数字を出した後も、数字を説明する
七月二十一日。
俺たちは、コンプライアンス室へ経過報告を送った。
そこには、タイミーの配置をめぐる経緯だけでなく、これまでの分析結果が人員配置の判断に十分に反映されていないのではないか、という問題意識も記した。
夜勤が大変だと主張したいわけではない。
夜勤のほうが日勤より優れていると言いたいわけでもない。
必要なのは、実績に基づいて勤務実態を把握し、その結果を人員配置や運用改善へ反映することだった。
それなのに、検証の経緯や分析結果が十分に共有されなければ、同じ認識の違いが繰り返される。
そして、また同じ説明をすることになる。
……これ、いつまで続くんだろうな。
データを集める。
分析する。
資料にする。
説明する。
改善につながる。
ここまでは、分かる。
でも、改善したはずの運用を見直す段階で、また以前の認識に戻ってしまうのなら、何度でも同じことを繰り返すことになる。
数字は、提出しただけでは運用に定着しない。
人が判断するときに、その数字を基準として使って初めて意味を持つ。
俺たちは、そこを問題にしていた。
そして、報告の中では、判断の公平性や透明性についても触れた。
人員配置を見直すのであれば、その根拠も客観的なデータに基づいて説明してほしい。
それは、特別な要求ではないと思っていた。
人を配置する。
人を減らす。
勤務時間を変える。
どれも、現場の運用に直接影響する判断だ。
だったら、その判断にも根拠が必要だろう。
少なくとも、俺たちはそう考えていた。
この時点で、夜勤の実態を示す数字は、もうそろっていた。
問題は、数字がなかったことではない。
数字を出した後、その数字を判断の基準として使い続けられるかどうか。
そこに、次の課題があった。
そして俺たちは、まだその課題の途中にいた。




