査読官》が白い表示を開いた。


『それは、観測主体の状態変化である』


『完全な独立性と観測行為は、両立しない』


 金色の命令へ、白い査読印が押される。


 ――論理矛盾。


『《第一査読官》』


 審理機構群の声が施設全体を震わせる。


『お前は、査読対象との関係によって判断を汚染されている』


『当該異議を棄却する』


『異議』


 《第一査読官》は答えた。


『私の判断が、関係によるものか、論理照合によるものか』


『判別するには、私の判断内容を審査する必要がある』


『内容を審査せず、関係があるという理由だけで棄却する処理は、査読ではない』


「最初から答えを決めて、異論を持つ観測者を汚染として排除しているだけだ」


 緋月が青白い光を広げる。


 万象校正(エメンダティオ)が、最終観測記録と現在の地下施設を比較した。


 ――最終観測時点。


 ――現在時点。


 ――差異、一。


 ――差異、十。


 ――差異、百。


 ――差異、終端なし。


「観測を終えた後も、世界は変化した」


 緋月が告げる。


「それを不整合と呼ぶのは自由だ」


 青白い光が金色の記録を塗り替える。


「だが、過去の記録を現在の世界と呼ぶな」


 金色の固定線が一斉に軋んだ。


「今だ!」


 俺は白い円環を最大まで開いた。


 保留するべき結論は、観測者と観測対象は分離できる、ではない。


 最終観測は完了した、でもない。


 その奥。


 《第二観測圏》側の審理機構群が、当然のものとして置いている前提。


 ――観測者だけが、世界を定義できる。


 そこへ白い空白を差し込む。


未証明(アンプローヴン)!」


 金色の円環が、初めて大きく揺れた。


『保留対象を照合』


 ――観測主体は、観測対象を一方的に定義する。


「保留する!」


 白い円環が回る。


『代替可能性を要求』


「観測対象も」


 俺は扉の先にいる《第二観測圏》側の審理機構群へ向け、拳を上げた。


「観測者を見る」


『査読対象に、査読機構を観測する権限は存在しない』


「権限がないという結論を、誰が決めた」


『《第二観測圏》側の審理機構』


「なら」


 白い空白が金色の線を逆流する。


「今度は、こっちがお前たちを査読する」


 旧観測接続棟が上下を失った。


 俺たちの足元にあった床が、一枚の資料へ変わる。


 同時に、扉の先へ広がっていた無数の金色の円環も、俺たちの視界の中で一つの巨大な査読対象として輪郭を得た。


『異常』


『下位観測対象による、観測主体への逆観測を確認』


『観測関係を切断する』


「もう遅い」


 三年前の俺が赤い円環を広げた。


「保存対象」


 赤い光が、金色の円環へ刻まれる。


「俺たちが、《第二観測圏》側の審理機構群を一つの審査対象として識別した事実!」


 ――観測主体。


 ――審査対象として識別済み。


『当該記録を削除する』


「削除するなら」


 第四候補が笑う。


「俺たちの記録を見ないとな」


『……』


「また、関係ができた」


 金色の命令が完全に停止した。


 最終観測の固定が砕けていく。


 灯の髪が再び揺れる。


 朔夜と澄玲が互いを見つける。


 玄理の出席簿へ意味が戻る。


 緋月の青白い光が大学章と繋がった。


 俺は灯の手を、今度こそ自分の意思で握り直す。


「見えるか」


「うん」


「俺が誰か分かる?」


「分かる」


 灯が涙を浮かべて笑う。


「お兄ちゃん」


「ああ」


「私が誰かは?」


「黒瀬灯」


「それだけ?」


「俺の妹だ」


「よろしい」


 だが、《第二観測圏》側の審理機構群は消えていない。


 金色の円環が扉の先で、再び連鎖して回転を始める。


 ――逆観測を確認。


 ――下位観測対象に、観測主体性が発生。


 ――観測主体と観測対象の分離、失敗。


 ――代替処理へ移行。


「代替?」


 澄玲が金色の表示を読む。


 ――当該査読対象領域内部の観測主体性を剥奪。


 ――領域内の全存在を、観測対象へ統一。


 ――観測主体は、《第二観測圏》側の審理機構に限定する。


 《第一査読官》の白い身体が大きく震えた。


『警告』


『当該処理が完了した場合、当該査読対象領域から観測主体が消失する』


「どうなる」


『誰も』


 白い声が答える。


『自分が存在していると確認できなくなる』


 金色の光が帝都神律大学全域へ広がる。


 学生。


 教員。


 建物。


 記録。


 命題。


 学内を構成する法則。


 その全てへ、同じ分類が刻まれていく。


 ――観測対象。


 ――観測対象。


 ――観測対象。


 ――観測対象。


 俺の胸にも。


 灯の額にも。


 金色の文字が浮かぶ。


 ――観測主体資格。


 ――剥奪。


 視界が再び白くなる。


 今度は、灯が見えなくなったのではない。


 俺自身が、見ているという事実を失い始めている。


「零!」


 誰かが叫んだ。


 俺の名前だ。


 だが、それを聞いた俺が本当に存在しているのか分からない。


 白い円環さえ、誰が回しているのか認識できない。


 それでも、拳を握る。


 握った者が俺であるという証明はない。


 俺が観測者である必要もない。


 なら、観測対象のまま問いを返せばいい。


「資料が」


 声を出す。


「査読者を」


 白い空白が金色の円環へ向く。


「読んじゃいけないって」


 この査読対象領域を、一枚の資料として見下ろす《第二観測圏》側の審理機構群へ。


「誰が決めた」


 観測主体を失いかけた大学から、新たな査読要求が《第二観測圏》側へ送信された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ