幕間 アルスとジャックの旅行 I ―秋の朝―
※第六近衛兵団編 15話と16話の間の話です
ジャックはいつものように、アルスへ提供する朝食を受け取ろうと、リブラル城地下の厨房へ降りた。
周囲に芳醇な赤ワインのような香りが漂っている。
料理人を補助している見習いのメイドへ、匂いの正体を尋ねると、彼女は驚き顔を真っ赤にして俯いてしまった。
仕事の邪魔をしてしまったかと謝罪し、食事がのせられた盆を手に取る。
ジャックが慌ただしく地上へ戻る階段に足を踏み出したとき、先ほどのメイドが、か細い声で呼び止めてきた。
——庭で採れたエルダーベリーの実を煮詰めてジャムにしています。
彼女の説明を聞いたジャックは、秋の深まりを感じ、清々しい朝の始まりに期待が膨らんだ。
(もうそんな季節か……)
しかし、残念ながらその気持ちは、夕方にはすっかり消し飛んでしまっていた。
今日は随分と、気疲れの多い日だった。
ジャックはまず、パーカー少尉と、セヴァーズ曹長が掴み合いの喧嘩を始めたのを仲裁した。
ギルバートも相変わらず問題児だ。
些細な嘘を咎められ、ブライアン大尉から長々と指導を受けていたところを庇った。
その後はそのまま大尉の愚痴をきく。
それが終わると銃撃部隊の一人、マクレーン軍曹が、周囲への配慮が煩わしいからと遺跡に単独で潜りたいと訴えてきた。
適度に共感したふりをして、説得にかかる。
なんとか押し切ったが、強引に言いくるめた手前、機嫌を取らねばならない。
銃愛好家っぷりを発揮しだした彼の話は長いが、相槌をひたすらうつ。鉄の塊にあまり興味がないのを悟られぬように。
最後に声をかけてきたのはギブソン団長で、これは正直最も嫌な予感がした。
それでもジャックはヘラリと笑い、このいかつい熊のような大男の自室まで、軍人らしくきびきびと足を運んだ。
「なんですかこれ」
差し出された書類に目を通す。
内容を読み解くと、どうやら第六近衛から一人、石魔獣狩りの接待人員を出せとの要望のようだった。
「そういえばそろそろ秋の満月でしたね」
議会が終了し、上流階級が自領に戻り始めるこの季節、次の満月を機に石魔獣狩りが活発に行われる時期になる。
国内各地にある古代遺跡に潜り、石魔獣を仕留める社交。
遊戯と言ってもいいだろう。
(メリアフィールド公爵家か……)
「格が高い家柄ですね。あまり粗相をできる相手ではなさそうですが。第六近衛に適任なんて……まさか私を指名する気じゃないですよね?」
軍では、ある程度多種多様の戦い方も認められているが、貴族の行う狩りは、魔法弾の弾射が基本だ。
ジャックは単純な魔法や剣は、人並みにこなせても、その点に関しての才能はからっきしだった。
「もちろん違う」
あまりに強い口調の否定は、さすがのジャックも少し傷つく。
肩をすくめて先を促すと、ギブソン大佐が話を再開する。
「実質、アルス様をご指名されている」
「アルス様……?」
「ご子息が、寄宿学校時代の同級生だそうだ」
「単純に仲が良かったから、誘われたってことです?」
「それだとよかったんだが……」
言い淀むギブソン団長に対して根気強く説明を求めた。
大佐の話をまとめると、どうやら気弱な息子に発破をかけようと、かつての学生時代の魔法演習時の上位成績者に片っ端から声をかけているらしい。
しかしながら、今の時期、大学や士官学校なり進学したものは、その活動に追われている時期である。
自領に戻った上流階級のものについても、遠方で旅程が組めないことや、すでに予定があることを理由に断られているという。
「アルス様も断るんじゃないですか」
「私もそう思う」
しょんぼりと小さくなるかのようなギブソン大佐の姿は、そう多く見るものではない。
ジャックは戸惑いつつ尋ねる。
「団長は、断ってほしくない、と」
「できればそうだな」
ギブソン大佐が大きく頷いた。
「君はどう思う?」
「メリアフィールド家と懇親を深められるのなら本来有益でしかないです。うまくやれば強力な縁が作れます。メリアフィールド公爵やご子息のお人柄が把握できてないのでその点不安はありますが、特に悪評が立っているような家でもない。何を投げ打ってもいくべきです。特にアルス様は立場の難しいところがあるので」
「まさに、だな」
ジャックの答えは大佐にとって不足のないものだったようだ。
自分の返答を自画自賛し、内心満足する。
「——では説得を頼みたいんだが、できるかな?」
ジャックの瞬きがぴたりと止まる。
じっとこちらを見つめるギブソン大佐の瞳は、動物的な愛らしさもあるのだが、ただしその種族は大きな熊だ。
「……はい」
自分の顔が引き攣るのを、可能な限り抑えたつもりだったが成功しただろうか。
上官からの依頼を断る選択など、ジャックの中であるはずもなかった。




