三時間半で、約千八百個
分析資料の中に、具体的な数字が出てきた。
集計資料では、代表例として、午前二時三十分から午前六時までの時間帯が示されていた。
この間に、約千八百個。
重量にして、約四十一トン。
それだけの荷物が集中していた。
千八百個。
四十一トン。
数字だけを並べても、すぐには実感が湧かないかもしれない。
だが、これが早朝の限られた時間帯に集中する。
荷物を受け取る。
仕分ける。
移動させる。
必要な作業を進める。
その間にも、次の荷物が到着する。
一つの作業が終わるのを待って、次の便が来てくれるわけではない。
複数の便が重なれば、現場では複数の作業が同時に進むことになる。
荷物の個数だけではなく、重量も無視できない。
小さくて軽い荷物ばかりなら、個数を処理することが中心になる。
しかし、重量のある荷物がまとまっていれば、移動や取り扱いにも時間と労力が必要になる。
だから、個数と重量の両方を見る必要があった。
別の日の実績として、さらに具体的な記録もあった。
2026年6月19日。
午前二時三十分から午前五時十五分まで。
二時間四十五分。
その間に、二千二十一個。
重量は、四十・二トン。
……二千二十一個。
二時間四十五分で。
俺は、数字を見直した。
二千個を超える荷物が、二時間四十五分の間に集中していた。
もちろん、荷物の個数だけで作業負荷のすべてが決まるわけではない。
荷物の種類も違う。
重量も違う。
作業内容も違う。
その日の人員や、運行者の戻り時間にも左右される。
だから、この数字だけをもって、すべての日の夜勤が同じ状況だったとは言えない。
ただ、少なくとも、このような集中が実際に発生していたことは確認できた。
夜勤は荷物が少ない。
夜勤は暇だ。
一人でもできる。
そうした言葉だけでは、この時間帯の実態を説明できなかった。
一晩の総量だけを見ていても、同じだ。
夜勤全体では何個だったのか。
日勤全体では何個だったのか。
その比較は必要だ。
しかし、それだけでは足りない。
何個の荷物が、どれだけ短い時間に集中したのか。
ここまで見なければ、現場で何が起きていたのかは分からない。
二千二十一個という数字は、夜勤が大変だと訴えるための飾りではなかった。
人員配置を考えるための材料だった。
この時間帯に、どれだけの仕事が発生しているのか。
それを処理するには、何人必要なのか。
今の配置で対応できているのか。
対応できていないとすれば、何が原因なのか。
そこを検証するための数字だった。
そして、問題はここからだった。
荷物が集中していることが分かった。
では、何人いれば処理できるのか。
人員配置の話をする以上、そこまで考えなければ意味がない。
「忙しいから人を増やしてほしい」
それだけでは、会社側も判断しにくいだろう。
何となく忙しい。
何となく人が足りない。
その説明では、これまでと同じだった。
必要なのは、感覚ではなく、判断するための根拠だった。




