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第9話 従者《ヴァレット》

 ブライアンは、ギブソンの使いらしく、アルスを外へ連れ出した。

 リブラル城の側にある、厩舎《きゅうしゃ》と兵舎が一緒になった赤屋根の古い建物へと案内される。


 そこは、第六近衛兵団(このえへいだん)のものとして充《あ》てがわれた場所だという。

 その建物の一番広い一室でギブソンは待っていた。


「おお、アルス様、わざわざこちらまでお呼びだてして申し訳ない。直接私が伺おうと思ったのですが別件の所用が入りまして」


 ギブソンは、奥の窓際の執務机から立ち上がると、近寄ってきた。


 昨日の別れ際があまり良いものではなかったのでアルスは少し気まずかったのだが、ギブソンが気にしている様子は見られない。


「ブライアンとも久々に会話できたしよかったよ。お前たちにとっては左遷《させん》だろうが、見知った二人がいてくれるのはなんだか心強いな」


 アルスは二人の顔を順に見て微笑《ほほえ》んだ。


「いやあ、正直私はブライアンのことを思うと、私に付き合う必要はないと思い、お前は残れと言ったのです。それでもずっとついてくるといってかなわんのですよ」


 ギブソンは大袈裟《おおげさ》なほどの身振り手振りで感動を表現して見せた。


 アルスは隣のブライアンの様子をこっそり見上げる。

 確実にこめかみあたりをひくつかせているに違いないと思ったからだ。


 アルスは慌てて話を変えることにした。


「今日は何か俺に用事があったのか?」


「ええ。アルス様に紹介したい人間がおりましてな。——レオポルド少尉《しょうい》、こちらへ」


 ギブソンが部屋の外へと声をかけると、一人の青年が入ってきた。

 アルスよりも歳上だが、十は離れていないだろう。


 少し長めの淡い琥珀《こはく》色の髪を後ろですっきりと一つにまとめ、耳元には緑の石がはまった耳飾りが光る。

 大柄ではないが、真っ直ぐに美しい姿勢を維持して程よくしまった体をきびきびと動かす姿はどこに出しても恥ずかしくない軍人だった。


「今後、アルス様の身の回りのことをお手伝いする人間が必要となりましょう」


 どうやら、ギブソンは兵団からアルスの従者(ヴァレット)を見繕ってくれたようだ。


「こちら、レオポルド家の次男のジャックです。もとは第一近衛兵団に所属しておりました。平民上がりがほとんどの兵団の中では家柄もしっかりしており、色々と気が利くはずです。レオポルド少尉は軍務にも就きますので、四六時中アルス様の傍にというわけにはいかないのですが」


「レオポルド? あのレオポルド卿《きょう》の関係者か?」


 レオポルドの名はリンデルで、最も有名な名の一つである。

 現在、国の議会をまとめる宰相《さいしょう》の名だからだ。


 青年は宰相《さいしょう》との関係を認め、頷く。

「はい、それは父です。アルス様。お初にお目にかかります。ジャック・レオポルドと言います」


 レオポルド少尉は、軍人らしく通りのいい喋りではあったものの、声の調子が不安げだ。

 アルスの方を見る目も、探るような視線を感じる。


 王と、議会を代表するレオポルド卿との関係も、ここ数ヶ月ほどの間は特に不安定だという。

 リンデルの政治は王・教会・議会の三種の均衡《きんこう》によって成り立っているが、最近は王と教会が結託《けったく》し、議会の反発を無視して強引にことを進めてしまうことも増えてきた。


 それにより、議会と王の間で何かと軋轢(あつれき)が発生している。


 結果、近衛兵という王直轄(ちょっかつ)の軍の人事へと表れたのであればとんだ報復だ。


 アルスは従者候補に握手を求め手を差し出した。

 その手を握り返す少尉へ声をかける。


「よろしく頼む、レオポルド。——もし不満があれば今のうちに言ってくれて構わない。軍務もあるというし、俺は無理に従者(ヴァレット)を強制する気はない」


 以前所属していたという第一近衛兵団は、警護のみならず、政策実現の手足となり多くの一線級の職務をこなす陸軍の花形だ。

 そこの少尉ともなると、名も知られぬ王子の世話など立派な左遷でしかない。


「いえ、不満など……ただ……」


 少尉は、上官であるギブソンやブライアンの顔色を窺っているようにも見える。


 彼はゆっくりと言葉を選ぶように説明を始めた。


「レオポルド家は何より名誉を重んじます。私は軍人としてさらなる出世を目指したいと考えておりますから、第一線に戻ることが目標です。ですから、この先長く付き人としてお世話ができるかと言うと……。いえ申し訳ありません。やはり大変な失礼を。どうか忘れていただけませんか。話すべきことではなかったです」


 少尉は仕える相手を前に、とても失礼な言葉を発していると自覚し、恥じたようだった。

 そのまま黙ってしまう。


 アルスはその実直な態度にむしろ好感を持った。

 自分が冷遇されていることは紛《まぎ》れもない事実なのだ。


 若く未来のある軍人を安心させようと言葉をかける。


「レオポルド、気にするな。先ほどの発言の通り、俺は無理にお前を囲い込む気はない。出世の機会があればそれを逃すべきではないと思う。そもそも、俺はこの前まで寄宿学校の寮で過ごしていたし、自分のことはある程度面倒が見られるつもりだ。自慢することではないのはわかっているんだが……」


 二人の様子を見守るギブソンとブライアンの方を見たあと、一呼吸おいて続けた。


「——だが、他にやることのない間は、手を貸してくれると助かる」


 少尉はほっとした様子で顔を緩ませた。


「無礼《ぶれい》な発言お許しください。私のことはぜひジャックと。お側にいる間は最善を尽くすことをお約束します」


「ああ。よろしく頼む、ジャック」


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