第三十節 狸の見ていた景色
大沢君が来なくなった。
そして、草加部も退職を決めた。
夜勤の人員は、さらに減っていった。
それまで私は、夜勤の仕事について、自分なりに理解しているつもりだった。
草加部から資料を受け取り、数字を見て、説明を聞いた。日勤との業務量の違いについても、何度も話は出ていた。
それでも私は、自分の判断を変えなかった。
やがて、私自身が一人で夜勤をやらなければならない日が出てきた。
実際に夜勤の仕事をすることになった。
荷物が到着する。数を確認する。重量のある荷物を扱う。時間帯によって作業が重なる。次々とやらなければならないことが出てくる。
資料に並んでいた数字は、こういう現場のことを示していたのだろうか。
草加部は、これを伝えようとしていたのだろうか。
私は、夜勤を実際に経験することになって、初めて考えた。
しかし、草加部が示していた数字は、夜勤を経験しなければ理解できないものだったのだろうか。
数字は、最初からそこにあった。
日勤と夜勤の業務量を比較する資料も、現場の実態を示す数字も、すでに提出されていた。
それでも私は、その意味を十分に考えなかった。
自分は現場を知っている。経験もある。だから、判断できる。
そう思っていた。
けれども、知っているつもりでいることと、本当に理解していることは、同じではなかったのかもしれない。
草加部が見ていた景色と、私が見ていた景色。
そこには、違いがあった。
私は、その違いを確かめようとしなかった。
草加部の資料は、そこにあった。
数字は、最初からそこにあった。
大沢君が来なくなったことも、草加部が退職を決めたことも、そして、私自身が一人で夜勤をやらなければならなくなったことも、現実だった。
私は、実際に夜勤をやることになった。
そのとき、何を感じ、何を考えたのか。
今となっても、自分の判断を、すべて説明できるわけではない。
ただ、あのときの私は、自分の判断には理由があると思っていた。
自分は現場を知っている。自分なりに考えている。だから、間違ってはいない。
そう信じていた。
私は、自分の見ていた景色が、現場のすべてだと思っていた。




