公平性って、そういうことだろ
人員配置の話をしていると、時々、別の問題が顔を出した。
公平性だ。
誰か一人に負担が集中していないか。
誰が、どれだけ仕事をしているのか。
そして、仕事をしている人間と、していない人間を、同じ条件で数えていいのか。
人員配置を考えるなら、避けて通れない問題だった。
俺たちは、そのために記録を続けてきた。
誰かを責めるためではない。
特定の人間に仕事を押しつけるためでもない。
現場で何が起きているのかを、個人の感覚だけで終わらせないためだった。
公平性とは、全員に同じ人数を割り当てることではない。
実際の仕事と負担を確認し、その条件に応じて配置を考えることだ。
少なくとも、俺はそう考えていた。
数字を集めたのは、そのためだった。
そして、この頃から俺は、もう一つの問題を考えるようになっていた。
データを残すこと。
それを使って運用を改善すること。
この二つは、似ているようで違う。
記録は残せる。
分析資料も作れる。
問題点を整理し、改善案を提出することもできる。
だが、それだけでは、運用が将来にわたって維持されるとは限らない。
人が替わったらどうなるのか。
記録を作った人間がいなくなったら、誰が数字を確認するのか。
同じ問題が再び起きたとき、誰が判断するのか。
改善した運用を、どうやって次の人間に引き継ぐのか。
人員配置の問題は、人数を決めたところで終わるわけではなかった。




