第二十四節 報告を受け取る顔
草加部から資料を受け取ることは、一度きりではなかった。
夜勤の業務について、草加部は数字を示してきた。
荷物が何時に到着するのか。
どれだけの荷物があるのか。
時間帯によって、どのように業務が集中するのか。
草加部は、そうした数字をもとに、夜勤の人員配置や運用について話をしようとしていた。
資料を出してくる以上、草加部なりに考えていることがあるのだろう。
私にも、それは分かっていた。
ただ、資料を受け取ったからといって、その内容をすべて認めなければならないわけではない。
数字には数字の意味がある。
しかし、現場の仕事は、数字だけで決まるものでもない。
私は、そう考えていた。
草加部が何を問題にしているのか、まったく理解できなかったわけではない。
夜勤の仕事が、時間帯によって偏ることもあるだろう。荷物が集中すれば、負担が増えることもある。
それでも、だからといって、草加部の提案をそのまま受け入れる必要があるとは思わなかった。
人員配置には、全体の事情がある。
夜勤だけを見て決められるものではない。
そう考えれば、草加部の資料を受け取ることと、その提案を受け入れることは、別の話だった。
私は、資料を受け取り、話を聞いていた。
それで、必要な対応をしているつもりだった。
草加部は、数字を示せば、話が進むと思っていたのかもしれない。
資料に根拠があり、業務の実態が示されていれば、こちらも考えを変えるはずだと。
だが、私には私の考えがあった。
すでに元委員長とも話をしていた。
夜勤の人員をどうするのか。タイミーをどのように扱うのか。今後の運用をどう進めるのか。
そうしたことについて、私は元委員長の考えを聞いていた。
元委員長は、会社の事情をよく知っている。
これまでの経緯も分かっている。
その人が必要だと考えている方向があるのなら、私としても、それを踏まえて進めていくことになる。
私自身、現場を見ていないわけではない。
自分なりに考えたうえで判断している。
だから、草加部の資料が出てきたからといって、すぐにそれまでの考えを変える必要はないと思っていた。
私は、そうした認識のまま、草加部の資料を受け取っていた。
やがて、夜勤の運用について、上層部への説明が必要になる。
支店長や部長、社長を含め、関係する人たちに、現場で何が起きているのかを説明しなければならない。
説明する以上、何を伝えるのかを整理する必要がある。
夜勤の人員配置について、これまでどのように考えてきたのか。今後、どのように運用していくのか。
そうしたことを説明することになる。
私は、元委員長とも話をしていた。
その意向を踏まえながら、話を進めていく。
自分としては、関係者と相談し、必要な判断をし、組織として仕事を進めているつもりだった。
草加部が示した資料についても、受け取っていないわけではない。
話を聞いていないわけでもない。
ただ、資料に書かれていることを、どこまで判断に反映させるのかは別の問題だと考えていた。
数字が示されているからといって、それだけで運用を変えることにはならない。
現場には現場の事情がある。
人員配置には、ほかの事情も関係してくる。
私は、そうした説明で十分だと思っていた。
草加部が何を示そうとしていたのか。
その数字が、これまでの判断とどのように食い違っていたのか。
そこまで踏み込んで整理することよりも、私は、今後の運用をどう進めるかという話をしていた。
自分では、必要な説明をしているつもりだった。
説明を求められれば、これまでの経緯を話す。
判断について聞かれれば、自分の考えを説明する。
元委員長とも話をしているのだから、その方向で進めることに問題はない。
私は、そう考えていた。
やがて、コンプライアンス室への説明も必要になった。
現場の運用について、確認しなければならないことがある。
そうなれば、これまでの経緯や、関係者とのやり取りについて説明することになる。
私としては、これまでの対応について、必要な説明をするだけだった。
自分が把握していることを伝え、どのような考えで進めてきたのかを話す。
それが、自分の役割だと思っていた。
草加部から資料を受け取ったことも、私の中では、その経緯の一部だった。
草加部は、数字をもとに夜勤の業務について説明しようとしていた。
一方、私は、現場の事情やこれまでの経緯を踏まえて判断していた。
その違いがあった。
だが、私は、その違いを、判断の前提そのものが異なっているという問題としては捉えていなかった。
草加部は、数字を示している。
私は、現場の事情を踏まえている。
それぞれに考えがある。
私には、そう見えていた。
草加部の資料に書かれている数字を、改めて一つずつ確認し、これまでの判断と照らし合わせる。
その必要性について、私は深く考えていなかった。
資料を受け取った。
話を聞いた。
上層部にも説明した。
コンプライアンス室にも説明する。
必要なことは進めている。
そう考えていた。
だから、私の中では、報告を受けていないという認識もなければ、説明を怠っているという認識もなかった。
草加部が何を訴えていたのか。
その訴えを受けて、自分が何を確認し、何を確認しないままにしていたのか。
その二つを分けて考えることはなかった。
私にとって重要だったのは、必要な説明を行い、決めた方向で仕事を進めていくことだった。
草加部が納得しているかどうかは、また別の話だった。
草加部が納得していないからといって、それまでの判断を変えなければならないわけではない。
私は、そう思っていた。
資料を受け取ったことと、その資料が示す問題を十分に検証したことは、同じではない。
だが、その違いを、私は特に意識していなかった。
私は資料を受け取っていた。
私は説明もしていた。
そして、自分は必要な対応をしていると思っていた。
そのことに、疑問はなかった。




