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第12話「目覚め」

 黒い繭が、割れた。


 音は大きくなかった。


 だが、玉座の間にいた者たちには、それが王都の外で鳴るどの砲声よりも重く聞こえた。


 黒曜石に似た殻が一枚、床へ落ちる。


 乾いた音が響く。


 続いて、もう一枚。


 亀裂は繭の全体へ走り、内側から漏れる黒い魔力が、裂け目を押し広げていった。


 誰も動かなかった。


 ガルムは血の滲む拳を床につけたまま、息を止めていた。


 リュシエラは従者の支えを拒み、震える膝で立っていた。


 ボルガンは炉の鍵と鉄槌の前で、額を上げられずにいた。


 エルミアは片膝をつき、報告を待つ臣下の姿勢を崩さなかった。


 ザルギウスは担架の上で意識を失っていたが、その指だけが、何かを掴むように動いた。


 黒い繭の奥で、レイヴァルトの瞼が開いた。


 その瞳に、眠りの濁りはなかった。


 深い夜の底を、そのまま切り出したような黒だった。


 慈悲王アルヴァーンの瞳には、静かな光があった。


 許し、受け止め、なお立つ王の光。


 だが、今開いたレイヴァルトの瞳には、それがない。


 代わりにあるのは、冷たい秤だった。


 父の死。

 焼かれた村。

 奪われた炉。

 汚された森。

 砕かれた翼。

 削られた城壁。

 鎖につながれた民。

 白い旗の下で笑う人類。


 そのすべてを、ひとつずつ量る秤。


 許すためではない。


 返すために。


 レイヴァルトは、しばらく何も言わなかった。


 黒い殻の内側から身を起こす。


 長い眠りの中にいたはずの身体は、痩せていた。だが、弱々しさはない。むしろ、余計な熱をすべて削ぎ落とされた刃に近かった。


 肩から黒い魔力が落ちる。


 それは衣のように広がり、床を這い、空席の玉座へ届いた。


 玉座の間にいる者たちの背に、冷たい圧が降りる。


 恐怖ではない。


 畏怖だった。


 レイヴァルトは、最初に玉座を見た。


 父王アルヴァーンが座していた玉座。


 今は空いたままの座。


 誰も座らず、誰も奪わず、誰も売らず、誰も穢さなかった場所。


 それを見てから、彼は臣下たちを見た。


 そして、口を開いた。


「何年だ」


 それが、目覚めた王子の第一声だった。


 短く、冷たく、感情の起伏はなかった。


 エルミアが頭を垂れたまま答える。


「慈悲王アルヴァーン陛下の崩御より、五年と三月でございます」


「そうか」


 レイヴァルトは一度だけ目を閉じた。


 五年。


 父の死から、五年。


 その間に、灰牙村は焼かれた。


 グラド=ヴォルグは奪われた。


 森は汚された。


 竜人の空は撃たれた。


 王都は包囲された。


 そして、異種族は待った。


 五年も。


 レイヴァルトは、次に問う。


「父上は」


 その問いに、玉座の間の空気が沈んだ。


 誰も答えたくなかった。


 だが、答えなければならない。


 エルミアが静かに言った。


「黒曜宮地下、王族霊廟にてお眠りです」


「墓は穢されていないな」


「はい」


「玉座は」


「空席のまま守られております」


「座った者は」


「おりません」


「俺を売ろうとした者は」


 その問いに、ガルムの牙がわずかに鳴った。


 怒りではない。


 そんな問いを王子にさせた人類への憎悪だった。


 エルミアは答える。


「おりません」


「俺を責めた者は」


「おりません」


 レイヴァルトは臣下たちを見た。


 ガルム。


 リュシエラ。


 ボルガン。


 担架のザルギウス。


 エルミア。


 その後ろに控える狼族、妖精族、ドワーフ、竜人族、吸血種、鬼族、翼人族、海魔族の代表たち。


 誰もが傷ついていた。


 誰もが疲れ果てていた。


 誰もが何かを奪われていた。


 それでも、誰も背を向けていなかった。


 レイヴァルトは静かに言った。


「ならば、まだ国だ」


 その言葉に、玉座の間の空気が震えた。


 慰めではない。


 称賛でもない。


 事実の確認だった。


 王が死に、王子が眠り、領土を奪われ、村を焼かれ、炉を穢され、それでも玉座を守った。


 ならば、この国はまだ死んでいない。


 レイヴァルトは黒い繭の残骸から足を下ろした。


 床に触れた瞬間、黒い魔力が波紋のように広がる。


 各種族の長たちは、一斉に頭を垂れた。


 レイヴァルトは、そのまま立ち上がった。


 長い眠りの後とは思えないほど、動きに迷いがない。


 だが、彼の足元には細かなひびが走った。


 肉体が完全に戻っているわけではない。


 黒天蓋の代償は消えていない。


 それでも、彼は倒れなかった。


 倒れるという選択肢が、彼の中になかった。


「報告しろ」


 レイヴァルトが言った。


「順に」


 エルミアが顔を上げる。


「どこから」


「父上の死からだ」


 玉座の間に、さらに深い沈黙が落ちた。


 だが、レイヴァルトは続ける。


「俺は見た。だが、王として聞く」


 その言葉で、エルミアは理解した。


 眠りの中で受け取った夢と、臣下の口から受け取る報告は違う。


 王は記憶だけで裁かない。


 臣下に語らせ、被害の名を残し、復讐を王の記録へ刻む。


 だから報告が必要だった。


 エルミアは、深く頭を下げた。


「承知しました」


 彼女は語った。


 白杯の間。


 和平の席。


 床下の聖印。


 聖縛王冠。


 聖断杭。


 父王の影へ沈められていた白い棘。


 黒天蓋。


 父王アルヴァーンの致命傷。


 最後の命令。


 王であれ。


 民を見捨てるな。


 そして、慈悲王の死。


 エルミアの声は乱れなかった。


 だが、玉座の間にいた者たちの多くは、頭を下げたまま肩を震わせていた。


 レイヴァルトは泣かなかった。


 怒鳴りもしなかった。


 ただ、聞いていた。


 その静けさが、かえって恐ろしかった。


 エルミアが語り終えると、レイヴァルトは短く言った。


「ベルン」


「はい。襲撃時の聖教会司祭ベルンは、肉体を崩しました。ただし、聖印により意識、または祈りの火の一部が、どこかへ送られた可能性があります」


「死んでいないものとして扱え」


「承知しました」


「父上を魔王と呼んだな」


「はい」


 レイヴァルトは、わずかに口元を動かした。


 笑みではない。


 刃が鞘の中で鳴ったような変化だった。


「ならば、俺で正しくしてやる」


 誰も、その意味を尋ねなかった。


 人類が父王を魔王と呼んだ。


 慈悲深い王を。


 ならば、その言葉にふさわしい王が目覚めるだけだ。


 次に、ガルムが前へ出た。


 膝をついたまま、血の滲む拳を床につける。


「狼族の長ガルム、報告いたします」


「言え」


「灰牙村は焼かれました」


 その一言で、空気が変わった。


 ガルムは語った。


 外縁避難村。


 老人。


 母子。


 傷病者。


 聖札で塞がれた逃げ道。


 聖火。


 奴隷商の車。


 ローデン・カイス。


 母が子を投げたこと。


 救えなかった者たち。


 鎖につながれ、連れ去られた者たち。


 黒天蓋の旗が半分焼けながらも燃え残ったこと。


 レイヴァルトは一度も遮らなかった。


 最後まで聞いた。


 ガルムは額を床につけた。


「王子。灰牙村の復讐を、狼族へお与えください」


 レイヴァルトはガルムを見下ろした。


「ローデン・カイスは生きているな」


「はい」


「殺さなかった理由は」


「王都を守るためです」


「灰牙村より王都を選んだか」


 ガルムの体が一瞬強張った。


 その問いは刃だった。


 だが、逃げなかった。


「はい」


「悔いたか」


「今も悔いております」


「では、覚えておけ」


 レイヴァルトの声は冷たい。


「悔いを捨てるな。牙を鈍らせるな。だが、俺の命令まで勝手に噛み殺すな」


 ガルムが顔を上げた。


 レイヴァルトは続ける。


「ローデン・カイスは狼族に残す」


 玉座の間に、低いざわめきが走った。


 ガルムの目が見開かれる。


「よろしいのですか」


「狼族の村を焼いた男だ。俺が潰して終わらせるには軽すぎる」


 レイヴァルトは淡々と言った。


「その喉は、お前たちのものだ」


 ガルムの牙が震えた。


 歓喜ではない。


 復讐を許された者の、重い誓いだった。


「御意」


 次に、リュシエラが進み出た。


 立つことが難しく、従者が支えようとした。


 だが、彼女は手を払った。


 王の前で、自分の足で立とうとした。


「妖精族の長リュシエラ、報告いたします」


「言え」


「南方森域は聖火に焼かれました。泉は聖油で汚され、根は聖具に貫かれました。森は歌を失っています」


 リュシエラの声は静かだった。


 静かすぎた。


「王都の根も、聖別砲により削られています。今日までは支えました。明日も支えられるかは、保証できません」


「保証はいらない」


 レイヴァルトは言った。


「残っている根を言え」


 リュシエラは一瞬、目を伏せた。


 そして、森の名を一つずつ告げた。


 焼け残った根。


 灰の下に眠る種。


 王都の庭園に移された若木。


 聖火に汚されながらも、まだ完全には死んでいない泉。


 そのすべてを、レイヴァルトは聞いた。


「聖火は消せるか」


「消すだけなら」


「違う」


 レイヴァルトの瞳が冷える。


「使えるか」


 リュシエラは顔を上げた。


「聖火を、ですか」


「人類が森を焼くために使った火だ。森が覚えているなら、返せるはずだ」


 リュシエラの目に、静かな光が戻った。


 それは希望ではない。


 もっと暗いものだった。


「時間をいただければ」


「与える」


 レイヴァルトは言った。


「森の復讐は妖精族に残す。聖教会の火を、聖教会へ返せ」


 リュシエラは深く頭を垂れた。


「御意」


 ボルガンが進み出る。


 炉の鍵と鉄槌を両手で持ち、レイヴァルトの前へ置いた。


「ドワーフの長ボルガン、報告いたします」


「言え」


「グラド=ヴォルグ外郭は落ちました。王火炉は穢され、人類どもは神火炉などと呼んでおります。鍛冶師、坑夫、徒弟、多数が鎖につながれました。王都を守るために造った魔導砲は奪われ、聖別砲としてこの宮へ向けられました」


 ボルガンの声は、怒りで低くなっていた。


「王火炉の名を削れと命じられた職人は、自ら命を絶ちました。守備隊長バルドは外郭に残り、生死不明。伝令グレンは片足を失いながら報告を届けました」


 レイヴァルトは炉の鍵を見た。


 黒く焦げ、血の跡が残る鍵。


 黒い魔力がそこへ触れる。


 鍵の表面に、黒天蓋の紋がはっきりと浮かんだ。


 ボルガンが息を呑む。


「ボルガン」


「は」


「王火炉の名は戻す」


 レイヴァルトは言った。


「神火炉などという白い板は、お前の手で剥がせ」


 ボルガンの肩が震えた。


「……御意」


「アルベリク・ダイン」


「西方攻略隊の司令官です」


「生かしておけ」


 ボルガンが顔を上げる。


 レイヴァルトの目は冷たかった。


「あれはドワーフに渡す。炉と鎖と名の意味を教えろ」


「必ず」


 ボルガンは炉の鍵を抱え、深く頭を垂れた。


 次に、エルミアがザルギウスの担架を見た。


 竜人族の若い戦士が前に出る。


「竜人族、ザルギウス将軍に代わり報告いたします」


「言え」


「高山拠点二つを失いました。飛翔を封じる聖教会の結界により、多くの戦士が地へ落とされました。将軍はリュシエラ様を魔導砲から守り、さらに第十日防衛戦で聖別砲から東門を守るため盾となりました」


 若い竜人は歯を食いしばった。


「現在、意識は戻っておりません」


 レイヴァルトは担架へ歩み寄った。


 玉座の間に緊張が走る。


 ザルギウスの傷は深い。


 癒やしきれるものではない。


 レイヴァルトは、砕けた翼を見た。


 黒い魔力が静かに流れ、翼の傷に触れる。


 治癒ではない。


 骨を戻すわけでも、鱗を再生させるわけでもない。


 ただ、傷口から命が漏れるのを止めた。


 ザルギウスの呼吸が、わずかに安定する。


 若い竜人たちが目を見開いた。


「治したのではない」


 レイヴァルトは言った。


「死なせないだけだ」


 彼は意識のないザルギウスへ目を向ける。


「まだ死ぬな。お前たちの空は、まだ返していない」


 ザルギウスは目を開けなかった。


 だが、その指が確かに動いた。


 竜人族の若者たちは、深く頭を垂れた。


「御意」


 最後に、エルミアが前へ出た。


「吸血種エルミア、報告いたします」


「言え」


「人類貴族社会に潜らせていた諜報網は、聖教会と王国貴族の粛清により寸断されました。多くの同胞が焼かれ、銀杭で処刑され、残った者も連絡を絶たれています」


「情報は」


「断片のみ。ですが、王都包囲軍司令官ギュスターヴ・レオンハルト侯爵、聖教会指揮官マティアス司祭、灰牙村のローデン・カイス、西方攻略隊のアルベリク・ダイン伯爵は確認済みです」


「十分ではない」


「承知しております」


「ならば、続けろ」


 レイヴァルトは言った。


「目を戻せ。耳を戻せ。人類貴族の寝台の下にも、聖堂の祭壇の裏にも、商人の金庫にも、俺の影を入れろ」


 エルミアの瞳が細くなる。


 吸血種の冷たい復讐心が、そこに戻った。


「御意」


「ただし、まだ殺すな」


 エルミアが頭を垂れる。


「情報を先に取れ」


「承知しました」


 レイヴァルトは、玉座の間にいるすべての者を見た。


 狼族。


 妖精族。


 ドワーフ。


 竜人族。


 吸血種。


 その後ろに控える、鬼族、翼人族、海魔族、その他の異種族たち。


 彼らは傷ついていた。


 怒っていた。


 飢えていた。


 復讐を求めていた。


 王がそれを禁じれば、彼らは従っただろう。


 だが、その憎しみは行き場を失い、やがて腐る。


 父王なら、憎しみを鎮めようとしたかもしれない。


 レイヴァルトは、そうしない。


「聞け」


 彼の声が、玉座の間に落ちた。


 低く、冷たい。


 だが、全員の耳に届いた。


「父は人類を許した」


 誰も動かない。


「そして殺された」


 その言葉に、玉座の間の空気が重く沈む。


 レイヴァルトは続ける。


「俺は許さない」


 それは叫びではなかった。


 宣言ですらない。


 ただの決定だった。


「だが、今ここで俺が一人で人類を滅ぼせば、お前たちの怒りが行き場を失う」


 ガルムの牙が震える。


 リュシエラの羽がかすかに光る。


 ボルガンが拳を握る。


 エルミアの瞳が冷える。


「灰牙村は狼族が噛み砕け」


 レイヴァルトの声が続く。


「焼かれた森は妖精族が呪え」


「奪われた炉はドワーフが取り戻せ」


「砕かれた空は竜人族が奪い返せ」


「潰された影は吸血種が貴族の喉元へ戻せ」


 玉座の間に、静かな熱が広がる。


「復讐を禁じるつもりはない」


 レイヴァルトは言った。


「だが、俺の命令なく獣に堕ちることも許さない」


 その言葉に、異種族たちは一斉に頭を垂れた。


 それは彼らが待っていた言葉だった。


 許しではない。


 慰めでもない。


 報復を王の名で認める言葉。


 ただし、暴走を禁じる言葉。


 王の統制だった。


 レイヴァルトは、ようやく一歩だけ玉座へ近づいた。


 だが、まだ座らない。


 玉座の前で止まる。


 父王の座を見下ろし、しばらく沈黙した。


「父上の墓へは後で行く」


 誰も異を唱えない。


「先に、外だ」


 ガルムが顔を上げる。


 ボルガンの目が鋭くなる。


 リュシエラが息を呑む。


 エルミアが静かに問う。


「王子。出陣なさいますか」


「まだだ」


 レイヴァルトは即答した。


「俺が起きたことを、人類に教える」


 その言葉の意味を、誰もすぐには理解できなかった。


 レイヴァルトは玉座の間の大窓へ歩いた。


 黒曜宮の高い窓は、王都とその外を見下ろしている。


 東壁は崩れ、東門は半壊し、その外には白い旗が並んでいた。


 人類軍の陣。


 聖教会の祈祷灯。


 残った二門の聖別砲。


 奴隷運搬車。


 王都を囲む槍と盾。


 レイヴァルトはそれを見た。


 初めて、目覚めた状態で人類軍を見た。


 顔には怒りがなかった。


 喜びもなかった。


 ただ、見下していた。


 地を這う害虫を見る目だった。


 遠く、人類軍の陣で、兵士たちが黒曜宮を見上げていた。


 窓の奥に立つ影に気づく者がいた。


 一人。


 二人。


 やがて、ざわめきが広がる。


 黒い王子が立っている。


 魔王の子が、起きている。


 マティアス司祭は聖壇の前で顔を上げた。


 彼の手から聖杯が落ちた。


 割れる音がした。


 ギュスターヴ侯爵は遠眼鏡を掴み、黒曜宮の窓を見た。


 そこに、黒い瞳があった。


 遠すぎるはずだった。


 見えるはずがない。


 だが、見られていると分かった。


 侯爵の背に、冷たい汗が流れた。


 レイヴァルトは窓辺に立ったまま、右手を上げた。


 大きな魔法ではない。


 王都を覆う黒天蓋でもない。


 ただ、指先から黒い魔力を一筋、空へ伸ばした。


 その魔力は王都の上空で広がり、黒い紋を描いた。


 黒天蓋の紋。


 それは夜空に浮かび、人類軍の陣からもはっきりと見えた。


 次の瞬間、人類軍の陣にある聖印の一部が、音もなく黒く染まった。


 聖印杭。


 聖札。


 祈祷用の聖輪。


 聖別砲に刻まれた白い紋。


 すべてではない。


 ほんの一部だ。


 だが、それで十分だった。


 聖職者たちが悲鳴を上げる。


 兵士たちが後ずさる。


 聖別砲の一門が、低く軋んだ。


 黒く染まった聖印は、攻撃していない。


 ただ、そこに刻まれた意味を塗り潰しているだけだった。


 神の印など、王の影の前では紙切れに等しい。


 それを示すためだけの魔力。


 レイヴァルトは、遠い人類軍へ向けて言った。


 声は大きくない。


 だが、黒い魔力に乗り、王都外の陣まで届いた。


「まだ生きていたのか、人間ども」


 その一言で、人類軍の前列が崩れた。


 逃げた者はいない。


 まだ命令が出ていないからだ。


 だが、盾を握る手は震え、祈る声は途切れ、聖歌隊の子どもたちは泣き出した。


 玉座の間の異種族たちは、その声を聞いた。


 ガルムが静かに牙を剥く。


 リュシエラの羽に、細い光が戻る。


 ボルガンが炉の鍵を握る。


 エルミアが頭を垂れる。


 意識のないザルギウスの指が、再び動く。


 レイヴァルトは手を下ろした。


「門を開けるな」


 彼は言った。


「夜明けまで、誰も出るな」


 ガルムが問う。


「人類軍は」


「逃げたければ逃がせ」


 その言葉に、玉座の間の空気が一瞬揺れた。


 だが、レイヴァルトの次の言葉で凍る。


「明日、追う理由が増える」


 彼は静かに笑った。


 冷たい笑みだった。


「残った者から殺す」


 それは、目覚めた王子の最初の裁きだった。


 まだ剣は抜いていない。


 まだ城外へ出ていない。


 だが、人類軍は知った。


 封印は終わった。


 眠りは破れた。


 慈悲王の遺児が目覚めた。


 そして、その王子に慈悲はない。


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