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第五節 辞めた後まで、同じことが起きるのか

退職届を送ったのは、八月八日だった。

八月五日の電話で、退職日は九月二十三日と確認していた。

退職届の雛形も送ってもらえるという話だった。

ところが、八月八日になっても届かない。

なるほど。

退職日は決まっている。退職届の雛形も送ってもらえることになっている。

しかし、肝心の書類が来ない。

話はある。書類はない。

なんだか、どこかで聞いたような話である。

仕方がないので、あらかじめ自分で作成していた退職届を本社宛てに送った。

必要な書類が届かないなら、自分で用意する。

実に簡単な話だ。

本来なら、ここに余計な工夫など必要ない。

だが、世の中には、簡単な話を簡単に終わらせてくれないことがある。

俺は、これまで夜勤の運用について、数字を集め、時刻を記録し、実際に何が起きていたのかを確認してきた。

感覚だけで話を進めると、いつの間にか事実と認識が入れ替わる。

だから、記録を残す。

退職手続きでも、そのやり方を変えるつもりはなかった。

八月十七日、退職関係の書類が届いた。

封筒の消印は八月十三日だった。

中には、給付金申請書や年次有給休暇の残数確認などが入っていた。

ところが、封筒は閉じられていなかった。

個人情報を含む書類を送るのに、封がされていない。

おおらかというべきか、うっかりというべきか。

少なくとも、受け取った側としては、もう少し慎重に扱ってもらいたいところだった。

もちろん、封がされていなかったからといって、それだけで何かを断定するつもりはない。

単純なミスだったのかもしれない。

別の事情があったのかもしれない。

そこは分からない。

分からないことを、分かったように書くつもりはない。

ただし、封がされていなかったという事実まで、なかったことにはならない。

ここは分けておく。

事実は事実。理由は理由。

都合のいいときだけ、この区別を忘れるわけにはいかない。

九月一日には、退職日の確認書類が届いた。

そこには、退職日を九月二十二日に変更するか、提出済みの退職届どおり九月二十三日とするか、二つの選択肢が示されていた。

八月五日の電話では、九月二十三日と確認していた。

その後、自分で作成した退職届にも、九月二十三日と記載して送っていた。

それなのに、改めて二つの選択肢が提示された。

なるほど。

一度決まったはずの日付を、もう一度選ぶ。

こちらとしては、最初に確認した話と、後から届いた書類を照らし合わせ、改めて回答しなければならない。

退職するだけでも、なかなか手間がかかる。

俺は、九月二十三日とする選択肢を選び、同日、ファクスで回答した。

これで、また一つ記録が増えた。

電話で確認した日。

退職届を送った日。

書類の消印。

実際に届いた日。

退職日について回答した日。

まるで、退職するまでの道のりに、わざわざ足跡を残して歩いているようなものだ。

いや、正確には、足跡を残さなければ、後から道筋を確認できなくなるかもしれないと思っていた。

だから残した。

それだけの話である。

退職手続きには、いろいろな事情があるだろう。

書類の準備に時間がかかることもある。

郵送が予定どおりに進まないこともある。

日付の確認が必要になることだってある。

一つひとつを取り上げて、すべて問題だと騒ぐつもりはなかった。

ただ、そうした出来事が起きたとき、後から確認できるようにしておく。

それが、俺のやり方だった。

記録があれば、少なくとも何がいつ起きたのかは分かる。

記録がなければ、「そんな話だったか」「いつのことだったか」という、ずいぶん便利な世界に戻ってしまう。

人間の記憶というのは、なかなか都合よくできている。

覚えていることもあれば、忘れてしまうこともある。

そして、同じ出来事でも、立場が変われば見え方まで変わる。

だからこそ、日付を残す。

記憶力に期待するより、記録に働いてもらったほうが確実だ。

もっとも、会社を辞める段になってまで、こんなことをしている自分も、たいがい面倒な人間である。

普通なら、辞める会社のことなど、さっさと忘れたいだろう。

俺だって、いつまでも関わっていたいわけではない。

できることなら、必要な手続きを済ませて、きれいさっぱり終わりにしたい。

ところが、俺には、もう一つ確かめておきたいことがあった。

会社を辞めたら、これまでと違うことが起きるのか。

それとも、場所が変わっても、相変わらず同じようなことが起きるのか。

もちろん、書類が遅れたことや、封筒が閉じられていなかったこと、退職日の確認が改めて必要になったこと。

それぞれの出来事に、どんな理由があったのかは分からない。

この段階で、すべてを一つの原因で説明することもできない。

だが、俺は、これまでの経緯と退職後の対応を、別々の出来事として忘れてしまう気にはなれなかった。

そこで、記録を残すことにした。

後から都合よく話をつなぎ合わせるためではない。

最初から結論を決めて、証拠を集めるためでもない。

実際に起きたことを残し、その記録を基に考える。

夜勤の運用についてやってきたことと、基本は同じだった。

しかし、我ながら思う。

会社を辞めるのに、どうしてここまで手間をかけなければならないのか。

仕事を辞める。

退職届を出す。

必要な書類を受け取る。

退職日を確認する。

本来、それで済む話ではないのか。

なのに、こちらは日付を確認し、書類を保管し、やり取りを記録する。

退職するだけなのに、ちょっとした事務局でも開設したような気分になる。

もちろん、記録を残すと決めたのは俺自身だ。

誰かに頼まれたわけではない。

それでも、そうしなければ後から確認できないかもしれないと思わせる何かがあった。

そこが、なんとも皮肉なところだった。

俺は、もう職場に戻るつもりはない。

相手を説得し直すつもりもない。

自分の判断を認めさせようと、いつまでも説明を続けるつもりもなかった。

第四章の第一節で書いたとおり、相手に分からせることを、自分の仕事から外したのだ。

それでも、記録を残すことはできる。

事実を整理することもできる。

そして、起きたことを、起きたこととして振り返ることもできる。

相手に分からせることと、自分が事実を確認することは、別の話だった。

俺は、そう考えていた。これほど信用できない営業所ってなんだ!

そして、手続きはまだ続いていた。

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