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瞬きの中の殺人鬼  作者: なは
最終章:決着

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13/15

撮れた

 犯人の名前は、榎本章吾(えのもとしょうご)


 三十六歳。無職。府中市在住。


 逮捕から三日後、瀬戸(せと)から電話があった。


「正式に起訴されました。杉並の事件と調布の事件、両方の殺人容疑です」


「自供はしたのか」


「ええ。驚くほどあっさりと。むしろ自分から話したがっている、という感じだそうです」


 自分の「作品」を語りたいのだろう。芸術家気取りの殺人鬼。観客の前で自らの創作過程を解説するように。


「動機は」


「まだ詳しくは言えませんが、被害者との個人的なつながりはなさそうです。面識のない相手を無作為に選んで——いえ、無作為ではないですね。犯人なりの基準で選んでいたようです」


「基準」


「美しいと感じた人間を選んでいた、と言っています。容姿の話ではなく、生きている姿が美しいと感じた、と」


 気持ちが悪い。だが、犯人の言動と整合している。「命が消える瞬間が一番美しい」と、あの夜の河川敷で俺に言ったのと同じ思考回路だ。


「アジトは見つかったのか」


「はい。府中市内の廃工場の地下です。あなたが報告してくれた『B-3』という区画も確認されました。地下倉庫の一室を改造して使っていました」


 やはりそうだった。コンクリートの打ちっぱなし。金属テーブル。ナイフ。花。すべてがあの場所にあった。


「あなたの写真も押収しました。望遠レンズで撮影されたものが七枚。すべて犯人のアジトから出てきました」


 七枚。俺のことを七回撮影していた。最初に府中に来たときから、ずっと追跡されていたのか。


「俺のカメラの写真は、証拠として使えるのか」


「もちろんです。河川敷での犯人の顔写真は、逮捕の直接的な根拠になりました。防犯カメラの映像とも照合が取れています。あなたのお手柄ですよ」


 手柄、か。


 別に手柄がほしかったわけじゃない。ただ、あの不可解な現象に巻き込まれて、目の前で人が死んでいくのを黙って見ていられなかっただけだ。


「瀬戸さん」


「はい」


「視界リンクのことは、どう報告したんだ」


 沈黙が少し長かった。


「……報告していません。犯人を目撃した市民からの情報提供、という形で処理しました。超常現象を正式な捜査記録に載せるわけにはいきませんから」


「そうだよな」


「ただ、犯人の方がおかしなことを言っているそうです。取り調べで、『あの男には俺の目が見えている。俺にもあの男の目が見えた』と」


「信じる人間はいないだろうな」


「普通はいません。でも取調官は少し気味悪がっているようです。犯人が知り得ないはずの情報を口にすることがあるらしく」


 犯人の側にも視界リンクがあった。俺と同じように、瞬きの瞬間に俺の日常が差し込まれていた。


 だから俺の行動パターンを把握し、住所を突き止め、追跡してきた。


 視界リンクは双方向だった。最初から。


「もう映像は来ないのか」


「来ていませんか?」


「逮捕された夜から一度も。瞬きをしても、ただの暗闇だ」


「犯人が拘留されていますから、精神的に安定しているのかもしれません。あるいは、物理的な距離が関係しているのか……いずれにしても、メカニズムは不明のままです」


 メカニズムは誰にもわからない。なぜ俺と榎本の間に視界リンクが生じたのか。科学的な説明は存在しない。


 脳の量子的なもつれだとか、集合的無意識の接続だとか、そんなオカルトじみた理論は思いつくが、どれも仮説にすらなっていない。


 ただ起きた。ただ終わった。それだけだ。


 電話を切った後、俺はマンションに帰った。


 三週間ぶりの自宅。埃がうっすらと積もっている。冷蔵庫の中は賞味期限切れの食品だらけだった。全部捨てた。


 窓を開けて、秋の風を部屋に入れた。


 十一月になっていた。


 外の景色は変わっていない。向かいのアパート。駐車場。コンビニの看板。見慣れた、何の変哲もない風景。


 だが俺の目に映る世界は、三週間前とは違っている。


 以前は、この風景をただの背景として見ていた。カメラを構える対象でもなく、注意を向ける価値もない、日常のノイズ。


 今は違う。


 道を歩く一人一人の人間が、窓に灯る一つ一つの明かりが、すべて生きている重みを持って見える。


 あの男にとっては「作品の素材」だったものが、俺にとっては意味が変わった。


 カメラマンとして、俺はこれまで何千回もシャッターを切ってきた。光と影を捉え、一瞬を切り取って定着させる。それが俺の仕事だと思っていた。


 だがこの三週間で気づいた。


 俺が切り取っていたのは、生きている瞬間だった。呼吸し、動き、感情を持った人間の、その一瞬。


 失われてはいけない一瞬を。


 スケッチブックを本棚にしまった。全ページ、犯人の映像の記録で埋まっている。


 もう使うことはないだろう。しまい込んでおく。忘れるためではなく、覚えておくために。


 翌日。


 瀬戸からメッセージが来た。


『榎本被告の精神鑑定が始まりました。完全責任能力があるかどうかの判断になります。裁判は来年になる見込みです。証人として出廷をお願いすることになるかもしれません。そのときはよろしくお願いします』


 俺は短く返した。


『いつでも。必要なことは何でもやる』


 それが、今の俺にできるすべてだ。


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