第十八節 判断のあとに残るもの
必要か、必要ではないか。続けるか、変えるか。今の人員で足りるのか、追加の配置を考えるべきなのか。限られた時間のなかで結論を出し、現場を動かさなければならない。管理する立場にいる人間にとって、判断を先送りしないことは大切な仕事だった。
決定した時点では、分からなかったこともある。予想していなかった荷物の集中が起きることもあれば、作業の分担が変わることもある。人員配置や運用条件が変われば、以前は妥当だった判断が、同じようには機能しなくなることもある。
だから、判断を見直すこと自体は、過去の判断がすべて間違っていたと認めることではない。状況が変わったのなら、条件の変化に合わせて判断を更新すればいい。最初の判断に不足があったのなら、その不足を次に生かせばいい。
問題は、判断を変えることではなかった。新しい情報が加わったあとも、何が変わったのかを確かめず、以前の判断を維持することだった。
三月、午前五時半から午前六時半までの重なり時間を設ける案が出された。その時点では、必要性は認められなかった。そこには、そのときの人員配置や費用、日勤への引き継ぎなど、管理する側なりの考えがあったのだろう。判断を下す側には、複数の条件を同時に考えなければならない事情がある。
しかし、その後に三月から五月までの実績が整理され、夜勤側が荷物の個数で約六割を扱っていたこと、朝方に荷物が集中していたことが示された。六月には、その資料をもとに運用の検討が行われた。三月に判断したときには見えていなかった情報が、あとから加わったのである。
その情報を得たあとも、三月の判断をそのまま維持するのであれば、維持する理由を改めて確かめる必要があった。反対に、運用を変えるのであれば、どの条件が変わり、どの作業に影響するのかを整理する必要があった。
どちらを選ぶにしても、必要だったのは、以前の判断を守ることそのものではない。新しい情報を踏まえて、現在の運用が妥当かどうかを検討することだった。
七月に入ると、夜勤帯のタイミー配置をゼロにする方向や、夜勤側の勤務時間を短縮して日勤側へ配分する考え方が話題になった。後に日勤側でもタイミーの必要性が取り上げられたことを考えれば、人員配置の議論は、単純に「夜勤に必要か、日勤に必要か」という二択では整理できなかった。
どの時間帯に、どの作業が、どれほど発生しているのか。配置を変えた場合、どの作業が誰に移るのか。夜勤側の時間を短くすることで、朝方の集中をどう扱うのか。日勤側に人員を移すことで、全体の作業が本当に改善するのか。
それらは、立場の違いだけで答えが出る問いではなかった。現場の実績と運用条件を並べ、変更前と変更後を比較しなければ判断できない問いだった。
それでも、組織では、ひとつの判断が次の判断の前提になることがある。一度「必要ない」とされたものは、再び必要性を問われても、最初の結論が暗黙の基準として残る。新しい情報が加わっても、以前の判断を動かすこと自体が、余計な説明を必要とする仕事になってしまう。
判断を変えるには、変える理由を説明しなければならない。だが、判断を変えない場合にも、本来は同じように理由が必要だった。現状を続けることは、何も選ばないことではない。現在の配置と作業負担を、そのまま続けるという選択である。
判断の結果は、決裁した人間の机の上だけに残るわけではない。作業する人間の時間に残り、引き継ぎの手順に残り、次の勤務帯が受け取る荷物や未処理の仕事に残る。
だから、判断の責任は、決めた瞬間だけにあるのではなかった。決めたあとに何が起きたかを確かめ、必要なら修正し、その理由を記録するところまで続いていた。




