第十七節 その場にいた人間
その場にいた、という言葉は強い。
実際に見ていた。自分の目で確かめた。だから、自分の説明には重みがある。そう考えるのは自然なことだった。伝聞だけで判断するより、現場にいた人間の話を聞くほうが、分かることは多い。
けれども、その場にいたことと、その場で起きたことをすべて把握していたことは、同じではない。
人は、自分が向いていた方向を見る。自分が担当していた仕事に注意を向ける。自分に聞こえた言葉を覚え、気になった表情を記憶する。目の前の作業を止められないときには、周囲で起きていることを十分に見られないこともある。
それは、誰かが嘘をついているという話ではない。現場にいた人間であっても、見ていた範囲には限界があるということだ。
私は、現場を知っているという感覚を大切にしていた。長く働いていれば、数字には表れない段取りや、荷物の流れ、作業者の癖が分かる。机上の資料だけでは判断できないことがある。その感覚は、実際の仕事のなかで身につけてきたものだった。
だからこそ、現場を十分に知らない人間が資料を持ち出し、運用を変えるべきだと話すとき、私は慎重になった。資料に載っている数字が、現場の実態をどこまで表しているのか。集計の外側にある作業を理解しているのか。そうした疑問は、管理する側として当然のものだと思っていた。
しかし、現場を知っているという自信は、いつからか、現場を確かめ直す必要はないという気持ちにつながっていたのかもしれない。
経験は、変化に気づくための手がかりになる。だが、経験を根拠にして、今も同じだと決めてしまえば、経験は変化を見落とす理由にもなる。
夜勤の荷物の流れは、日勤の側から見えるものとは違っていた。どの車両が、どの時間帯に到着するのか。どの荷物が夜間に集中し、どの荷物が朝の時間帯に残るのか。到着する車両や便の構成が違えば、現場で目にする忙しさも変わる。
日勤側がよく目にする便の到着が午前六時以降に寄っている一方、夜勤側は別の流れを処理している。どちらかの側から見た光景だけで、構内全体の負荷を判断することはできない。
同じ職場にいても、立っている場所が違えば、見えるものは違う。時間帯が違えば、目にする荷物も違う。担当する作業が違えば、忙しさの感じ方も変わる。
その違いを埋めるのが、記録や集計の役割だった。誰かの体感を否定するためではない。体感だけでは比較できないものを、同じ条件で並べてみるためだ。
数字が示したのは、三月から五月にかけて、荷物の個数では夜勤側が約六割、日勤側が約四割を占めていたということだった。その数字だけで、夜勤のすべての作業が日勤より重いと結論づけることはできない。荷物の種類、重量、付帯作業、処理に必要な時間も見る必要がある。
だが、少なくとも、夜勤の荷物は少ないはずだという前提を、そのまま維持することは難しくなっていた。
そこで必要だったのは、どちらの側が現場をよく知っているかを競うことではない。日勤が見ているものと夜勤が見ているものを並べ、違いがどこから生まれているのかを確かめることだった。
私は、現場を知らない人間の数字には限界があると考えていた。その考え自体は、今も間違いではないと思う。だが、現場を知っている人間の感覚にも限界がある。そのことを同じ重さで扱えていたかといえば、そうではなかった。
資料を出した側には、集計条件を説明する責任がある。現場を管理する側には、数字が示した疑問を現場で確かめる責任がある。どちらかが相手の限界を指摘するだけでは、互いの見えていない部分は埋まらない。
その場にいた人間の証言は、大切だ。だが、それは検証を終わらせる切り札ではない。むしろ、別の記録や別の証言と照らし合わせ、何が見えていて、何が見えていなかったのかを確かめる出発点になる。
私は、自分が見てきた現場を疑いたかったわけではない。長年の経験を捨てたかったわけでもない。ただ、経験を守ることと、経験によって得た判断を検証することは、両立できるはずだった。
その両立を難しくしていたのは、現場の複雑さだけではなかった。自分が見てきたものを、他人に問い返されることへの抵抗もあったのだろう。
自分の目で見たことは、確かな一部である。けれども、一部であることを忘れた瞬間、それは全体を語るための根拠ではなく、全体を見なくて済む理由になってしまう。
その場にいた人間にも、見えていなかったものがある。
そして、見えていなかったことを認めるのは、現場を知らないと認めることではなかった。自分が見てきた現場を、もう一度、確かめ直すということだった。




