第63話 辺境伯の死――ギブソン(下)
「……反乱軍」
アルスの漏らした小さな声。
ギブソンがそれを拾い、目を伏せるように動かして肯定する。
「だが仮に反乱軍の仕業だとして、本当にそんな事が可能なのか……? 辺境伯の狩りに潜入して魔法弾をぶつけ、海に出た使者を襲ったと? そもそも王弟の追放については手を下したのは王自身であったわけだし……」
そこまで口をついたところで、はたと止まる。
アルスはちょうど一年ほど前、ユーフェミアから聞かされた王弟追放までの話を思い出した。
城塞内の牢に捕らえられていた王弟の脱獄について、協力者がいたらしいと彼女は言っていた。
(エフィは王妃を疑っていたが、まさか反乱軍の計画ということもありうる……?)
アルスはギブソンに、ユーフェミアと以前交わした会話を訥々と語った。
ギブソンが驚く様子もないことから、とうに把握している内容だったと推測する。
しかしそれでも、ただの状況を並べ立てただけで結論を出すには、まだ根拠が薄い気がする。
「——お前は、随分と反乱軍を評価しているんだな」
この言葉はギブソンの考えの核心を突くものだったらしい。
ギブソンの顔がくしゃくしゃに歪み、白状するかのように彼の内心が吐き出され始める。
「実は以前、反乱軍と呼ばれる立場になる前、その長であるマシュー・レイヴィーと何度か会話したことがあります」
「……っ!」
「この男なかなか切れ者です。反乱軍となった後の行動記録を確認しても、打つ手が的確で早い。あの家系の歴史を見ると、もともと国の暗部を担っており、情報収集を得意とする家だったようです」
アルスはようやくギブソンの不安を理解した。
この反乱軍を率いるマシュー・レイヴィーという男を知っていたのだ。
加えて、ギブソンがここまで手放しに他人を褒めるのはそうそうない。
相手が反乱軍という事実さえなければ喜ばしい話だったはずだろう。
「そもそも反乱軍の長マシュー・レイヴィーは、南央五州のうちのひとつを治める地方貴族でした。当初、彼が行ったことは王への真っ当な陳情のみ。領民の困窮への支援と負担軽減を訴えただけです。さらにいうと、国がそう称しているだけで、いまだかつて当人が反乱軍を名乗ったこともありません」
「そうなのか?」
完全に初耳だった。国に反発する粗暴な集団とばかり印象付けられていたからだ。
「いまは、アーナヴァルタとの貿易赤字もかさみ、職を失ったものも増え、国民の不満が溜まっております。国を乱そうとする生意気な鼻っ面を折って、権威を高めようと吊し上げたはいいが、その後の状況が悪かった。メルトの独立運動が活発化し、放置せざるを得なくなったというのが経緯でしょうな」
想像以上に実情がひどかった。
反乱軍は王や周囲の無策のせいで出来上がったに等しい存在であった。
「そういえば簡単にしか、お伝えしておりませんでしたね。昨年、久々にお会いする直前、私がなぜ王と喧嘩をし、軍の中枢から弾き出されたか」
アルスは、自分の顔がいよいよ険しくなってくるのを感じた。
ギブソンは王と揉め、メルト暴動鎮圧で担っていた職務を外された上、大佐に降等となっている。
そもそも彼は一体何をしでかし、今に至るのか。
「——反乱軍のマシュー・レイヴィーへ陳謝し、対話するよう進言したからですよ」
瞬間、アルスはぐっと拳を握りしめた。
将官まで上り詰めたとはいえ、当時でもたかが少将。
一介の軍人が王に口出しするなど、随分と思い切った真似をしたものだ。
一歩間違えば反逆罪と捉えられても仕方がない。
今更ながらギブソンの、覚悟と胆力には感心する。
「そして、もう一つ気になることがあります」
「なんだ?」
アルスは、たびたび会話をためらうギブソンを根気強く促す。
「メルトでの活動中、独立運動を主導している部隊で、本国の一昔旧式の武器が出回っているのが確認できていました」
「まあ、最新の武器は難しいだろうし、メルトならリンデルの武器が出回っていてもおかしくないんじゃないのか?」
軍も議会も今の時代、既にリンデルと統合が済んでいる状況だ。
ギブソンの真意が掴めない。
「反乱軍の起こした南部の武器倉庫略奪の事件をご存知ですか?」
「……随分前にそんなことがあったように記憶している」
アルスは、落ち着かないまま一つ唾を飲み込んだ。
「メルトで盛んにリンデルの旧式武具が出回り始めたのはそれ以降です」
「つまり、反乱軍が独立運動を支援し、武器を横流ししていると?」
「そんな余裕があるものかとも思うのですが、現に反乱軍への圧力は弱まっていますし。それを意図しているのであれば成功でしょうね」
ギブソンが示唆しているのは、国内南部の反乱軍と海を挟んだ北の植民地メルトとの繋がりだ。
国は、この二つの情勢に南北挟まれている状態であるというのか。
世情に疎いアルスであっても、全身に震えが走る。
「その件報告は?」
「一応しましたが、一笑に付されて終わりです。まあ、そういった武器など、実際探せばどこかしらから手に入るでしょうし、証拠もないですからね」
最後は幾分、冗談のように笑って発言したギブソンの横顔を眺めて考える。
——この男は、いつか、反乱軍に合流すると言いかねないのではないか。
そう思うと、王がアルスを使いギブソンをこの地に縛り付け、力を削ごうと躍起になる意味がようやく実感として見えてくる。
ギブソンは義理堅い男だ。ギブソンがアルスを見捨てることは、おそらくない。
そしてその理由はアルス自身に起因するというより、先代の王とグウェルフ大佐——祖父たちの存在が大きいと思っている。
だが、もしいつか。
ギブソンが本気で反乱軍側へ離脱すると決めた時、自分はどうするのか。
ユーフェミアや、城で働くものなど、ここには少なからず知り合いもいる。
第六近衛兵団も一枚岩となって動くとは限らない。
考えがまとまらないまま次々と湧き出す思考が、頭の中を侵食してくる。
アルスは不安を押し殺すように、胸元にある翡翠色のタイリングを握りしめた。
そのまま話は終わった。
ギブソンは館へと戻る道を先導し始めた。アルスは俯きがちのまま、そのあとを追う。
黙ったまま歩き続けるうち、ぽつりとひとつ、頬に雨滴が触れた。
はっと顔を上げると、空があっという間に暗くなっていく。
「こりゃいかん。アルス様、走れますか?」
目の前で、ギブソンが大袈裟な仕草で慌てふためきはじめた。
その様子があまりに滑稽だったため、アルスは思わず表情が緩むのを感じた。
(——今、起きてもいないことで悩んでも仕方ない)
アルスは最後に残った曇りを振り払うように、風で乱れた髪を乱暴に整えなおした。




