第四節 退職という名の撤退
戦場から兵を引く。
言葉にすれば、ずいぶん格好がいい。
実際にやることは、退職である。
戦国武将なら陣を引き払うところだが、こちらは制服を返し、必要な書類を出し、残った手続きを済ませる。馬も旗印もいらない。必要なのは、退職日と書類の確認くらいだ。
天下を狙うわけでもない人間が、職場を離れるだけで、ずいぶんと大げさな話になった。
だが、俺にとっては、ただ仕事を辞めるというだけではなかった。
一年間、夜勤の実態を調べ、数字を集め、改善を求めてきた。
自分にできることは、できるだけやったつもりだった。
それでも、最後の判断をするのは自分ではない。
ならば、いつまでもそこに残り続ける理由はなかった。
俺は、会社全体を敵に回したかったわけではない。
誰かを打ち負かして、勝利宣言をしたかったわけでもない。
ただ、自分が問題だと考えた運用について、事実を整理し、記録を残し、必要な報告をした。
それで、一区切りだった。
もっとも、頭でそう整理できたからといって、気持ちまできれいに片づくわけではない。
納得できないことは残っていた。
不公平だと思う気持ちも残っていた。
こちらが何度も説明しようとしたことが、十分に受け止められたとは思えなかった。
だから、退職を決めたからといって、急に相手を理解できるようになったわけでも、これまでの対応を許せるようになったわけでもない。
ただ、もう、そこに自分の時間を注ぎ続けるのはやめようと思った。
それだけだった。
退職というのは、便利な区切りである。
会社に行かなくてよくなる。
顔を合わせる必要もなくなる。
仕事上のやり取りも、基本的には終わる。
少なくとも、そうなるはずだった。
しかし、辞めるからといって、それまでの経緯が消えるわけではない。
何を調べたのか。
どんな数字が出ていたのか。
何を報告したのか。
どのような判断があったのか。
そうした記録は、退職届を出したからといって、まとめて消えてくれるわけではなかった。
むしろ、離れると決めたからこそ、残しておく必要があった。
俺がいなくなった後、誰かが同じ問題に直面するかもしれない。
そのとき、何も記録がなければ、また最初からになる。
以前から、そういうことを考えていた。
人が辞めれば、その人が担っていた仕事も一緒になくなる。
そう思っているのなら、ずいぶん都合がいい。
人間は退職届を出せば職場からいなくなるが、仕事まで一緒に連れていってくれるわけではない。
荷物は残る。
点呼も残る。
毎日の運用も残る。
誰かが、それを引き受けなければならない。
俺は、その現実を知っていた。
だから、記録を残した。
それは、辞めた後に会社を困らせるためではない。
自分がいなくなった後のことまで、いつまでも自分の責任にしないためでもあった。
やるべきことを終え、必要な記録を残し、退職する。
その先の運用をどうするかは、残った人たちが決めることだ。
そして俺は、自分がいなくなった後に、何が起きるかについても、ある程度は予想していた。
一人でできるという判断があった。
人員は足りているという認識があった。
ならば、俺がいなくなっても、その判断に基づいて運用は続いていくはずだった。
もちろん、実際にどうなるかは、その時点では分からない。
予想が当たる保証もない。
だが、少なくとも、俺がいなくなれば、それまで俺が担っていた仕事を誰かが担う必要がある。
そのことだけは、間違いなかった。
俺は、そこまで考えたうえで退職を決めた。
自分がいなくなれば、何かが変わるかもしれない。
反対に、何も変わらないかもしれない。
どちらであっても、それは俺が決めることではない。
ここで、ひとつだけ区別しておきたい。
俺は、現場が困ることを望んで退職したのではない。
誰かに失敗させるために辞めたのでもない。
ただ、これまで自分が引き受けてきたものを、これ以上、無期限に引き受け続けることはしないと決めたのだ。
その結果、何が起きるのか。
それを考える責任まで、俺が抱える必要はなかった。
「一人でやれ」と言うのは簡単だ。
人員は足りていると判断するのも簡単だ。
だが、その判断を実際の運用に落とし込み、毎日の仕事を回していくのは、別の話である。
そこには、荷物がある。
時間の制約がある。
休みもある。
人員配置の問題もある。
書類の上で人数を減らすことと、その人数で業務を継続できることは、同じではない。
その違いを、俺は一年間、数字で示そうとしてきた。
だからこそ、最後まで自分が支え続けるのではなく、判断した側に、その判断の先を委ねることにした。
退職は、逃げなのか。
そう見える人もいるだろう。
問題があるなら、最後まで残って改善するべきだ。
そう考える人もいるだろう。
それも、ひとつの考え方ではある。
だが、最後まで残ることだけが責任の取り方ではない。
自分にできることをやり、必要な記録を残し、それ以上は自分の権限を超えると判断して離れる。
それも、ひとつの選択だ。
いつまでも残って説明を続けることが、必ずしも現場のためになるとは限らない。
まして、相手を理解させることが目的になってしまえば、当初の目的から遠ざかってしまう。
俺は、そこから降りることにした。
もちろん、きれいに割り切れたわけではない。
腹は立っていた。
納得もしていなかった。
自分の分析や努力を、もっと正面から受け止めてほしかったという気持ちも残っていた。
それでも、退職を決めた。
感情が完全に整理されるのを待っていたら、いつまでたっても辞められなかっただろう。
人間というのは、納得してから動くとは限らない。
納得できないままでも、ここで終わりにすると決めることはできる。
俺は、そうした。
会社を辞める。
現場を離れる。
自分にできることは終わらせる。
そして、残った問題を、残った人たちに委ねる。
それが、俺にとっての撤退だった。
戦場から離れたからといって、戦場そのものがなくなるわけではない。
俺がいなくなった後も、夜は来る。
荷物は到着する。
朝になれば、日勤が始まる。
現場は、何事もなかったかのように動き続ける。
ただし、その現場を誰が、どのような体制で支えるのか。
そこは、これからの判断に委ねられることになった。
俺は、そこを離れた。
戦いを終わらせるために、相手を倒す必要はなかった。
自分が担うべき仕事を終え、自分の責任と権限の範囲を見定め、そこから先は引き受けない。
俺が選んだのは、そういう終わり方だった。
そして、退職すればすべてが終わると思っていたわけでもない。
むしろ、退職後の対応についても、俺は記録を残すつもりでいた。
なぜなら、俺が見届けたかったのは、退職そのものではなかったからだ。
これまでの経緯を踏まえたうえで、最後の手続きがどのように進むのか。
そこにも、これまでと同じようなことが起きるのか。
それとも、今度は違うのか。
俺は、そこを確認しようと思っていた。




