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第20話「反攻開始」

 赤鷹街道は、人類が勝利の道と呼んだ街道だった。


 黒曜王都ヴァルドレインの外縁から、人類王国の辺境都市へ続く道。


 かつては商人が通った。


 薬草、鉄、毛皮、岩塩、酒、穀物。


 人類と異種族がまだ戦火を広げきる前、その道には、少なくとも取引という名の往来があった。


 だが、慈悲王アルヴァーンが殺されてから、その道の名は変わった。


 赤鷹街道。


 ローデン・カイスの紋章、赤い鷹。


 その旗を掲げた部隊が、焼いた村から獣人を運び、奴隷商へ渡し、収容地や鉱山や貴族の屋敷へ送った。


 道は荷を運ぶものではなくなった。


 鎖を運ぶものになった。


 赤鷹街道の中ほどには、石造りの中継所がある。


 周囲を木柵と低い石壁で囲まれ、外門には赤い鷹の焼き印が刻まれていた。


 表向きは、王国軍の臨時補給所。


 実際には、獣人奴隷の一時収容所だった。


 灰牙村から連れ去られた者の一部が、ここを通った可能性が高い。


 その情報は、救出された者たちの証言と、押収した奴隷運搬車の焼き印からつながった。


 黒曜宮の玉座の間で、レイヴァルトはその名を聞いた。


 そして、反攻の第一手として定めた。


 赤鷹街道の奴隷中継所。


 そこを落とす。


 ただし、焼き払うのではない。


 全員を噛み殺すのでもない。


 救出し、帳簿を奪い、鎖の先を見つける。


 それが、王命だった。


 夜。


 赤鷹街道の中継所には、松明の光が並んでいた。


 人類兵は油断していない。


 黒曜王都包囲軍が崩れたという噂は、すでに街道まで届いている。


 魔王の子が目覚めた。


 新しい王が出た。


 聖別砲が沈んだ。


 聖印杭が灰になった。


 そうした話は、奴隷商たちの耳にも入っていた。


 だから、中継所の守備兵たちは増やされていた。


 赤い鷹の兵。

 奴隷商の私兵。

 聖札を管理する小司祭。

 首輪職人。

 帳簿係。

 檻番。


 彼らは、いつもより多くの聖札を門へ貼り、獣人の檻へ鎖を二重にかけた。


 逃がしてはならない。


 商品を失ってはならない。


 恐怖が広がるほど、人類側は異種族をより強く縛ろうとした。


 中継所の中央棟では、奴隷商の頭目バゼルが帳簿を抱えていた。


 太った男だった。


 指には金の指輪が多く、首には聖教会の小さな聖輪を下げている。


 信心のためではない。


 取引の証明に使うためだった。


「移送を早めるべきだ」


 赤鷹兵の副長が言った。


「黒曜王都から敗走兵が出ている。街道が危ない」


 バゼルは鼻を鳴らした。


「危ないからこそ、今動かすな。道が混乱している時に荷を出せば、盗賊にも逃亡兵にも狙われる」


「その荷とやらは獣人だ。放っておけば逃げる」


「首輪をかけてある」


 バゼルは帳簿を叩いた。


「灰牙村の子どもは高く売れる。狼族の若い個体は鉱山でも闘技場でも使える。女は貴族が欲しがる。逃がすなどあり得ん」


 隅にいた小司祭が、白い札を手に祈りを唱えていた。


「聖札結界は維持されています。異種族は外へ出られません。魔に属するものは、神の囲いを越えられません」


 副長は眉をひそめる。


「黒曜王都で、その神の印が黒く染まったそうだが」


 小司祭の顔が硬くなる。


「あれは敗残兵の妄言です」


「マティアス司祭まで戻ったと聞いた」


「高位の方々には、高位の判断があります。我々はここを守るだけです」


 その言葉は正しい。


 だが、声に力はなかった。


 外から、檻の中の獣人の咳が聞こえる。


 バゼルは不快そうに顔をしかめた。


「うるさいな。水を減らせ。喉が渇けば鳴く力もなくなる」


 檻番が頷きかけた、その時だった。


 中継所の外門が、低く軋んだ。


 全員が顔を上げる。


 風ではない。


 外から叩かれている。


 副長が剣に手をかけた。


「見てこい」


 兵が二人、外門へ向かった。


 松明の光の向こう、外門の外には何も見えない。


 夜の街道。


 低い草地。


 黒い林。


 その奥に、月がかかっている。


 兵の一人が門の覗き穴から外を見る。


「何も――」


 言葉は最後まで出なかった。


 門の外で、何かが動いた。


 次の瞬間、外門が内側へ折れた。


 爆発ではない。


 切断でもない。


 外から巨大な拳で押し込まれたように、門の蝶番が一斉に悲鳴を上げ、木材が割れ、鉄帯が歪んだ。


 門の破片が中庭へ飛び、兵士たちが吹き飛ぶ。


 その向こうに、鬼族のゴウラが立っていた。


 片角の巨躯。


 肩に担いだ棍棒。


 その背後には、鬼族が数名いる。


 だが、彼らは中へ雪崩れ込まなかった。


 ゴウラは棍棒を地へ置き、低く言った。


「外門だけだ」


 彼の腕には、黒天蓋の紋が淡く浮かんでいる。


 王命の印。


 外門だけを砕け。


 それ以上は、まだ許されていない。


 ゴウラの目には不満があった。


 だが、彼は踏み込まない。


 王命に従った。


 その瞬間、屋根の上で黒い影が動いた。


 吸血種だった。


 エルミアではない。


 彼女の指揮を受けた若い吸血種たちが、夜の中から降りてきた。


 彼らは兵を殺しに来たのではない。


 中央棟へ向かう。


 帳簿室。


 金庫。


 契約書。


 売買記録。


 赤い鷹の押印。


 奴隷商の名簿。


 それが彼らの標的だった。


 人類兵が叫ぶ。


「敵襲!」


「異種族だ!」


「聖札を起動しろ!」


 小司祭が慌てて白い札を掲げる。


 中継所の石壁と木柵に貼られた聖札が、一斉に白く光った。


 逃走封じ。


 異種族の動きを鈍らせ、檻の中の奴隷をさらに縛る結界。


 灰牙村で使われたものと同じ系統だった。


 だが、今夜は違う。


 壁の外側、草の下から細い根が伸びていた。


 妖精族の根。


 リュシエラ本人ではない。


 彼女の命を受けた妖精族の術者たちが、前夜から地中へ仕込んでいた根だった。


 聖札が光った瞬間、根が札の裏側へ触れた。


 白い光が一度だけ脈打つ。


 次に、黒く曇った。


 聖札は燃えない。


 破れもしない。


 ただ、沈黙した。


 小司祭の顔から血の気が引く。


「なぜ、聖札が」


 壁の上に、小さな妖精族の女が立っていた。


 彼女は静かに言った。


「森は、あなたたちの札の裏側を覚えました」


 小司祭が後ずさる。


「神敵が」


「その言葉は、記録します」


 妖精族の女は答えた。


「誰が、どの口で、森を神敵と呼んだか」


 中庭の反対側から、低い唸りが響いた。


 狼族が入ってきた。


 先頭はガルムではない。


 ガルムは重傷のため、今回の直接指揮を副長のラグに任せていた。


 ラグは灰色の毛並みを持つ若い狼族で、灰牙村に従妹を奪われている。


 彼の牙は剥かれている。


 だが、彼は飛びかからない。


 王命を受けている。


 救出を優先しろ。


 殺す時は、許可を待て。


 ローデンはまだ殺すな。


 奴隷商の帳簿を取れ。


 鎖の先を追え。


 ラグは中庭の兵士たちを見た。


 今すぐ喉を裂ける距離だった。


 だが、彼は右手を上げた。


「檻へ」


 狼族たちが走る。


 兵士ではなく、檻へ。


 中継所の北側には、獣人奴隷を詰め込んだ檻が並んでいた。


 狭く、暗く、臭いがこもっている。


 中には狼族だけではない。


 狐の耳を持つ獣人。


 熊の腕を持つ獣人。


 猫のような目をした子ども。


 角の小さな混血の子。


 首輪をつけられ、手足を縛られ、動けずにいた。


 その中で、一人の少女が顔を上げた。


 灰色の耳。


 痩せた頬。


 首輪の下に、灰牙村の小さな牙飾り。


 ラグの足が止まる。


「……サナ」


 少女の目が揺れた。


「ラグ、兄……?」


 ラグの喉から、獣の声が漏れた。


 だが、彼は檻を掴まなかった。


 無理に壊せば、中の者が傷つく。


「ドワーフ!」


 彼が叫ぶ。


 すぐに、ドワーフの小隊が駆け込んできた。


 先頭にはネルドがいた。


 まだ徒弟に過ぎない。


 指の傷も治りきっていない。


 だが、彼は自分の工具を握っていた。


 王火炉ではない。


 王都の炉で、ボルガンが打ち直した小さな切断具だった。


「首輪を見せろ!」


 ネルドが膝をつき、檻の隙間から手を伸ばす。


 少女の首輪には、聖印と商人印が重ねられていた。


 彼は歯を食いしばる。


「雑な鎖だ」


 その言葉は、ボルガンに似ていた。


 ネルドは工具を差し込み、留め具を探る。


 聖印が白く光り、彼の指を焼こうとした。


 だが、背後から妖精族の根が伸び、聖印に触れる。


 光が鈍る。


 ネルドが叫んだ。


「今!」


 金属が割れた。


 首輪が落ちる。


 少女は声もなく泣いた。


 ラグは檻を開け、中へ手を伸ばす。


 サナを抱き上げる。


 その瞬間、彼の牙が震えた。


 生きていた。


 灰牙村から奪われた者が、生きていた。


 それは喜びだった。


 同時に、怒りだった。


 生きていたからこそ、奪った者を許せない。


 ラグはサナを後方の救出班へ渡す。


「名を記録しろ」


 彼は言った。


 エルミアの部下が走り寄り、記録板を開く。


「灰牙村、サナ。赤鷹街道奴隷中継所より救出」


 サナは震える声で言った。


「他にも……いる。灰牙村の子、まだ、奥に……」


 ラグの目が鋭くなる。


「案内はしなくていい。休め」


 彼は立ち上がった。


 今度は兵士たちを見た。


 中庭では、人類側がようやく反撃を整え始めていた。


 赤鷹兵が槍を構え、奴隷商の私兵が弩を並べる。


 小司祭は聖札が沈黙したことに動揺しながらも、短い聖句を唱えている。


「異種族を中へ入れるな! 商品を奪わせるな!」


 奴隷商バゼルの声が響く。


「帳簿を燃やせ! 地下へ持っていけ!」


 その命令を聞いた瞬間、屋根の上の吸血種たちが動いた。


 中央棟の窓が内側から開く。


 黒い影が帳簿係の背後に立っていた。


 帳簿係が悲鳴を上げる前に、口を塞がれる。


「燃やすな」


 吸血種の女が囁いた。


「その紙は、お前の命より重い」


 帳簿室では、別の吸血種が金庫を開けていた。


 鍵を探す必要はない。


 帳簿係の懐から奪った鍵束がある。


 中には、売買記録が束になっていた。


 灰牙村。


 赤鷹部隊。


 ローデン・カイスの署名ではない。


 だが、その副官の押印がある。


 獣人の数。


 年齢。


 性別。


 売却先。


 移送予定。


 収容地名。


 吸血種の女は、それを見て冷たく笑った。


「鎖の先が見えた」


 彼女は帳簿を黒い布で包む。


 背後で私兵が剣を振り上げる。


 だが、その剣は届かない。


 影が床から伸び、私兵の足首を絡め取った。


 倒れた男の首に、吸血種の爪が触れる。


 殺せる。


 だが、彼女は殺さなかった。


「命令系統を吐くまでは、生きなさい」


 そう言って、男の顎を掴んだ。


 外門では、ゴウラが苛立っていた。


 外門はすでに壊した。


 王命は果たした。


 だが、中では戦いが続いている。


 兵士が見える。


 奴隷商の私兵が見える。


 逃げようとする檻番が見える。


 棍棒を振れば、まとめて砕ける。


 だが、腕の黒天蓋の紋が熱を持っていた。


 外門だけ。


 王命は、そこまでだった。


 鬼族の若者が隣で呻く。


「ゴウラ様、あいつらを」


「駄目だ」


 ゴウラは歯を食いしばって言った。


「外門だけだ」


「でも」


「王がそう命じた」


 それだけで、鬼族の若者は黙った。


 ゴウラは、棍棒を地面に叩きつけたい衝動を抑える。


 その代わり、外門から逃げようとした馬車の前へ立った。


 馬が悲鳴を上げる。


 御者が叫ぶ。


「どけ、化け物!」


 ゴウラは棍棒を振らなかった。


 馬車の車輪だけを踏み潰した。


 車体が傾き、荷箱が落ちる。


 中から、首輪と鎖が散らばった。


 ゴウラの目が赤くなる。


「外へ出る門は、ここだけだ」


 彼は低く言った。


「門は俺が壊した。だから、お前は出られん」


 御者は腰を抜かした。


 ゴウラは殺さなかった。


 後方の狼族へ顎をしゃくる。


「吐かせろ」


 狼族が御者を引きずっていった。


 中継所の奥では、小司祭が地下倉庫へ逃げようとしていた。


 彼は聖札の束を抱えている。


「神よ、神よ、神よ」


 祈りながら走る。


 だが、廊下の先に妖精族の術者が立っていた。


 小司祭は聖札を投げた。


 白い光が網のように広がる。


 妖精族の女は避けなかった。


 指先から伸びた根が、聖札の文字をなぞる。


 白い光がほどける。


「あなたたちは、逃げ道を塞ぐ札が好きですね」


 小司祭は震える。


「悪魔め」


「それも記録します」


 根が小司祭の足を絡め取る。


 彼は倒れた。


 妖精族の女はしゃがみ込み、彼の抱えていた札束を取る。


「これは誰に教わりましたか」


「言うものか」


「言わなくてよいです」


 彼女は静かに微笑んだ。


「吸血種が聞きます」


 その言葉に、小司祭の顔が青ざめた。


 中庭の戦いは、長くは続かなかった。


 人類側は、守りに特化していた。


 異種族を逃がさないための結界。


 檻。


 首輪。


 門。


 帳簿の隠し場所。


 だが、今夜の異種族たちは、それぞれが役割を持っていた。


 狼族は追跡と救出。


 妖精族は聖札無力化。


 ドワーフは檻と首輪破壊。


 吸血種は帳簿と人名の奪取。


 鬼族は外門破壊と逃走路封鎖。


 誰も、自分の怒りだけで動かない。


 王命が、怒りを形にしていた。


 だから速かった。


 だから壊れなかった。


 赤鷹兵の副長は、それを見て理解した。


 これは襲撃ではない。


 作戦だ。


 黒曜王都の異種族は、ただ怒りに任せて飛び出したのではない。


 王がいる。


 命令がある。


 役割がある。


 その理解が、彼の背を冷たくした。


「撤退する!」


 副長は叫んだ。


「ローデン様へ知らせろ! 中継所が――」


 言葉は途中で止まった。


 狼族のラグが、彼の前に立っていた。


 副長は剣を構える。


「獣が」


 ラグの牙が見える。


 だが、彼は飛びかからない。


「名は」


 副長は一瞬、意味が分からなかった。


「何?」


「名を言え。所属も」


「貴様に名乗る名など」


 ラグの爪が、剣を持つ手首に触れた。


 斬り落としはしない。


 ただ、骨が軋む程度に握る。


「王命だ。殺す前に名を吐かせる」


 副長の顔が歪む。


「バルク……赤鷹部隊副長、バルク・エイダン」


「灰牙村にいたか」


「知らん」


 爪が食い込む。


「いたか」


「……いた。だが、命令だ。ローデン様の命令で」


「記録しろ」


 背後で吸血種が記録する。


 赤鷹部隊副長、バルク・エイダン。


 灰牙村襲撃参加。


 ローデン・カイスの命令を証言。


 ラグは深く息を吐く。


 今すぐ喉を裂きたい。


 だが、殺さない。


 この男の口から、さらに名を吐かせる必要がある。


「縛れ」


 狼族がバルクを押さえつける。


 ラグは、檻の方へ戻った。


 救出作業は続いている。


 檻はすべて開けられた。


 首輪はまだ多い。


 ドワーフたちが一つずつ外している。


 ネルドは汗まみれになっていた。


 指の傷が開き、血が工具につく。


 それでも手を止めない。


「次」


 彼は言う。


 狼族の子どもが前へ来る。


 首輪を外す。


「次」


 狐耳の少女が来る。


 首輪を外す。


「次」


 熊腕の青年が来る。


 首輪を外す。


 ネルドの目には怒りがあった。


 だが、その怒りは正確だった。


 首輪の構造を見る。


 聖印の位置を見る。


 どの職人が作ったかを示す小さな刻印を読む。


 外す。


 記録する。


 次へ進む。


 それは復讐だった。


 誰も殺していない瞬間ですら、復讐だった。


 夜明け前、中継所は制圧された。


 建物は焼けていない。


 檻も壊されすぎていない。


 帳簿は奪われた。


 捕らわれた獣人たちは救出された。


 小司祭、赤鷹兵副長バルク、奴隷商バゼル、首輪職人、帳簿係は生きたまま縛られている。


 死者は出た。


 抵抗した兵士。


 救出を妨げようとした檻番。


 子どもを人質に取ろうとした私兵。


 彼らは狼族の爪と牙で倒された。


 だが、無差別ではなかった。


 王命の範囲での殺しだった。


 ラグは中継所の中央に立ち、黒曜王都の方角へ頭を下げた。


「王命、果たしました」


 その時、彼の腕に浮かぶ黒天蓋の紋が一度だけ光った。


 遠く、黒曜宮の玉座の間。


 レイヴァルトは地図の前にいた。


 赤鷹街道の奴隷中継所に置かれた黒い印が、淡く光る。


 彼はそこへ視線を落とした。


「落ちたか」


 エルミアが側に控えていた。


「まだ報告は戻っておりません」


「戻る」


 レイヴァルトは言った。


「帳簿もだ」


 彼の声に喜びはない。


 ただ、第一手が予定通り進んだことを確認する冷静さだけがあった。


 玉座の間には、ガルムもいた。


 彼自身は出撃していない。


 傷が深すぎた。


 それでも、狼族の主攻を見届けるため、玉座の間に立っていた。


 腕が震えている。


 悔しさではない。


 待った怒りが、ようやく王命の中で動き始めた震えだった。


「ガルム」


 レイヴァルトが呼ぶ。


「は」


「まだ始まりだ」


「承知しております」


「ローデンの喉は、まだ遠い」


「遠くとも追います」


「追え。だが、食い急ぐな」


「御意」


 夜明け。


 赤鷹街道の奴隷中継所から、救出された獣人たちが黒曜王都へ向けて出発した。


 先頭には狼族。


 側面には鬼族。


 後方にはドワーフと妖精族。


 吸血種はすでに姿を消している。


 帳簿を抱え、別路から王都へ戻っていた。


 中継所には、黒天蓋の紋が刻まれた。


 焼かれてはいない。


 破壊し尽くされてもいない。


 だが、そこが人類の奴隷流通路であったこと、そして異種族連合の反攻第一手で落ちたことを示す印が、外門の残骸に深く刻まれていた。


 縛られた人類の捕虜たちは、その印を見て震えていた。


 奴隷商バゼルは泣きながら命乞いをしていた。


「金なら払う。帳簿も渡す。だから命だけは」


 ラグは彼を見た。


 殺したい。


 だが、殺さない。


 彼は王命を繰り返す。


「殺す前に吐かせる」


 バゼルは、その言葉の方が死刑宣告より恐ろしいことを、まだ理解していなかった。


 街道の向こうで、朝日が昇る。


 赤鷹街道は、もう人類だけの道ではない。


 最初の鎖は断たれた。


 だが、鎖の先はまだ長い。


 ローデン・カイスへ。


 獣人奴隷収容地へ。


 奴隷市場へ。


 人類貴族の屋敷へ。


 そして、さらに奥の人類王国へ。


 反攻は、始まったばかりだった。


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