判断の違いは、どこから生まれるのか
同じ現場で働いていても、見えているものが同じとは限らない。
日勤帯には、日勤帯から見える仕事がある。
夜勤帯には、夜勤帯から見える仕事がある。
それぞれが自分の勤務時間に経験したことを基に、現場の忙しさや必要な人員を考える。
それ自体は、自然なことだった。
問題は、自分が見ている範囲だけで、現場全体を判断してしまうことにあった。
夜勤では、深夜から早朝にかけて、荷物が短時間に集中する。
日勤帯では、別の便が到着し、別の作業が発生する。
扱う荷物も、作業のタイミングも違う。
そのため、同じ営業所の仕事であっても、勤務帯によって負担の感じ方が異なる可能性があった。
実際に便別の実績を調べると、日勤帯が主に目にする便と、夜勤帯が主に扱う便には違いがあった。
日勤帯では、FL便や五霞便、とちぎ便、浦和便などが目に入りやすい。
一方、夜勤帯では、入間便、長岡便、盛岡便、コンテナ便などが中心となる。
特にFL便は、曜日によって処理量が増える傾向があった。
こうした違いを踏まえずに話をすれば、双方の認識が食い違っても不思議ではない。
日勤側から見れば、特定の便の荷物が多く、そこに大きな負担を感じることがある。
夜勤側から見れば、別の便が短時間に集中し、その処理に追われている。
どちらかが忙しく、もう一方が暇だという単純な話ではなかった。
それぞれが見ている仕事の内容と、負担が発生するタイミングが異なっていたのである。
だから、必要だったのは、どちらの感覚が正しいかを競うことではなかった。
それぞれの勤務帯で何が起きているのかを確認し、同じ基準で比較できるようにすることだった。
荷物の個数だけでなく、重量も見る。
一日の合計だけでなく、時間帯ごとの集中も見る。
配置されている人数だけでなく、実際に仕分けを担当している人数も見る。
そうすれば、単なる印象の違いとして片づけていた問題を、具体的に検討できるようになる。
ただし、数字を共有すれば、必ず認識が一致するわけではない。
同じ数字を見ても、何を重視するかによって判断が分かれることはある。
人員配置を考える際には、荷物量だけでなく、勤務時間や付随業務、欠勤時の対応、継続的に運用できるかどうかなど、複数の条件を考慮しなければならないからだ。
数字は、議論を終わらせるための道具ではなかった。
むしろ、これまで曖昧だった議論を、具体的な条件に分けて考えるための道具だった。
俺は、夜勤だけを特別扱いしてほしかったわけではない。
日勤帯の負担を無視して、夜勤の人員だけを増やせばよいと考えていたわけでもない。
必要なのは、日勤と夜勤の双方について、実際の業務量と作業条件を確認することだった。
その結果、どちらの勤務帯にどのような対策が必要なのかを考える。
そして、配置を変更したなら、その後の実績を確認する。
そうした手順を踏むことが、納得できる判断につながると考えていた。
認識の違いをなくすことは難しくても、その違いが何に由来するのかを確かめることはできる。
数字を集めた意味は、そこにもあった。
俺は、相手の見方を否定するためではなく、自分たちが見ている現実を、互いに確認できるようにするために数字を使おうとしていた。




