第二十八話 責任なき査読に異議を唱えろ
『全学一斉分離を開始する』
《分離査読官》の声が、帝都神律大学の全域へ降り注ぐ。
『人格から、選択の偏りを除去する』
『すべての学生を、関係にも信念にも汚染されていない、完全に独立した個体へ復元する』
金色の線が講義室を貫き、壁を越え、無数の学生の胸へ接続された。
その直後、大学から音が消えた。
正確には、音そのものは残っている。
鳴り終わらない鐘。
廊下を走る足音。
窓ガラスが軋む音。
誰かの叫び声。
全て聞こえている。
ただ、その音に反応する者がいない。
廊下の途中で、女子学生が倒れていた。
その隣に立つ学生は、倒れた相手の名前を知っている。
同じ研究室に所属していることも、昨日まで一緒に実験していたことも、彼女が貧血を起こしやすいことも覚えている。
それでも、助け起こす理由だけが存在しない。
「おい!」
剛毅が叫ぶ。
「そいつを保健室へ運べ!」
廊下の学生がこちらを見る。
「なぜですか」
「倒れてるだろうが!」
「確認しています。対象は意識を失っています」
「だから助けろ!」
「私が行う必要性を確認できません」
何の悪意もない。
冷たいわけでもない。
ただ、自分が行動する理由を見つけられない。
剛毅が教室から飛び出そうとする。
だが、持ち主を失った万象は我が礎が、床を巨大な王土へ変えている。
一歩踏み出すたびに足元が沈み、建物全体が、剛毅を含むあらゆる存在を等しく礎へ変えようとする。
「くそっ!」
剛毅は床へ拳を叩きつけた。
「俺の力で、俺が動けねえのかよ!」
『機能は正常』
《分離査読官》が答える。
『万象は我が礎は、万象を礎へ変換している』
『命題内容との矛盾は存在しない』
「誰のために使うかを失ってる!」
『目的は、能力本体に不要』
「必要だ!」
『それは所有者側の偏向である』
金色の線が、剛毅の胸へ深く入り込む。
『第三分離処理』
『人格形成根拠を検索』
文字が浮かび上がった。
――他者の上に立つ者は、その重みを引き受けなければならない。
剛毅の顔が僅かに歪む。
「見るな」
『根本命題を確認』
「勝手に、俺の中を読むな!」
『当該命題が、獅堂剛毅の行動選択へ継続的な偏りを与えている』
『分離する』
金線が、文字と剛毅の間を横切った。
何も壊れなかった。
剛毅の身体も、記憶も、人格も残っている。
それなのに、床へ叩きつけていた拳から力が抜けた。
「獅堂さん?」
澄玲が呼ぶ。
剛毅は廊下で倒れている学生を見る。
「意識消失。呼吸は継続。緊急性は中程度」
平坦な声で呟く。
「何をしているのですか」
「観察している」
「助けてください!」
「なぜ俺が」
澄玲の顔が強張った。
「あなたは、そういう人だったでしょう」
「記憶にはある」
剛毅は自分の拳を見る。
「俺は、他人の責任まで背負おうとしていた。理解できない」
「獅堂さん」
「なぜ俺は、こんなものを自分の礎と呼んでいたんだ」
自分の足元で暴走する王土を見る。
万象は我が礎は、剛毅の言葉など聞かず、校舎を侵食し続けていた。
彼が、その力へ意味を与えていた。
万象を支配するためではない。
背負うため。
守るため。
自分が立つ代わりに、誰かを沈ませないため。
その根本だけが切られた。
残った力は、ただ全てを下に置く王国になった。
「これが正常なの?」
灯が呟く。
『肯定』
《分離査読官》は即座に答えた。
『獅堂剛毅は、他者の負荷を自己の責任と認識する偏向から解放された』
『個体の独立性が向上した』
「その代わり、誰も助けなくなってる」
灯が倒れた学生を見る。
『各個体は、自己の維持に必要な行動を独立して選択できる』
「倒れた人は?」
『本人が自己維持を行う』
「できないから倒れてるの!」
『自己維持能力を失った個体を、他者が補助する義務は存在しない』
「義務じゃない。助けたいから助けるの!」
『その欲求が、関係によって生じた偏向である』
灯の胸へ金色の線が伸びる。
「灯!」
俺は反射的に前へ出た。
金線を掴もうとする。
指は何の感触もなく通り抜けた。
白い円環は、俺の背後で回っている。
持ち主を失ったまま、あらゆる結論を保留し続けていた。
俺には動かせない。
『黒瀬零』
《分離査読官》が告げる。
『保護行動を検出』
『黒瀬灯との兄妹関係は分離済み』
『選択の帰属も解除済み』
『なお同種行動が反復する原因を検索』
「やめろ」
金色の文字が、俺の胸の前へ浮かぶ。
――他者によって押しつけられた結論を、自らの答えとして受け入れない。
それを見た瞬間、心臓を直接掴まれたような感覚がした。
俺の一番深い場所。
世界から灯を消された時、何もかもが、灯など存在しなかったと告げた。
記録も。
写真も。
大学も。
両親の記憶さえ。
それが正しい結論だと、世界全体が俺へ押しつけてきた。
俺は受け入れなかった。
間違っているという証拠など、何一つ持っていなかった。
それでも、俺だけがその結論を拒んだ。
『根本命題を確認』
「触るな」
『当該命題が、黒瀬零の判断全体へ偏向を与えている』
「それが俺だ」
『個体そのものではない』
「それをなくしたら、俺が俺じゃなくなる!」
金線が根本命題へ触れる。
『人格情報は保持される』
『記憶も保持される』
『黒瀬零という個体は消失しない』
「名前だけ残して、人間を残したことにするな!」
『根本命題を分離』
金色の線が、俺とその言葉の間を切った。
世界が静かになった。
目の前には《分離査読官》がいる。
そいつは俺たちへ、自分の規則を押しつけている。
さっきまでなら、腹の底からふざけるなと思っていた。
今は何も感じない。
《第二観測圏》の規則。
観測独立規程。
関係や信念は、個体へ付着した偏向である。
理屈として理解できる。
間違っていると反論する理由が、見つからない。
「お兄ちゃん」
灯が俺の服を掴む。
「今、何をされたの」
「根本命題を分離された」
「分かる?」
「ああ」
「嫌じゃないの?」
問いの意味は分かる。
だが。
「特に問題はない」
自分の声が遠く聞こえた。
灯が息を呑む。
「問題ないって……。お兄ちゃんが自分の力を奪われて、選択まで自分のものじゃなくされて、今度は世界に決められることを嫌だと思う気持ちまで取られたんだよ」
「記憶はある」
「記憶じゃない!」
「黒瀬灯」
「名前で呼ばないで」
灯が俺の胸を叩く。
「お兄ちゃんって呼んでるんだから、お兄ちゃんとして答えてよ!」
拳は弱かった。
痛くもない。
灯が泣きそうになっていることは認識できる。
それでも、俺が何かをしなければならないとは思えない。
「お兄ちゃん」
灯の指が、服を強く握る。
「私がまた世界に消されても、もう何とも思わないの?」
その問いに答えようとする。
黒瀬灯が消える。
記録上、以前にも起きたこと。
俺はその事実を拒み、三年間追い続けた。
なぜそこまでしたのか。
記憶として説明はできる。
妹だったから。
大切だったから。
世界の方が間違っていると思ったから。
だが、今の俺にはどれも行動へ接続しない。
「現在の俺には、それを拒否する根拠がない」
灯の顔を見る。
灯の手が服から離れた。
指先がゆっくりと落ちる。
何かを決定的に間違えた。
そんな感覚さえ、もう起こらなかった。
『黒瀬零』
《分離査読官》が記録する。
『第三分離処理、完了』
『個体状態、正常』
「正常じゃない」
三年前の俺が言った。
赤い右目が鋭く輝いている。
「そいつは、世界に答えを決められても、それを拒否できなくなってる」
『拒否の必要性も、偏向に由来する』
「お前は」
三年前の俺が一歩前へ出る。
「人間から何を選ぶかだけじゃない。選ばされたことを苦痛だと思う権利まで奪ってる」
『苦痛は保存されている』
『感覚機能に異常はない』
「そういう意味じゃない」
『曖昧な主張』
「だったら、俺が残す」
赤い右目が金色の線を捉えた。
現在の俺から切り離された根本命題。
――他者によって押しつけられた結論を、自らの答えとして受け入れない。
赤い光がその言葉を囲む。
「こいつがそういう人間だった事実を、お前が切り離しても消させない」
『当該事実は消去していない』
「今のこいつへ繋がってないなら、残したとは言わない」
『事実と個体は、別個に保存可能である』
「だから、それが間違ってるって言ってるんだ!」
赤い右目が強く燃える。
赤い線が、俺と根本命題を無理やり繋ぎ直そうとする。
金色の線がその接続を切断する。
赤い記録が残す。
金線が切る。
また残す。
切られる。
それでも、三年前の俺は止めない。
「黒瀬零は、他人に決められた結論を拒んだ」
赤い右目から、血のような光が流れる。
『過去の事実である』
「今も」
『現在の帰属を確認できない』
「だったら、選び直せ!」
三年前の俺が俺へ向かって叫んだ。
俺は赤い右目を見る。
「何を」
「世界に決められて、そのままでいいと思うのか!」
「判断根拠がない」
「なくても決めろ!」
「それは合理的ではない」
「合理的じゃなくても、お前はそうしてきただろうが!」
三年前の俺の声が講義室を震わせた。
記憶はある。
灯が消えた日。
世界中が俺を間違っていると判断した。
それでも俺は一人で、灯がいたと言い続けた。
証拠はなかった。
理屈もなかった。
ただ、そうだった。
「過去の行動を、現在も反復する必然性はない」
俺は答えた。
三年前の俺の顔が歪む。
「そうか」
怒りではない。
失望でもない。
まるで、自分自身をもう一度殺したような顔だった。
「じゃあ、今のお前がやらないなら、俺がやる」
赤い右目の零は、灯の前へ立った。
金色の線へ真正面から歩き出す。
『対象変更を確認』
『黒瀬零・過去記録体』
『根本命題を検索』
金色の文字が、三年前の俺の胸へ浮かぶ。
俺とは違う言葉だった。
――自らが選んだ過ちの責任を、世界の改稿へ譲渡しない。
灯を消したのは自分だ。
世界が修正しても。
記憶を消しても。
別の零へ置き換えても。
その責任だけは、自分のものとして保持する。
それが三年前の俺を、今まで立たせていた。
「それに触るなよ」
三年前の俺が僅かに笑う。
『当該根本命題が、過去記録体の人格固定へ強い偏向を与えている』
「これは偏りじゃない」
『定義を要求』
「俺の罪だ」
『罪は行為に関する評価情報である』
『個体の構成には不要』
「必要だ」
『不要』
「俺が決める」
『当該判断も、根本命題の影響下にある』
「当たり前だ」
三年前の俺が赤い右目を開く。
「俺が選んだことに、俺が影響されて何が悪い」
『個体の独立性を阻害する』
「俺は、あいつを消そうとした」
三年前の俺は灯を見る。
灯の表情が苦しそうに揺れた。
「その事実を、なかったことにしたくない」
『事実は保存する』
「俺がやったってこともだ」
『行為と行為者の関係は、分離可能である』
「させない」
『第三分離処理を実行』
金線が三年前の俺の胸を貫いた。
赤い右目が強く光る。
自分自身の根本命題を保存しようとする。
「俺は、灯を消そうとした」
赤い光が金線へ食い込む。
『行為記録を保持』
「俺がやった」
『行為者帰属を分離』
「俺が!」
『分離する』
金色の線が赤い光を断ち切った。
三年前の俺の身体が後方へ揺れる。
灯が支えようと手を伸ばした。
「大丈夫?」
三年前の俺は灯を見る。
「黒瀬灯」
「……うん」
「三年前、お前を消す判断が行われた」
赤い右目が暗く明滅する。
灯の手が止まった。
「誰が実行した」
三年前の俺は、自分の両手を見る。
記憶は残っている。
その場にいたことも。
自分が言葉を発したことも。
自分の手が、灯を世界から切り離す装置へ触れたことも。
全て覚えている。
だが、その選択が自分のものだと認識できない。
「俺は記録を観測している。映像も音声も、全部残ってる」
赤い右目の零が呟く。
「でも、なぜ俺が責任を負う必要がある」
灯の顔が真っ白になった。
「あなたがやったから」
「記録上は、そうなっている」
「記録上じゃない!」
灯が叫ぶ。
「あなたが選んだの! 私を消そうとしたのも、そのことをずっと後悔していたのも、あなたでしょう!」
「行為と現在の俺の間に、帰属を確認できない」
三年前の俺は自分の胸へ手を置く。
「そんな……」
「だからずっと苦しんでたんじゃない」
灯の声が掠れる。
「私は、あなたをまだ許せないって言った。その言葉も、あなたに向けたの」
三年前の俺が灯を見る。
「許される対象が、俺である根拠を確認できない」
赤い右目から光が消えた。
完全ではない。
奥には、まだ赤い火が残っている。
けれど、何を守るための眼だったのか。
その中心を失っていた。
『過去記録体』
『第三分離処理、完了』
『責任偏向を除去』
『個体状態、正常』
「責任を、偏りって呼ばないで」
灯が呟く。
『責任は、行為と個体の間に形成された関係である』
『関係は分離可能』
「では、あなたが今していることは、誰の責任なのですか」
澄玲が低く尋ねた。
《分離査読官》が澄玲を見る。
『質問の意図を照会』
「関係を切りました。能力を切りました。選択を切りました。人間の根本命題まで切りました」
澄玲の周囲には、世界は解を持つの数式が浮かんでいる。
まだ彼女との所有関係は切られていない。
しかし、答えを求める根本命題へ金色の線が近づいていた。
「それを実行したのは、誰ですか?」
『《第二観測圏》の観測独立規程に基づく』
「規程は手を動かしません」
『《分離査読官》が処理を実行』
「あなたが選んだのですか?」
『私は』
左右の声が、一瞬だけずれた。
『規程を執行している』
「執行すると決めたのは?」
『決定ではない』
『機構機能である』
「では、あなたは何も選んでいない」
『肯定』
「誰も選んでいない処理で、私たちの選択を勝手に無効にしているのですか?」
『無効化ではない』
『分離である』
「言い換えても同じです」
澄玲の数式が、《分離査読官》の左右へ広がる。
「あなたの理屈では、行為と行為者は分離できる。責任と個体も分離できる」
一つの解が、数式の中央へ浮かび上がる。
「なら、この分離処理に責任を持つ者は存在しません」
『機構に責任は不要』
「責任のない処理に、他人を正常と判定する資格はあるのですか?」
『資格は、《第二観測圏》から付与されている』
「付与された資格と、あなたを分離したら?」
《分離査読官》の金色の線が、初めて完全に停止した。
講義室に僅かな静寂が生まれる。
持ち主を失った未証明が、その問いの中に一つの結論を検出した。
――《分離査読官》は、《第二観測圏》から付与された権限により、分離処理を実行できる。
白い円環が自律的に回転する。
権限と執行者。
《分離査読官》自身が、当然のものとして接続している関係。
そこへ白い空白が挟まった。
『異常』
《分離査読官》の左右の半身が僅かに離れる。
『執行権限の帰属に、未確定領域を検出』
「自分だけは切られないと思ったのですか?」
澄玲が言う。
『処理対象の誤認』
『私は査読主体である』
『お前たちは査読対象である』
「その関係も、切り離せるんでしょう?」
灯が涙を拭って言った。
《第一査読官》が白い表示を開く。
『異議を受理』
《分離査読官》が《第一査読官》を見る。
『お前に受理権限はない』
『当該判断と、現在の私の間に関係が再形成された』
《第一査読官》は答える。
灯を見る。
関係は、まだ戻っていない。
それでも。
『私は、この審理へ異議を申し立てる側へ立つと、現在、選択した』
白い円環が《分離査読官》の権限へ食い込む。
第三分離処理が一瞬だけ止まった。
廊下で倒れていた学生へ、別の学生がゆっくり近づく。
「助ける理由は分からない」
その学生は呟く。
それでも、倒れた身体を抱き起こした。
「でも、このままにしておくのは、何かが違う」
大学の各所で、同じことが起き始める。
友人だからではない。
教師だからではない。
信念があるからでもない。
理由を失った人間たちが、目の前の誰かを見て、それでももう一度、行動を選び始める。
『判断の再発を確認』
《分離査読官》が金色の栞を開く。
『根本命題分離後も、同種行動が発生』
『原因を検索』
「まだ分からないのか」
採択領域から離脱した俺が言った。
これまで、静かに状況を見ていた。
正しい世界を捨て、ここへ来た零。
「人間は、何か一つの根本命題で完成しているわけじゃない」
胸元へ白い座標を浮かべる。
『対象』
『採択領域・黒瀬零』
『第三分離処理を――』
「遅い」
自証座標が、《分離査読官》の足元へ展開される。
「お前は、俺たちから関係を切った。能力を切った。選択を切った。根本命題を切った」
白い座標が、今この瞬間を固定する。
「それでも、今ここで誰かを助けた人間がいる。切られた後に生まれた選択だ」
『新たな偏向として、再分離する』
「切ればいい。その後、また選ぶ」
『無限反復は、有効な回答ではない』
「誰が決めた」
『審理規程が――』
「その規程と、お前との関係は今、未確定だ」
採択領域から離脱した俺が、《分離査読官》を指す。
金色の栞に亀裂が入った。
《分離査読官》の左右の半身が、初めて別々の言葉を発する。
『処理を継続する』
『権限確認を優先する』
二つの命令が互いに衝突した。
右半身が金線を掲げる。
左半身が、その手首を掴んだ。
『分離を継続』
『執行根拠を再査読』
金色の線が空中で震える。
澄玲が息を吐いた。
「効いています」
「まだだ」
緋月が答える。
彼女の万象校正は、持ち主から半ば切り離され、大学の記録と現実を無差別に一致させようとしていた。
「権限を止めただけだ。切られたものは戻っていない」
現在の俺は灯を見る。
名前は分かる。
過去も分かる。
それでも、世界に消されても拒む理由はない。
三年前の俺も、灯を消そうとした記憶を持ちながら、それを自分の罪だと認識できない。
採択領域から離脱した俺が、俺たち二人を見る。
「次は、俺だ」
金色の線が、採択領域から離脱した俺の胸へ向いていた。
そこに浮かぶ根本命題。
――一度採択された正解であっても、自ら選び直す権利は失われない。
正しい世界を捨てた。
灯のいない成功を棄却した。
自分自身の役割を選び直した零。
《分離査読官》は、左右へ裂けた声で宣告する。
『第三分離処理を再開』
『採択された世界と、それを棄却した選択者を分離する』
採択領域から離脱した俺が静かに笑った。
「やってみろ」
だが、その笑みは挑発ではなかった。
自分が何を失うのかを知っている人間の覚悟だった。
「俺が忘れても」
採択領域から離脱した俺は、現在の俺を見る。
「お前が」
三年前の俺を見る。
「俺たちが」
最後に灯を見た。
「もう一度、選ばせろ」
金色の線が、その胸を貫いた。




