数字だけでは、決められない
ここで、ひとつ整理しておきたいことがある。
数字があれば、正しい人員配置が自動的に決まる。
そんな単純な話ではない。
荷物の個数が分かっても、すべての荷物を同じ時間で処理できるわけじゃない。
重量も違う。便によって到着する時間も違う。運行者が戻ってくる時刻も一定ではない。仕分け以外の仕事が発生すれば、その間は作業する人間が減る。
台車や作業スペースにも限りがある。
数字から見えることは多い。
だが、数字だけで現場のすべてを説明できるわけではない。
だから、俺たちは分析資料の中でも、実績だけを根拠に人員の増減を決めるべきではないと整理していた。
実績を確認する。
現場の状況を確認する。
そのうえで判断する。
当たり前のことだ。
ただ、その当たり前を実際の運用に反映させるのは、思っていたほど簡単ではなかった。
夜勤の人員を減らすなら、減らしたあとの処理能力を確認する。
日勤へ人員を移すなら、夜勤と日勤の双方で何が起きるのかを確認する。
点呼の方法を変えるなら、点呼に必要な人員と、荷物を処理するために必要な人員を分けて考える。
一人で作業できることと、一人配置で毎日の運用を維持できることも、同じではない。
それぞれ、別の問題だった。
ひとつの問題を解決したからといって、ほかの問題まで消えるわけではない。
それなのに、話し合いの中では、いつの間にか別々の問題が一緒に扱われることがあった。
夜勤は一人でできるのか。
タイミーは必要なのか。
日勤にも人を回せないのか。
点呼の方法を変えられないのか。
どれも検討する価値のある問いだ。
だが、問いが違えば、確認する材料も違う。
俺がやりたかったのは、誰かの意見を封じることではなかった。
むしろ、意見を出すなら、その意見を実際の運用に照らして検証できるようにしたかった。
一人でできるというなら、どの時間帯の、どの作業を、どの条件で一人で処理できるのか。
タイミーを減らせるというなら、減らしたあとに荷物がどう流れるのか。
点呼を効率化できるというなら、それによって何が改善され、何が残るのか。
そこまで分けて考えれば、意見の違いがあっても、確認する場所は見えてくる。
もちろん、検証した結果、当初の考えが間違っていると分かることもある。
それなら、それでいい。
俺自身の考えだって、実績によって修正されるべきものだった。
大切なのは、最初から誰が正しいかを決めることではない。
実際に運用したとき、何が起きるのか。
そこを確かめることだった。
俺たちは、夜勤を特別扱いしてほしかったわけじゃない。
日勤より大変だと認めてほしかったわけでもない。
同じ営業所の仕事として、同じように実態を確認し、その結果を配置の判断に使ってほしかった。
ただ、それだけのことだった。
そして、実態を確認するための記録は、もう手元にあった。
個数も、重量も、到着時間も。
勤務帯ごとの負荷も、時間帯ごとの集中も。
足りないものがあるとすれば、数字そのものではなかった。
その数字を、判断のどこまで反映させるのか。
結局、問題はそこに戻ってくるのだった。




