第7話 王女ユーフェミア
ユーフェミアは、今の王妃であるイザベラ妃の子であり、アルスの異母妹だ。
アルスは、ユーフェミアと会話を交わすとそのまま夕食への誘いがあり、それに応じた。
住む環境としても整っていないであろうリブラル城に直行したところで、真っ当な食事にありつけるとは思えなかったのでまさに渡りに船だった。
ユーフェミアの過ごす場所は、ネイピアス城のそばにある館だ。
ここはもともと王家の子どもが幼少期に過ごす場所として使われていたものだった。
ユーフェミア専属の使用人たちが幾人か働いており、ユーフェミアは十四歳にしてさながら館の女主人として存在していた。
部屋の外のバルコニーへ設置したテーブルにアルスとユーフェミアは向き合って座った。
美しい模様があしらわれた陶器の皿に温かいままの食事が運ばれてくる。
柔らかな風は、夏の夜のひんやりとした心地よさと共に香りも運んできた。
これから提供されるであろう料理の匂いも伝わり、食欲がいっそう増す。
きれいに磨かれた銀の食具をゆったりと動かしながら、二人は会話した。
「エフィという愛称が気に入っておりますのに、みんなユーフェミアとばかりでよんでくれないのです。こちらの家政婦長——メリッサというのですが、彼女にもなんどもお願いしているのにいつも断られます」
「ユーフェミア様、私は使用人ですので」
後ろに控え、給仕を監督している妙齢の女性メリッサが眼鏡の奥の瞳を光らせて、冷静に断る。
ユーフェミアは、しょんぼりといじけて見せたが、使用人にそれを強制するのは酷というものだ。
「まあ、仕方ないんじゃないか」
王族という特殊な立場に生まれ、皆から遠巻きにされる寂しさはわからなくもない。
実際、ユーフェミアのことをエフィと呼ぶ人間はアルスだけだ。
「私が許可しているのに何か悪いことがありますか?」
ユーフェミアはこの囲われた環境の中、浮き世離れしている。
素直に疑問なのか可愛らしく小首を傾げる。
「ユーフェミア様、私は使用人ですので」
家政婦長は繰り返した。
「お願いですから私以外の使用人にも同じようなことをおっしゃるのはおやめください。みな困って相談にきております」
メリッサは言葉の内容の切実さの割に、淡々と感情のこもらない言葉を返す。
アルスは、それが要因でユーフェミアには響かないのではないかと思った。
「お兄様と、またこうしてお食事をいただけるなんて嬉しいです。食事は楽しいものだと知ることができたのは、お兄様と……シャーロット様のおかげですから」
前王妃シャーロットが生きていた頃を思い出したのか、ユーフェミアが青く大きな瞳を細めて、笑みを浮かべる。
「皆で食事をすることはないのか?」
「それは……特別な会食はたまにありますが……。お父様は一方的に要件を伝えてくるか報告を求めてくるかで気が休まりませんし、母やユージンは、恥をかかせたり邪魔をしないようにだけ注意してきて、私に興味もないようですから」
じっと考える仕草をして黙り込むとユーフェミアは納得したように呟いた。
「私にとっての家族は、アルスお兄様一人だけです」
何かを思い出したかのようにユーフェミアはぷりぷりと憤慨し、ぷすりとフォークで焼き野菜を刺した。
(大方俺についての態度に腹を立てることがあったんだろう)
ユーフェミアがなぜこれほどまでに自分を慕うのかはいまいち分かっていない。
しかし、まだアルスの母であるシャーロット妃が健在の頃に、共に過ごした時間がとても楽しかったのだろうと思う。
今が不幸とまでは思わないが、何も考えなくてよかったあの頃はアルスも素直に幸せだった。
「エフィも最近は忙しいんだろう」
「はい、そうですね。様々な場へ出かけることが増えました」
ユーフェミアは、ここ最近公務として各地への慰問を頻繁に行なっている。
彼女は、容姿に関してはとても恵まれているイザベラの血を色濃く引いていた。
ゆるくうねる金髪と白い肌、垂れ目がちの大きな青い瞳の姿は、城下でその肖像画の複製が大変よく売れているときく。
その上で、身分関係なく分け隔てのない態度と美しい顔に似合った穏やかな笑顔が評判となり、国民からの人気は絶大であった。
王としては、国民から受ける不満を緩和してくれる、都合のいい重要な手駒の一つだ。
こうなると王も簡単にはユーフェミアの機嫌を損ねるわけにはいかない。
アルスの後ろ盾としては、母方の家のグウェルフ家の存在があるが、加えてこのユーフェミアの影響も大きいはずだった。
「色々と大変だろう。エフィはよく頑張っていると思う」
不意に褒められ、ユーフェミアは口元が緩むのを抑えられず、頬に手を充てた。
「はい、ありがとうございます。その、メリッサたちがいつも手配など頑張ってくれるので、私はそれほど苦労しておりません」
デザートを持ってきた給仕の侍女に、ユーフェミアはにっこりと笑顔を向け感謝を伝えた。
ユーフェミアと目が合った瞬間、侍女は頬を染め、動揺を隠せず足をもつれさせながらさがる。
「ユーフェミア様のために背負う苦労など、それはむしろ我々の喜びですので」
家政婦長のメリッサは背後で大真面目に答えていた。
「そういえば、今後についてなんだが……リブラル城で過ごすことになった」
冷えた果物をつつきながら、アルスはユーフェミアに報告していなかったことを思い出した。
「ええ……ええ、把握しております」
なぜか、少し気まずそうにユーフェミアは答えた。
「リブラル城ですが、お祖父様が亡くなってからは長い間住居としての管理はされていなかった場所です」
「ああ、そうなんだよな。いまから向かってもまともな寝床があるか分からない」
アルスはユーフェミアが、できるだけ深刻に捉えることのないように笑って話してみせた。
「急ですまないんだが、今晩客間を借りられないだろうか」
ユーフェミアは少し言い淀んだが、もじもじと恥ずかしそうに話し出した。
「実は先んじてうちの使用人に少しだけ整えさせていました」
「ん?」
「全ては難しかったですが、当分暮らしていく分は困らない程度にはなっているはずです。あの……すみません勝手に……」
アルスは驚いて目を丸くしたが、申し訳なさそうに顔色を窺うユーフェミアに優しく声をかけた。
「いや、助かるよ。俺が感謝することはあってもお前が謝ることにはならないだろう」
すでに準備が済んでいるということは、ユーフェミアはアルスよりもとても早い段階でリブラル城の件を把握していたということだ。
それをアルスが不快に感じてはいないか心配したのだろう。
「ありがとう、エフィ」
ユーフェミアはほっとしたように頷いた。
「お役に立てたのであれば嬉しいです。あの……それと、リブラル城を管理するにあたって使用人の手配もこれからでしょう。どうかしばらくこちらのメリッサを使ってください。優秀ですから、きっと力になれます」
メリッサがアルスに向かって膝を折り挨拶をした。
こちらを見る顔は相変わらず無表情だったが、若干不満そうにも見えて少し怖い。
「それだとエフィが困るんじゃないのか」
「問題ありません。他の使用人も優秀ですので。メリッサ、これは一番信頼できるあなたにしか任せられない仕事です。どうかお兄様のお力になってくださいね」
ユーフェミアは、近くに呼び寄せたメリッサの手をとり念を押した。
不意に近距離でまっすぐな青い瞳に見つめられ、懇願されたメリッサは、お任せくださいといいながらかくかくと頷いていた。




