第二十二節 ゼロにするという判断
「ゼロにして一人でやれる」
「社長に話をしておく」
元委員長は、そうした言葉で私に働きかけてきた。
タイミーを夜勤から外し、日勤帯へ振り向ける。その方向へ話を進めるよう、石井主任にも働きかけていた。
夜勤の人員をゼロにする。夜勤は一人でやればいい。
そういう方向だった。
そして、その方針を夜勤の担当者に伝えるのは、所長である私の役割だった。
元委員長が、夜勤の担当者に直接、会社の方針を命じたわけではない。元委員長は管理職ではなかった。会社の運営を正式に決定する立場でもない。嘱託として、組合関係の仕事に長く関わり続けている人物だった。
それでも、その意見を簡単に聞き流すことはできなかった。
私より先輩であること。元委員長として、社内の事情や組織の動きをよく知っていること。そして、私自身の過去についても知っていること。
その三つが、相手の言葉の背後にあった。
何かを直接脅されたわけではない。過去を持ち出して、私に何かを要求されたわけでもない。
ただ、相手が何を知っているのかを、私は知っていた。
人間関係というものは、必ずしも明確な言葉によって形づくられるわけではない。口に出されないことでも、相手との間に積み重なった関係によって、意味を持つことがある。
私は、そのことを知らないわけではなかった。
しかし、それを理由に判断を変えたのだと考えるのは、私にとって都合のよい説明ではなかった。
私は所長だ。現場を動かし、業務を成立させ、問題が起きれば対応する。誰かの意見を聞くことはあっても、最後に判断するのは自分だ。
そう考えていた。
だから、今回の件も、自分の判断として整理する必要があった。
タイミーを夜勤に導入したのは、人員不足への対応という意味があった。夜間の作業を回すために人を確保し、現場の負担を調整する。その目的自体に、特別な問題があったわけではない。
だが、人員配置は一度決めれば終わりというものでもない。夜間と日勤では仕事の内容も違う。必要な人数も、時間帯によって変わる。
会社全体で考えれば、夜勤だけの都合で人員を配置するわけにはいかない。
そう説明することはできた。
実際、私はそう考えていた。
ただ、夜勤に配置した人員をゼロにするという判断と、日勤帯に人員を振り向けるという判断は、本来、分けて考える必要があったはずだ。
夜勤に何人必要なのか。どの時間帯に作業が集中するのか。人員を減らした場合、残る者にどの程度の負担が生じるのか。
それらを確認したうえで、配置を決める。
管理する立場であれば、当然の手順だった。
けれども、私は、その手順をどこまで踏んだのか。
今になって振り返れば、そこには曖昧な部分があった。
それでも当時の私は、曖昧さを問題だとは考えなかった。現場の運用には、数字だけでは割り切れない事情がある。実際に仕事を回してきた経験や、組織の事情を知っている人間の意見も、判断材料の一つになる。
そう考えれば、元委員長の意見を聞くこと自体は、何もおかしくない。
問題は、その意見をどの程度の重さで受け止めたのかということだった。
私は、相手が管理職ではないことを知っていた。正式な指示を出せる立場ではないことも、当然わかっていた。
それでも、相手の言葉には、役職だけでは説明できない重さがあった。
長く組織に関わってきた人間には、書類に残らない事情が見えていることもある。誰に話を通せば物事が進むのか。どのような経緯で今の運用になったのか。表向きの説明だけではわからないことを知っている。
その知識は、会社にとって役立つこともある。
私は、そういう面を見ていた。
一方で、相手がその知識をどのように使うのかについては、深く考えなかった。
いや、考えなかったというより、考える必要がないと判断していたのかもしれない。
相手は私より先輩だった。組織の事情にも詳しかった。私が知らない経緯を知っていることもあった。
それらを尊重することと、その意向を判断の前提にすることは、本来、別の話だった。
しかし、そのときの私は、二つを明確に分けていなかった。
「社長に話をしておく」
その言葉も、私の中に残っていた。
誰に何を話すのか。どのような説明をするのか。そこまで具体的に確認したわけではない。
ただ、社長に話を通すという言葉には、相手なりの考えがあるのだろうと思った。
私が一人で判断するよりも、会社の上層部に話を通しておいたほうがよい。そういう意味にも受け取れた。
そう受け取れば、相手の言葉は、組織の中で物事を進めるための助言だったということになる。
私は、そのように理解した。
少なくとも、そう理解しておくことに、何か不都合があるとは思わなかった。
相手に正式な決定権がないからといって、意見を聞く必要がないわけではない。会社には、役職だけでは測れない人間関係がある。長く働いてきた者だからこそ知っている事情もある。
それは事実だった。
ただし、組織の事情に詳しいことと、その判断が正しいことは同じではない。
私は、その違いを十分に意識していただろうか。
自分では、必要な情報を集め、状況に応じて判断していたつもりだった。誰か一人の言葉だけで決めたわけではない。現場の状況も、会社全体の人員配置も、考慮している。
そう説明することはできた。
だが、ある意見については、その根拠を確かめようとし、別の意見については、相手が事情を知っているという理由で受け入れていたとしたらどうだろう。
私は、同じ基準で話を聞いていたのだろうか。
夜勤の人員について数字を示す者がいれば、その数字だけで現場のすべてがわかるわけではないと考えた。作業の実態を知る者がいれば、その説明にも偏りがあるかもしれないと考えた。
それ自体は、管理する立場として不自然なことではない。
数字にも限界はある。現場の説明にも限界はある。どちらか一方だけで判断すれば、見誤る可能性がある。
だからこそ、複数の情報を照らし合わせる必要があった。
ところが、元委員長の意見に対しては、私はどこまで同じように考えただろうか。
先輩であること。社内の事情を熟知していること。私自身の過去を知っていること。
それらは、意見の内容そのものとは別の要素だった。
それでも、私はその要素を切り離して考えていたとは言い切れない。
相手の意向を無視した場合、何が起きるのか。
そんなことを具体的に考えたわけではなかった。ただ、相手との関係をわざわざ悪くする必要はない。組織の事情を知っている人間と対立するよりも、話を聞きながら調整したほうがよい。
そう考えることは、合理的な判断のように思えた。
私は、自分の立場を守るためにそう考えたのではない。
少なくとも、当時の私は、そう思っていた。
タイミーの配置を見直すことには、会社全体の人員運用という理由をつけることができた。夜勤の配置を減らし、日勤帯に必要な人員を回す。それを運用上の調整として説明することは可能だった。
石井主任とも、その方向で話を進めることになった。
夜勤だけを見れば、配置を減らすことによって生じる問題があったかもしれない。しかし、日勤帯にも人員の必要性がある。会社全体で人をどう配置するかという視点に立てば、夜勤の希望だけを優先するわけにはいかない。
私は、その説明を自分の中で組み立てていた。
その説明が間違っていたと、今ここで断定するつもりはない。
実際に、人員配置を見直す必要が生じることはある。導入した仕組みが、当初の想定どおりに機能するとも限らない。状況が変われば、運用を変更することも必要になる。
問題は、変更そのものではなかった。
何を根拠に変更を決めたのか。
夜勤の実態を確認し、日勤帯の必要性と比較したうえで判断したのか。それとも、変更する方向が先に決まり、その方向に沿って理由を整理していったのか。
私は、自分が前者だったと考えていた。
そう考えるほうが、所長としての自分にふさわしかったからだ。
元委員長の意見を参考にした。石井主任とも話をした。会社全体の運用を考えた。
一つひとつを取り出せば、どれも不自然なことではない。
しかし、それらを並べたとき、判断の出発点がどこにあったのかは、別の問題として残る。
元委員長の働きかけがあり、石井主任とも話を進め、タイミーを夜勤から外す方向が形づくられていった。
そのうえで、夜勤の担当者に方針を伝えるのは、所長である私の役割だった。
「ゼロにして一人でやれる」
その言葉を、私は夜勤の担当者に伝えることになった。
元委員長が私に働きかけた言葉と、私が夜勤の担当者に伝える言葉。その二つは、同じ流れの中にありながら、発せられる立場も、相手も違っていた。
元委員長は管理職ではない。正式な決定権を持っていたわけではない。
けれども、元委員長の働きかけを受け、石井主任と話を進め、その方向を夜勤に伝えるのは私だった。
その経緯を一つの流れとして見れば、夜勤に伝えた言葉だけを取り出しても、判断に至る過程のすべてを説明したことにはならない。
だが、当時の私は、そこまで立ち止まって考えなかった。
最終的に判断するのは、所長である私だ。
そのことは、誰かに言われるまでもなく理解していた。
それでも、相手の意向を受け入れることと、自分で判断することの境界は、いつの間にか曖昧になっていた。
私は、相手に決められたとは考えていなかった。
命令されたわけではない。正式な指示を受けたわけでもない。自分なりに考え、会社全体の事情を踏まえて決めた。
そう整理すれば、すべては私自身の判断だった。
そして、私はその整理を疑わなかった。
自分が何を根拠に判断したのかを確かめるよりも、自分の判断には合理的な理由があると説明することに、意識が向いていたのかもしれない。
数字を示されたときには、その数字だけではわからないことがあると考えた。
現場の説明を受けたときには、その説明だけで全体を判断することはできないと考えた。
それなのに、自分が受け入れた意見については、どこまで同じように疑っていただろうか。
私は、自分では公平に判断しているつもりだった。
ただ、公平に判断しているという自分の認識そのものを、確かめようとはしていなかった。
ゼロにする。一人でやれる。
その判断には、会社全体の運用という説明があった。日勤帯の人員確保という理由もあった。管理する立場として、合理的な判断だったと説明することもできた。
けれども、その判断に至るまでの過程には、数字や業務上の必要性だけでは説明できないものもあった。
先輩との関係。組織の事情を知る人物への配慮。自分の過去を知っている相手との間にある、言葉にしにくい距離。
私は、それらが判断に影響したとは考えたくなかった。
影響したと認めれば、自分が合理的な判断をしたという説明に、別の意味が加わってしまうからだ。
私は所長だ。
だから、自分の判断には責任がある。
その責任を引き受けることと、自分の判断がどのようにつくられたのかを認めることは、同じではなかった。
私は、前者については理解していたつもりだった。
後者については、まだ考える必要がないと思っていた。
**私は、自分で判断していた。少なくとも、そう信じていた。**




