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伏魔の恵〜異世界水滸伝〜  作者: 水前寺鯉太郎


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蒼き星の暴れん坊と、反撃の狼煙

第6話:蒼き星の暴れん坊と、反撃の狼煙

 智也に制服の袖を強く引かれ、葵は弾かれたように振り返った。

 右側の闇から回り込んできた刺客が、容赦なく刀を上段に構えていた。

「下がれ、子供たち!」

 傷口を押さえた大野の鋭い叫びが飛ぶ。

 葵は恵太の腕を引っ張って下げようとした。だが、擦りむけた右肩に触れた瞬間、恵太が激痛に顔を歪めて呻いた。

「っ……!」

(ダメ……動かせない!)

 刺客の踏み込みは一瞬だった。死の刃が肉薄する。

 葵は半ば反射的に、足元に転がっていた巨大な落石へ両手をかけた。

 大人の腰ほどもある、持ち上がるはずもない重厚な岩だった。だが、ほかに刃を遮る盾がなかった。

「来ないでよっ――!」

 無我夢中で引き上げた瞬間、ズズ……と巨大な岩が地面から軽々と浮き上がった。

 葵自身が、手に伝わるあまりの「重さのなさ」に息を呑んだ。まるでプラスチックの塊でも持ち上げているかのようだった。

 葵は頭上まで振り上げた大岩を、目前の刺客との間へ力任せに投げ落とした。

 ドガァンっ!!

 地響きのような鈍い音が激しく響き、乾いた砂煙が爆ぜた。

 刺客は踏み込みを強制的に止められ、間一髪で引き直した刀の切っ先が岩肌をガリガリと擦って火花を散らした。

 葵は震える己の両手を見つめた。

「……何、これ……」

 胸の奥が、燃えるように熱かった。

制服の下で、眩悪な金の光が心臓の鼓動とともに激しくドクンと脈打っていた。

 ――天殺星。

 その凶星の名を、葵はまだ知る由もなかった。

「黒木、手を引けっ!」

 智也の叫びが響く。

 刺客が刀を振り直す直前、相手の右肩の筋肉がわずかに沈み込むのが見えた。

 智也の頭の中で、天機星の冴えが刺客の斬撃軌道を鮮明に描き出していた。

 葵が咄嗟に手を引く。一瞬遅れて刃が閃き、さっきまで彼女の指があった赤土を深く切り裂いた。

「右に――いや、お前の左だ!」

「どっちなのよ、ややこしい!」

 葵は叫び返しつつ、恵太を庇うようにその身を割り込ませた。

 刺客が速やかに刀を引き戻す。

 次の殺しの動線も、智也の脳裏には完璧に見えていた。

 だが――声と身体の反射が、思考の速度にまったく追いつかない。

「くそっ……!」

 智也が歯噛みした瞬間、横から一本の太い竹棒が割り込み、刺客の腕の急所をガツンと打ち抜いた。

「離れていろと言ったはずだ!」

 大野が荒い息を吐きながら、子供たちと刺客の間へ立ちはだかった。

 その背後で、先ほど大野に投げ飛ばされた刺客がゆらりと立ち上がる。中央のリーダー格も刀を構え直し、三人が互いに距離を取って包囲網を再構築した。

 大野は短い竹棒を握りしめたまま、半歩後退した。

 その膝が、限界を超えた負荷に微かに揺れた。

 恵太が血のついた左手を地面につき、歯を食いしばった。

「俺も……立ち上がらなきゃ……」

 だが、身体を起こしかけた途端、折れた肋骨が脇腹を刺し、強烈な激痛が視界を奪った。息が詰まり、腕から一気に力が抜けて泥へ倒れ込む。

「松江、動くな!」

 智也の制止と、大野の押し殺した苦悶の息遣いが重なった。

 中央の刺客が滑るように踏み込んだ。

 大野の竹棒が最小限の動きで刀を逸らす。

 だが、その死角となる左脇から、もう一人の刺客が影のように滑り出していた。

 智也の目には、はっきりと見えていた。

大野の傷ついた腹を狙う、低く構えられた冷酷な刃。

「後ろだ――っ!」

 叫ぶより早く、頭上から豪快な大声が夜空を突き破った。

「俺の師匠に、何さらしてんだテメエらーーっ!!」

 闇の頭上から、大柄な少年が文字通り飛んできた。

 両手で力任せに握りしめた太い木棒を、刺客の突き出された刀へ上空から叩きつける。

ガァァンッ!! と激しい金属音が周囲に響き渡った。

 強烈な衝撃に、刺客の手首が弾かれ、体勢を大きく崩してよろめいた。

 飛び込んできた少年も着地の勢いを殺しきれず、どたばたと数歩たたらを踏んだ。

「……篠田……!?」

 葵が目を見開いて呟いた。

 林間学校の二日目に着ていた、見覚えのある体操服(ジャージ)姿だった。袖はあちこち裂け、膝や裾は泥と砂で酷く汚れている。

 同じクラスの暴れん坊、篠田進(しのだ すすむ)が、握りしめた木棒をガバッと構え直した。

「お前らも、この変な場所に跳ばされてたのかよ!」

 悪知恵の働くニヤリとした顔を見せようとした篠田だったが、地面に倒れる恵太の惨状を目にして動きを止めた。

「……おいおい、松江……ひでえ怪我じゃねえか、大丈夫かよ!?」

「篠田、余計な脇見をするな! 前を見ろ!」

 大野が一喝した。

「師匠! まだ立てるか!?」

「誰が師匠だ! 下がっていろと言っただろうが!」

「あんだけ凄え技見せられて、黙って見てるような性分じゃねえんだよ!」

 叫ぶ篠田の首元から胸元にかけて、鮮烈な『青い光』が激しく脈打った。

 裂けたジャージの隙間から覗く肌に、まるで生き物のような青い竜の鱗紋様が浮かび上がる。その燐光は肩から腕へと駆け巡り、咆哮する一頭の蒼き竜の形となって肌に鮮やかに刻み込まれた。

 智也は息を呑んだ。

(……僕や黒木に起きたことと、同じだ……!)

――天微星。

蒼き竜の加護が、篠田の全身の脈管を駆け巡っていた。

 刀を弾かれた刺客が、殺気を露わにして再び間合いを詰めてくる。

 篠田は雄叫びを上げて木棒を大きく振り上げた。

 だが、智也の天機星の眼には、刺客の冷酷な目線が見えていた。

刺客は振り下ろされる棒など見ていない。手元を潜り抜け、篠田の無防備な腹部を刺し穿つ気だ。

「篠田、振るな! 棒を引き戻して引けっ!」

「あぁ!?」

篠田は反射的に腕の振りを力任せに止めた。

 直後、刺客の刀が目にも留まらぬ速さで突き出された。

篠田がギリギリで棒を胸元へ引きつけたため、刀の切っ先は木肌を深く削り取り、棒の半ばでガチリと止まった。

「黒木今だ!」

 智也が間髪入れずに叫んだ。

 葵は足元の落石の向こうから突き出されていた刺客の腕を、両手でガチリと掴んだ。

 天殺星の力を込めた瞬間、メキメキと骨が鳴り、刺客の顔が苦悶で激しく歪んだ。

「あ……っ」

 葵は自分の予想以上の握力に驚き、咄嗟に手を緩めてしまった。

 その隙を見逃さず、刺客が刀を引き抜こうとする。

「緩めるな、打つぞ!」

 大野の竹棒が疾風のように走り、刀を握る刺客の手首を正確に叩いた。

ガラガラと刀が砂の上へ転がり落ちた。

大野は間髪入れずに刺客の軸足を払い、背中に膝を叩きつけて地面へ押し伏せた。

「終わりだ。武器を捨てて立ち去れ」

 大野は冷酷な声で、残る二人へ言い放った。

 一人は手首を砕かれて腕を抱えて呻き、もう一人は大野、そして驚異的な力を見せた篠田と葵を交互に見比べ、戦慄していた。

 篠田が青い竜の紋様を浮き立たせたまま、削れた木棒を力強く構え直した。

「まだやる気か、オラッ!」

 ハッタリ気味の大声だったが、握りしめた棒の先端は、緊張と恐怖で細かく震えていた。

 二人の刺客は、もはや勝ち目がないと悟ったのか、ゆっくりと後退し始めた。

 大野はそれ以上追わなかった。押さえつけていた男の身を起こすと、仲間のもとへ突き飛ばした。

 三人の黒装束の影が荒野の闇へ完全に消え去るまで、誰も言葉を発しなかった。

 遠ざかる足音が絶えると、篠田が全身の力を抜いて荒い息を吐き出した。

「……ハァ……ハァ……あっぶねぇぇ……死ぬかと思った……」

 大野もまた、限界を迎えたようにその場へズシリと膝をついた。

 恵太がなおも左手で身体を起こそうとする。

「無理に動くのはやめろ」

 大野が荒い息のまま言った。

「手当てをするなら、一番重症なお前が先だ」

 葵が慌てて恵太の傍らへ駆け戻った。

 指先がまだ微かに震えていた。さっき掴んだ人間の腕の、メキメキという異常な骨の感触が残っていた。

 智也は眼鏡を直し、篠田に向き直った。

「篠田。大野さんとは、いつどこで会ったんだ」

「さっきだよ! 気がついたら見知らぬ荒野で倒れててさ……歩いてたらこの黒ずくめの奴らがこのおっさん(大野)を囲んでたんだ。でおっさんが『子供は逃げろ』って俺を庇って逃がしてくれた」

「その棒は?」

「そこらの倒木から引きちぎったんだよ」

 大野が苦々しく顔をしかめた。

「……俺は駆けすれ違いざまに棒の持ち方を一言教えて逃げろと言っただけだ。戦えなどとは指示しておらん」

「でもよ、助かっただろ!」

「無茶を言うな。一歩間違えれば自分の足を叩き折っていたぞ」

 篠田は手元の棒を見た。先端には、刀で深く削られた生々しい刃の痕が残っていた。

 智也が、彼の胸元を指し示した。

「……その、皮膚に浮かんでいる光はなんだ」

 篠田の表情が強張った。

「……お前らにも、これが見えるのか……?」

 葵が静かに自分の胸元へ手を当てた。

「青い光が、身体に入ったのね……?」

「ああ……急に胸がカーッと熱くなってさ。あれを浴びてから、どうも体の力の加減がおかしいんだよ」

 智也は深く沈黙した。

 篠田も、葵も、そして自分も。

 伏魔殿から解き放たれた光を浴びたことで、身体の何かが根本から変質してしまったのだ。

 恵太が、すまなさそうに三人を見上げた。

「俺が……俺が伏魔殿の扉を開けてしまったから……みんなを……」

 それ以上、言葉は続かなかった。

 智也は静かに荒野の彼方へ目を向けた。

 あの夜空へ飛び去っていった光芒は、自分たちの3つだけではない。百八の光が世界中へ散らばったのだ。

 そして何より――

「……他のみんなも、捜さないと」

 恵太がポツリと言った。

 今度は、智也も葵も篠田も、誰もその言葉を否定しなかった。自分たちのクラスメイトもまた、この広大な異界のどこかに投げ出されているはずなのだから。

 大野だけが、血の滲む手で腹の傷口を押さえ直した。

「……仲間を捜すにしても、まずはこの見通しのいい荒野を離れるぞ」

 刺客たちが消えていった闇の奥を、大野は重々しい眼光で見据えた。

「次は……三人程度の刺客では済まんはずだ」

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