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第二節 もう、分からせる必要もない

「もう、いいんじゃねえか」

そう思ったからといって、腹が立たなくなったわけではない。

納得したわけでもない。

相手の判断が正しかったと認めたわけでもない。

ただ、これ以上、自分の時間を使って説明し続けることに、意味を見いだせなくなったのだ。

考えてみれば、ずいぶん妙な話だった。

夜勤の実態を確認するために数字を集めた。

荷物の到着時刻を調べ、時間帯ごとの数量を整理し、作業量と人員配置の関係を分析した。

感覚だけで話をしても、意見がぶつかるだけだと思ったからだ。

だから、記録を集めた。

数字を示した。

改善案を出した。

それでも、思うようには進まなかった。

こちらは、現場の実態を確認してほしかった。

相手は、こちらの説明をどう受け止めたのか。

その違いが、最後まで埋まらなかった。

もちろん、数字を出したからといって、俺の考えがすべて正しいと決まるわけではない。

数字の読み方を間違えることもある。

分析に見落としがあることもある。

だからこそ、記録を基に検討し、必要なら反論してもらえばよかった。

「この数字は違う」

「この時間帯の見方が間違っている」

「この配置では、こういう問題が起きる」

そういう話なら、いくらでもできたはずだった。

ところが、話がそういう方向に進まないことが続いた。

こちらが確認したいことと、相手が問題にすることが、かみ合わない。

現場の運用について話しているはずなのに、いつの間にか別の話になっている。

これでは、何のために数字を集めたのか分からない。

数字は、黙っている。

誰が偉いのかも、誰の顔を立てるべきなのかも知らない。

ただ、記録された数量と時刻を示すだけだ。

それをどう判断するかは、人間の仕事である。

ところが、その人間が数字と向き合わなければ、数字を集めたところで話は進まない。

資料を作れば、仕事が進んだ気分にはなる。

報告書を提出すれば、必要な手続きが済んだ気分にもなる。

しかし、資料を作ることと、資料を使って判断することは別の話だ。

ここを混同すると、書類だけが立派になり、現場は何も変わらないという、ありがたくない結果になる。

書類の上では、問題を検討したことになっている。

現場では、相変わらず同じ問題が起きている。

これでは、何のための検討なのか。

俺は、そういう状況を変えたかった。

だから、説明を続けた。

もう一度説明すれば、今度は伝わるかもしれない。

別の資料を出せば、見方が変わるかもしれない。

時間をかけて話せば、理解してもらえるかもしれない。

そう考えていた。

今思えば、俺にも都合のいい期待があったのだろう。

数字を示せば、人は数字を見てくれる。

筋道を立てて説明すれば、筋道に沿って考えてくれる。

事実を確認すれば、判断も変わる。

そうであってほしいと思っていた。

しかし、人間は、必ずしも事実だけを見て判断するわけではない。

これまでの経験もある。

立場もある。

自分が正しいと思ってきた年月もある。

そこへ、自分の認識とは違う数字が持ち込まれたら、どうなるか。

数字を見直す人もいるだろう。

自分の考えを修正する人もいるだろう。

一方で、これまでの判断を守ろうとする人もいる。

人間というのは、なかなか面倒な生き物である。

自分が長年信じてきたことを、数字ひとつで簡単に手放せるなら、そもそも苦労はしない。

そして、俺もまた、自分の考えに自信を持っていた。

数字を集め、分析し、実態を把握したつもりだった。

自分の見ている現実には、それなりの根拠があると思っていた。

だからこそ、理解されないことが腹立たしかった。

自分が間違っている可能性を考えることと、説明をまともに受け止めてもらえないことは、別の問題だ。

俺は、自分の分析に誤りがあれば、そこは修正するつもりだった。

だが、そもそも検討してもらえなければ、修正のしようもない。

そして、説明を続けても、その状況が変わるとは限らなかった。

いつしか、俺は同じ場所をぐるぐる回っているような気分になっていた。

説明する。

伝わらない。

もう一度説明する。

また、別の話になる。

それでも説明する。

その繰り返しである。

一体、いつまで続ければいいのだろう。

相手が理解するまでか。

判断を改めるまでか。

こちらの正しさを認めるまでか。

考えれば考えるほど、終わりが見えなかった。

なぜなら、終わりを決める権限が、俺にはなかったからだ。

俺は現場の数字を集めることができる。

記録を整理することもできる。

改善案を提示することもできる。

だが、それを受け入れるかどうかは、相手が決めることだった。

相手が決めることまで、自分の責任にしてしまえば、いつまでも終われない。

それでも俺は、しばらくの間、何とかしようとしていた。

現場を改善したいという気持ちはあった。

自分が調べたことを、無駄にしたくないという気持ちもあった。

そして、自分の判断が正しかったと認めてほしい気持ちもあった。

その三つが、どこまで混ざっていたのか。

今となっては、きれいに切り分けられない。

ただ、ひとつ確かなことがある。

相手が理解するまで説明し続けることは、俺の義務ではなかった。

俺は、会社のすべてを変えられる立場ではない。

人員配置を最終決定する権限もない。

管理側の考え方を変える権限もない。

できるのは、事実を調べ、問題を整理し、必要な報告をすることまでだった。

そこから先は、判断する側の仕事である。

それなのに、俺はいつの間にか、判断する側が判断するための材料を用意するだけでは満足できなくなっていた。

材料を見てもらいたい。

理解してもらいたい。

判断を変えてもらいたい。

できれば、自分の考えを認めてもらいたい。

そこまで求めていた。

しかし、どれだけ努力しても、相手の判断までは支配できない。

それを認めることは、簡単ではなかった。

認めてしまえば、自分が費やしてきた時間や労力が、報われないまま終わるような気がしたからだ。

だが、報われるまで続けるという考え方そのものが、俺を縛っていたのかもしれない。

やるべきことをやった。

記録も残した。

報告もした。

それでも判断が変わらないなら、その結果を見届けるためだけに、自分の時間を使い続ける必要はない。

そう考えるようになった。

別に、相手を許したわけではない。

これまでの経緯を水に流したわけでもない。

ただ、もう、分からせようとするのをやめることにした。

分からない人間に、分かるまで説明する。

言葉にすれば簡単だが、実際には終わりのない仕事だった。

しかも、相手が分かろうとしているかどうかさえ、こちらには決められない。

ならば、いつまでもそこに立ち続ける必要はない。

俺は、自分にできることを終わらせる。

必要な記録を残す。

必要な報告をする。

そして、去る。

その後、どう判断するか。

その判断で、現場がどう動くか。

そこまで俺が引き受ける必要はなかった。

俺は、現場が困ることを望んでいたわけではない。

誰かに失敗してほしかったわけでもない。

ただ、自分がいなくても問題なく回るという判断なら、その判断をした側が、その運用を続けていけばいいと思った。

一人でやれる。

人員は足りている。

今まで問題はなかった。

そう判断するのなら、その判断に基づいて運用すればいい。

俺は、その判断を永遠に支えるために、そこにいるわけではない。

そして、もうひとつ。

自分がいなくなった後に何が起きるかを、俺が説明し続ける必要もない。

実際にどうなるのか。

それは、これからの現場が示すことになる。

俺は、そう考えた。

怒りは残っていた。

納得できないこともあった。

それでも、相手を説得することに費やしてきた時間を、これ以上、増やすつもりはなかった。

「もう、いいんじゃねえ」

それは、負けを認めた言葉ではない。

相手の判断に納得した言葉でもない。

自分が関わり続けることに、区切りをつける言葉だった。

そして俺は、説明し続けることとは違う方法を考え始めた。

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