第45話「王都陥落」
人類王都アルディナに、朝は来なかった。
太陽は昇っている。
王城の尖塔も、大聖堂の白い鐘楼も、貴族街の金色の屋根も、いつも通り光を受けていた。
だが、王都に住む者たちの目には、それが朝には見えなかった。
夜の間に、噂が広がりきっていた。
勇者が敗れた。
聖剣が折れた。
魔王の子の前で、勇者が膝をついた。
最初は誰も信じなかった。
勇者は人類の希望だった。
聖剣は神の証だった。
魔王の子を討つために出陣し、王都の民がその背を見送った。
その勇者が敗れるはずがない。
だから王都の人々は、最初、伝令の言葉を狂人の妄言だと思った。
だが、夜明け前に戻ってきた兵士たちは、一人ではなかった。
十人。
三十人。
百人。
盾を捨てた兵がいた。
聖歌を忘れた聖歌隊がいた。
血の気を失った貴族私兵がいた。
白い外套を泥に汚した聖教会騎士がいた。
彼らは口々に同じことを言った。
聖剣は折れた。
勇者様は敗れた。
黒い王が来る。
王国軍はその噂を封じようとした。
広場に布告が貼られた。
『勇者軍は戦略的再編中』
『聖剣は神の試練により一時封印』
『魔王の子の進軍は王都外縁で阻止される』
『民は動揺せず、教会と王の命に従うこと』
だが、布告の前で誰も祈らなかった。
祈るための声が、すでに震えていた。
◇
王城では、軍務卿が怒鳴り続けていた。
「外縁防衛線を再編しろ! 東門、西門、南門に近衛を回せ! 貴族私兵を徴発しろ!」
伝令が膝をつく。
「貴族私兵の一部が屋敷へ戻り、門を閉ざしております」
「引きずり出せ!」
「聖教会騎士団は大聖堂防衛を優先すると……」
「王都防衛が優先だ!」
「大聖堂側は、勇者敗北は神の試練であり、聖剣の欠片を取り戻すまで動けないと」
軍務卿は机を殴った。
地図の上で、駒が跳ねる。
外縁砦。
聖門。
王都聖壁。
大聖堂。
貴族街。
水路門。
すべての駒が、意味を失い始めていた。
人類王アレクシオス三世は、玉座の前で沈黙していた。
昨日まで、彼はまだ選べると思っていた。
隠蔽する。
勇者を出す。
民を落ち着かせる。
聖教会に責任を押しつける。
貴族を再編し、王都の壁で時間を稼ぐ。
だが、勇者が敗れた。
それも、軍の奥ではなく、兵士たちの目の前で。
聖剣が折れたという事実は、どんな布告より強かった。
「陛下」
枢機卿の一人が、震える声で言った。
「大聖堂にお移りください。白聖結界の内側であれば、魔王の子も容易には――」
「余に、王城を捨てろと言うのか」
「一時避難です」
「王が王城を捨てれば、王都は終わる」
枢機卿は返事をしなかった。
その沈黙が答えだった。
王都は、すでに終わり始めていた。
◇
貴族街では、馬車が溢れていた。
金の縁取りがされた箱馬車。
紋章入りの護衛車。
召使いに荷を抱えさせた貴婦人。
家財よりも帳簿を優先して運ぶ家令。
彼らは王都を守るためではなく、王都から逃げるために動いていた。
「西門を開けろ!」
「我が家は王国建国以来の名門だぞ!」
「避難権がある!」
「証文を燃やせ! 奴隷購入の記録を残すな!」
「聖具区画との納入書はどこだ!」
焦りは醜く、恐怖はさらに醜かった。
屋敷の裏庭では、いくつもの火が上がっていた。
帳簿を燃やす火。
奴隷売買の証文を燃やす火。
翼人族の羽根を飾った礼拝具を砕いて焼く火。
グラド=ヴォルグの鉱石配分表を灰にする火。
だが、その火は最後まで燃えなかった。
影が伸びた。
屋敷の壁、門柱、窓枠、井戸の底。
あらゆる影から、吸血種が現れた。
エルミアの声が、貴族街の一角に静かに響く。
「燃やす許可は出していません」
貴族が悲鳴を上げた。
「化け物め!」
「名を」
吸血種の若者が淡々と言った。
「家名、紋章、購入記録、聖教会との契約書。すべて押収します」
「これは王国法に基づく正当な取引だ!」
「では、王の前でそう証言してください」
貴族の顔から血の気が引いた。
別の屋敷では、地下室の壁が開かれ、隠し金庫が暴かれていた。
そこには金貨だけではなかった。
獣人の首輪。
翼人族の羽根。
妖精の森から持ち出された小瓶。
ドワーフ徒弟の番号札。
海魔族の鱗を嵌め込んだ杯。
貴族たちは、人類王都を文化と信仰の中心と呼んでいた。
だが、その地下に積まれていたものは、侵略の戦利品だった。
◇
王都外縁の聖壁は、白く輝いていた。
聖教会が誇る王都防衛結界。
大聖堂から供給される聖火と、城壁に刻まれた聖印によって維持される巨大な壁。
人類王都アルディナを、神の都たらしめる防壁。
その前に、ドワーフの攻城車が並んだ。
王火炉で鍛え直された黒鉄の砲身が、静かに持ち上がる。
ボルガンは砲身に手を置いた。
「連中は王火炉を穢し、聖別砲なんぞに変えた」
彼の声は、低く重かった。
「なら、今度はその技を返してやる。王火炉の名でな」
ネルドが制御槌を握る。
少年徒弟ガンツは、まだ幼い手で黒鉄の楔を支えていた。
ボルガンは彼を見た。
「見とけ、ガンツ」
「はい」
「あれが、炉の名を盗んだ連中の壁だ」
ガンツは唇を噛んだ。
「砕けますか」
「砕くんじゃねえ」
ボルガンは笑わなかった。
「返すんだ。奴らが刻んだ聖印の意味を、奴らの壁へ」
号令が下る。
黒鉄砲が火を噴いた。
放たれた弾は、白い光ではなく、鈍い赤黒の熱を帯びていた。
それは聖壁へ衝突した瞬間、爆発しなかった。
食い込んだ。
聖印の線を読み、刻みを逆に辿り、聖火の流れを炉の熱で焼き直す。
聖壁の白い光に、黒い亀裂が走った。
王都の上で、聖教会の鐘が勝手に鳴った。
ひとつ。
ふたつ。
三つ。
警鐘ではない。
ひび割れる音だった。
「撃て」
ボルガンが命じた。
二射目。
三射目。
聖壁は、白く輝きながら内側から崩れ始めた。
王都兵が叫ぶ。
「聖壁が!」
「結界が剥がれる!」
「司祭を呼べ!」
司祭たちは祈った。
だが、その祈りに応じたのは、白い火ではなかった。
◇
王都外縁の礼拝所で、聖歌隊が一斉に歌い始めた。
勇者敗北の動揺を押し返すための聖歌。
聖壁を支えるための祝詞。
異種族の魔を退けるための声。
しかし、最初の節を歌い終える前に、床板の隙間から緑の根が伸びた。
リュシエラは、遠く離れた森の種を掌に乗せていた。
羽の光は弱い。
立っているだけでも消耗が見える。
それでも彼女は、礼拝所へ入り込んだ根を通じて、静かに命じた。
「歌うなら、思い出しなさい」
聖歌隊の喉が詰まる。
歌詞が変わった。
神の名ではなく、焼いた泉の名が出た。
救済の句ではなく、灰になった妖精の小径の名が出た。
祝福の旋律ではなく、聖火に巻かれた森の悲鳴が出た。
聖歌隊は口を押さえた。
「違う……違う、これは聖歌では……!」
リュシエラは目を閉じる。
「あなたたちが焼いたものです」
礼拝所の鐘が鳴った。
その音は金属の音ではない。
森の奥で、焼け残った枝が折れる音だった。
外縁礼拝所が、ひとつずつ沈黙していく。
聖壁の白い光はさらに弱まった。
◇
南門では、鬼族が動いた。
ゴウラは巨大な攻城槌を肩に担いでいる。
その目は血走っていたが、足取りは乱れていない。
王命がある。
だから彼は、命じられた門だけを砕く。
それ以上はまだしない。
「鬼族」
ゴウラは低く吠えた。
「王命だ。門を砕け。人間どもを食い散らすな。まだだ」
鬼族の戦士たちが不満げに牙を鳴らす。
だが、従った。
攻城槌が振りかぶられる。
一撃。
南門が震えた。
二撃。
聖印の飾り金具が弾け飛んだ。
三撃。
門の内側で、王国兵が悲鳴を上げた。
「支えろ!」
「無理だ!」
「勇者様はどこだ!」
四撃目で、南門は内側へ折れた。
ゴウラは破片を踏み越えた。
その背後から、狼族が影のように走る。
彼らは門を越えた王国兵へ飛びかかったが、殺し尽くしはしなかった。
武器を持つ者を倒す。
赤鷹の紋を持つ者を縛る。
奴隷檻の鍵を持つ者を引きずり出す。
ラグが王都外縁の獣人売買区画へ駆け込んだ。
そこには、まだ檻があった。
王都まで来ても、人類は檻を捨てていなかった。
中には獣人がいた。
奴隷市場へ出す前の者。
貴族へ納めるために隠されていた者。
勇者出陣の混乱で処分される予定だった者。
狼族たちの目が赤く燃える。
檻番が叫んだ。
「待て! これは王国認可の――」
ラグの爪が、その男の顔の横の柱を裂いた。
「鍵」
「ひっ」
「鍵を出せ。次は柱では済まん」
檻が開く。
獣人たちは最初、外へ出ることを信じられなかった。
ラグは言った。
「名を言え」
震える獣人の子が答える。
「……番号、七十――」
「違う」
ラグの声は荒いが、命令は明確だった。
「名を言え。番号は後で燃やす」
王都外縁で、檻が次々と砕かれていった。
◇
水路門では、兵士たちが補給船を待っていた。
王都は内陸の都だが、河川と水路に支えられている。
穀物、塩、武具、聖油、薬草。
王都が籠城するなら、水路の補給は生命線だった。
だが、その水は静まり返っていた。
船が来ない。
水門が動かない。
水面に、青黒い髪の女が立っていた。
ネレイドは、水を踏むように進む。
彼女の周囲で、王都水路の流れが変わっていた。
沈めてはいない。
壊してもいない。
ただ、届かない。
補給船は霧の中で同じ場所を回り続け、王都へ近づけない。
水門の歯車は錆びたように重くなり、開閉が遅れていく。
貯水槽の水面には、網で狩られた海魔族の影が映る。
水路兵が叫ぶ。
「魔術師を呼べ!」
ネレイドは静かに微笑んだ。
「水を道具だと思っていたのでしょう」
彼女の声は、水路の壁に反響した。
「なら、その道具に見捨てられなさい」
王都の補給は、音もなく止まった。
◇
空では、翼人族が舞っていた。
セレイアは片翼を縛ったまま、低空を滑る。
完全には飛べない。
だが、王都の屋根の上を渡るには十分だった。
彼女の目は、聖具区画を捉えていた。
白い塔。
礼拝具工房。
聖職者用の装飾品を納める倉庫。
その窓の内側に、翼人族の羽根が飾られていた。
聖なる装飾として。
神へ捧げる清めの羽根として。
奪われた名も、折られた痛みも消され、ただ美しい材料として並べられていた。
セレイアの目が冷たくなる。
「見つけた」
翼人族の斥候が鐘塔へ降り立つ。
聖具職人が逃げようとした。
だが、屋根の上から降ってきた翼人族の槍が、その足元を貫いた。
「羽根の納入記録」
セレイアは言った。
「誰から買った。どの聖堂へ納めた。どの貴族へ渡した。すべて書け」
「知らない! 私は注文通りに――」
「書け」
短い命令に、職人の膝が崩れた。
翼人族は羽根を回収した。
泣かない。
叫ばない。
ただ一枚ずつ、名を探すように布へ包んだ。
◇
王都聖壁が崩れ、南門が砕け、水路が止まり、礼拝所が沈黙した。
王都外縁は、戦場ではなく解体の場になっていた。
レイヴァルトは王都正面に立っていた。
彼の後ろには、折れた聖剣の欠片を載せた黒い台車がある。
さらにその後方で、勇者カイトが膝をついたまま連行されていた。
黒天蓋の紋が胸に刻まれているため、彼は逃げられない。
嘘もつけない。
顔を上げるたび、王都の兵士たちと目が合う。
そのたびに、兵士たちの顔が歪んだ。
「勇者様……」
「本当に……負けたのか」
カイトは答えようとした。
喉が動かない。
「勝っている」とは言えない。
「聖剣は折れていない」とも言えない。
黒天蓋の紋が、嘘を許さない。
彼はただ、折れた聖剣の欠片を見た。
それだけで十分だった。
レイヴァルトは王都正門の前で止まった。
王国兵が城壁の上から弓を構えている。
だが、その手は震えていた。
勇者が敗れた。
聖壁も崩れた。
祈りも歌も届かない。
その現実の前で、兵士たちは命令だけでは立っていられなくなっていた。
軍務卿の声が城壁の上から響く。
「撃て!」
矢が放たれた。
黒天蓋の紋が開く。
矢は空中で止まり、黒く染まり、地面へ落ちた。
レイヴァルトは城壁を見上げた。
「まだ抵抗するか」
軍務卿は叫ぶ。
「王都は落ちぬ! 人類王国は神と王に守られている!」
レイヴァルトは、折れた聖剣の欠片へ目を向けた。
「神の剣は折れた」
そして、王都の門へ手を向ける。
「王の壁は」
黒天蓋の紋が門全体へ広がった。
「今から開く」
門が内側から軋んだ。
鍵が砕ける音がした。
閂が黒く染まり、鉄の芯から崩れていく。
聖印が意味を失い、白い塗料が剥がれ落ちる。
王都正門が、ゆっくりと開いた。
人類王都アルディナの心臓へ向かう道が、黒い王の前に開かれた。
◇
王都内部の戦いは、長くは続かなかった。
王国軍は抵抗した。
近衛兵は槍を並べ、聖教会騎士団は大聖堂へ至る道を塞ぎ、貴族私兵は自分たちの屋敷を守ろうとした。
だが、彼らはすでに中心を失っていた。
勇者はいない。
聖剣は折れた。
聖壁は崩れた。
聖歌は続かない。
水路は閉じ、逃亡路は吸血種に押さえられ、空は翼人族に監視されている。
鬼族が外縁防衛線を砕く。
ドワーフが聖門の機構を壊す。
妖精族が聖印を根で沈黙させる。
狼族が奴隷市場と赤鷹関係者を制圧する。
吸血種が貴族街の逃亡路を封じる。
翼人族が聖具区画を押さえる。
海魔族が水路を閉じる。
竜人族の副将が、王国主力の最後の隊列を睨む。
まだザルギウスは戻っていない。
だが、竜人族の影が見えるだけで、人類兵の足は止まった。
レイヴァルトは王都の大通りを進んだ。
彼の周囲で、人類の民衆が建物の陰に押し込まれている。
泣く者がいる。
祈る者がいる。
命乞いをする者がいる。
レイヴァルトは彼らへ視線を向けたが、足を止めなかった。
その恐怖を見て、方針を変えることはない。
同情で軍を止めることもしない。
彼が止めたのは、王命なき暴走だけだった。
逃げ惑う民衆へ斧を向けかけた鬼族の戦士に、黒い影が触れる。
「命令していない」
レイヴァルトの声が届く。
鬼族の戦士は膝をついた。
「御意」
それは慈悲ではない。
殺すべき者を、まだ選別しているだけだ。
王都そのものを裁くために、証人と記録を残しているだけだ。
◇
大聖堂の前には、白い階段があった。
かつて聖教会が、異種族を神敵と呼び、聖戦を宣言した場所。
その階段の前に、折れた聖剣の欠片が置かれた。
司祭たちは中から扉を閉ざしている。
大聖堂の扉には幾重もの聖印が刻まれ、白聖結界が薄く輝いていた。
レイヴァルトは扉を見た。
エルミアが隣に立つ。
「中に枢機卿、司祭長、聖剣管理官、聖火記録官がいます。地下区画へ逃げ込んだ者も」
「開けるな」
エルミアは一瞬だけ目を上げた。
「今は、ですか」
「処刑は明日だ」
レイヴァルトは冷たく言った。
「聖教会には、信徒の前で自分たちの神が沈黙する時間を与える」
リュシエラが弱い羽を揺らしながら、大聖堂を見上げた。
「中の聖火は震えています」
「消すな」
「はい」
「消える前に、焼いた森の名を聞かせる」
レイヴァルトは折れた聖剣の欠片へ目を向けた。
「これは明日、扉の前で砕く」
その言葉に、大聖堂の中から小さな悲鳴が漏れた。
聖教会はまだ残っている。
だが、逃げ場はない。
◇
王城では、最後の混乱が起きていた。
アレクシオス三世は退路を探していた。
地下道。
王族用の避難階段。
大聖堂へ続く秘密回廊。
貴族院地下の抜け道。
だが、そのすべてが塞がれていた。
地下道には海魔族の水が逆流していた。
秘密回廊には吸血種の影がいた。
避難階段の扉には黒天蓋の紋が浮かび、触れた兵士の腕を弾いた。
王は玉座の間へ戻るしかなかった。
「なぜだ」
彼は呟いた。
「なぜ、ここまで来る」
誰も答えられなかった。
軍務卿は血を流しながら膝をついている。
近衛兵は数を減らし、扉の外から聞こえる足音に震えている。
王は怒鳴った。
「余は人類王だぞ! 魔物どもが、余の都に土足で入るなど!」
その言葉が終わる前に、王城の正門が破られた。
黒い旗が、王城前の広場へ進む。
ただし、レイヴァルトはすぐに玉座の間へ入らなかった。
王の末路は、今日ではない。
王には、王都が落ちた現実を見せる必要がある。
王が守るべき都が、王の命令ではなく、黒い王の命令で静まっていく様を。
玉座の間の扉の外に、黒天蓋の紋が刻まれた。
退路は消えた。
人類王アレクシオス三世は、生きたまま閉じ込められた。
◇
夕暮れ。
王都アルディナの城壁に、黒い旗が掲げられた。
最初は南門。
次に西門。
外縁砦。
聖具区画。
水路門。
貴族街の塔。
王城前広場。
白い旗は降ろされた。
聖教会の鐘は鳴らない。
王国軍の号令も続かない。
貴族の馬車は動かない。
水路も閉じ、空も押さえられ、逃げ道は記録されている。
レイヴァルトは王城前の階段に立った。
眼下には、膝をついた王国兵、縛られた聖職者、逃亡を阻まれた貴族、救出された奴隷、そして建物の陰で震える王都民がいた。
彼らは皆、同じものを見ていた。
黒い王。
慈悲王の遺児。
父王の道を選ばなかった者。
レイヴァルトは、王都全体へ届く声で言った。
「人類王都アルディナは陥落した」
誰も否定しなかった。
「聖教会は明日、裁く」
大聖堂の扉の内側で、悲鳴が上がった。
「人類王は逃がさない」
王城の奥で、何かが倒れる音がした。
「貴族、軍人、司祭、奴隷商、聖具職人、鉱山技師。名を隠す者は、影が暴く。罪を焼く者は、灰から拾う」
エルミアが片膝をつく。
「記録は開始済みです」
ガルム、ボルガン、リュシエラ、ゴウラ、ネレイド、セレイア、竜人副将が、それぞれ王に膝をついた。
異種族側に歓声はなかった。
これは勝利の祭りではない。
復讐の中枢に到達しただけだ。
レイヴァルトは、王都の空を見上げた。
白い鐘楼の上に、黒い旗が揺れている。
父王アルヴァーンが与えた慈悲を、人類は白杯の間で殺した。
その結果が、今ここにある。
「父上」
彼は誰にも聞こえないほど低く呟いた。
「あなたの都ではない。だが、あなたを殺した者どもの都は落ちた」
そして、王都へ背を向けずに告げる。
「夜を越えろ」
黒い王の声が、陥落した王都に沈んだ。
「明日から、裁きを始める」




