幕間 アルスとジャックの旅行Ⅱ ―カフスボタン―
話の順序というのは重要である。
ジャックは鍵をとりだし、部屋の隅にある貴重品が納められた棚を開けた。
時刻は夕暮れ時。
第六近衛兵団の訓練後、簡易な格好で仕事をしていたアルスを着替えさせる必要があった。
視界の一端で、光に反射した深緑の石が目につく。
それが嵌ったカフスボタンをそっと手に取った。丁寧に握りしめたまま、窓際にいるアルスのもとへと戻る。
初めのうちは、着替えの介助を嫌がっていたアルスも、一定の範囲では自然と受け入れるようになっていた。
こちらも着崩れの目立ちにくい訓練時の服などは、自由にさせた上で最後に整える程度に妥協した。
お互い歩み寄りというやつだろう。
「——っと」
ジャックの手からボタンが転がり落ちた。そのまま見失う。
絨毯の上をざっと眺めてみたものの、模様に紛れてすぐに見つかる気がしない。
「……すみません、傷がついていないといいのですが」
ジャックは盛大にため息をついた。態度を取り繕う気も起きない。
背後の窓の方を振り返り、遠い目線で外の景色を眺め見る。
「ジャック、お前大丈夫か? ずいぶん疲れが見える気がするが」
「……わかります?」
苦笑したジャックの顔色を、アルスが心配そうに窺ってきた。
アルスは膝を曲げ座り込む。
床に落ちたボタンを探し出そうと目を凝らしはじめていた。
(そうなるよなあ……)
こういった行動を止めるべきともわかっているのだが、この主人の性格上聞き入れないだろう。
優しさと頑固が混ぜ合わせるのも想像以上に厄介だ。
形式的に「王子が床に這いつくばるな」とひとつ小言をいれて見たものの生返事が返ってくるだけだ。
真剣な顔で床を眺めつづけていたアルスの表情が変化した。
カフスボタンを見つけたらしい。
さっと手を伸ばした彼の様子が嬉しそうに見えるのは、おそらくジャックよりも早く見つけられたからだろう。
負けず嫌いが漏れたアルスに、ジャックは思わず笑い出しそうになる。
(子どもかよ……)
普段は達観した言動も多いくせに、こういうところは年齢相応どころか、むしろ幼く感じる。
ついつい歳の離れた弟のことを思い出してしまうほどだ。
ジャックは、俯きがちに顔を伏せる自分の姿を、アルスに不審がられながらも、なんとかカフスボタンを受け取った。
アルスの袖口やタイを整えながら、今日の出来事を愚痴のようにつらつらと並べ立てる。
「パーカーとクリスの喧嘩、あれ、なんとかならないんですかね。なんでいちいちお互い絡みに行くかなあ。昔からの知り合いだとか言ってますけど」
「そうだったのか。まあ、明らかに性格が違う割に、二人とも我が強いからぶつかるのはわかる気がする」
「ギルも、もう少し独り立ちしてほしいんですけどね。つまらない嘘も治らないし、ブライアン大尉が禿げ上がりそうです。知ってます? 大尉の癖。苛立つと左側のこめかみあたりをがりがりと掻いて気持ち抑えてるやつ。あのままだとあそこだけ髪の毛が薄くなっていって……」
「やめろ変な想像させるな」
アルスが、顔を手で覆った。表情の変化を隠している。
ジャックは上着を羽織らせながら、アルスの様子を隠れ見た。口元がしっかり緩んでいる。
「セオのやつも、ついに一人で遺跡に潜りたいなんていい出して、どう止めたものかと。それに、あいつ銃について話し出すと止まんなくて……悪いやつじゃないんですけど、ちょっとマイペース過ぎやしないかと」
「俺は結構セオドアの話を聞くのは好きだな」
「代わってくださいよ。俺じゃ、あいつの話理解できないから、気の利いた返しをしてやれないんです」
項垂れたジャックを見て、アルスが気遣うように眉尻を下げる。
迷う様子で少しの時間をおき、遠慮がちに声を掛けてきた。
「いつも苦労かけるな。俺にできることがあれば、可能な限り協力するから相談してくれ」
——きた。
その言葉を待っていた。
ジャックは内心ほくそ笑む。
「それは助かります。実は一つ困ってることがありまして……」
そのまま流れるように説得の言葉を畳み掛ける。
結局ジャックは存外あっさりと、アルスのメリアフィールド家までの旅程をねじ込むことに成功した。
先ほどの発言の手前、拒否できないまま丸め込まれたアルスの顔は、見事に引き攣っており、ギブソン大佐の見ていた光景も似たようなものだったのだろうかと、ジャックは静かに頷いた。




