判断の基準は、どこにあったのか
数字を集め、比較し、必要な人員を検討する。
そこまで進めても、最後に残る問題があった。
その結果を、実際の判断に使ってもらえるのか。
俺たちは、夜勤の実態を把握するために、時間をかけて記録を蓄積してきた。便別台帳を整え、勤務帯ごとの荷物量を比較し、時間帯別の集中も調べた。
その結果、従来の認識とは異なる実態が見えてきた。
だからこそ、分析した数字を人員配置に反映させることに意味があった。
数字を出して終わりではない。
数字を出した後、どう判断するのか。
そこが重要だった。
2026年3月、俺たちは午前5時30分から6時30分まで、夜勤と日勤が重なる時間帯を設ける案を提案した。
夜勤の仕事が日勤帯にずれ込むことを避けるだけではない。朝の荷物が集中する時間帯に、必要な人員を確保するという考え方だった。
しかし、当時は必要ないという判断だった。
その後、6月までの分析を経て、夜勤の人員配置は見直された。
そして6月22日、俺たちは最終報告を提出した。
ここまでの取り組みで、夜勤の荷物量や時間帯別の負荷を数字で示すことはできた。人員配置を考えるための資料も整えた。
ところが、その後の運用をめぐって、再び疑問が生じることになる。
夜勤に配置していたタイミーをゼロにするよう求められ、俺たちは所長と相談しながら、日勤帯へずれ込む時間帯の配置をなくす形で調整した。
ところが、その後は日勤側でタイミーが必要だという話になった。
夜勤側の勤務時間を短縮し、その時間を日勤帯へ振り分ける方向での話も出てきた。
日勤側にも人員が必要だという事情は、理解できる。
俺たちは、日勤の仕事が楽だと言いたかったわけではない。夜勤だけを優先してほしかったわけでもない。
問題は、どの勤務帯に人員が必要なのかを、何を基準に判断しているのかということだった。
3月には必要ないとされた時間帯の重なりが、その後、日勤側で人員を必要とする状況につながっていった。
もちろん、3月と7月では、現場の条件が変わっていた可能性もある。時間が経過すれば、荷物の動きも、勤務体制も変わり得る。
だから、3月の判断が見送られたことだけをもって、その判断が誤りだったと断定することはできない。
ただし、条件が変わったのであれば、何が変わったのかを確認する必要がある。
新たに人員が必要になったのであれば、その必要性を示す根拠があるはずだ。
以前の提案を見送った理由と、その後に人員を必要とした理由。
それぞれを実績に照らして確認すれば、判断の整合性を検証できる。
俺が求めていたのは、そういうことだった。
人員配置の判断を、一度決めた方針や、過去から続いている認識だけに委ねないこと。
実際の荷物量、時間帯ごとの負荷、作業に従事できる人数、そして勤務帯をまたいだ業務のつながりを確認すること。
そのうえで、必要な配置を考えること。
それができれば、夜勤と日勤のどちらか一方に負担を押しつけるのではなく、営業所全体として、どのような体制が適切なのかを検討できるはずだった。
俺たちは、実績データを蓄積してきた。
思い込みや経験則だけでは議論が進まないと考えたからだ。
そして、実績を示せば、判断の根拠を共有できると考えていた。
だが、資料を提出することと、その資料が判断に使われることは、同じではなかった。
数字があっても、判断する側が何を重視するかによって、結論は変わる。
そのとき、必要になるのは、数字をさらに積み上げることだけではない。
どの数字を、どのような基準で評価し、どのような理由で配置を決めたのか。
その判断の過程も、説明できる状態にしておく必要があった。
そうでなければ、現場が実績を集め、分析し、提案しても、判断のたびに同じ議論を繰り返すことになる。
俺たちが目指していたのは、夜勤の負担を認めてもらうことだけではなかった。
現場の実態を、誰が見ても確認できる形にすること。
その実態を、人員配置や運用改善の判断に反映させること。
そして、判断が変わるのであれば、その理由も確認できるようにすること。
そこまでできて初めて、数字は現場の記録から、組織の判断を支える材料になる。
それでも、最後に残る問題はあった。
判断の基準を整えることと、その基準を実際に運用し続けることは、また別の話だった。




