第58話 団員たちの背景
ブライアンにせっつかれ、ギブソンたちは書類仕事のため兵舎へと戻っていった。
アルスは、二人の背を見送ったあとも広場に残り、団員と談笑しながら、片付けや武具の手入れなどをして過ごしていた。
まもなく、背後で騒ぎが聞こえだす。
「あんた、いい加減にしなさいよ!」
パーカー少尉が一人の兵から詰められている。
「腹の立つ態度で命令するばっかり。ちょっとは手伝えっての!」
現在この場に残る団員の中でもっとも位が高いパーカー少尉を相手に、苛立ちを表しているのは、下士官の一人、クリス・セヴァーズ曹長だった。
普段は気さくな美人と表現したくなる風貌で、周囲に明るい笑顔を振りまく兵士の一人だ。
「ああ!? なんだその口の利き方は。階級考えろ、下士官が俺に逆らうんじゃねえよ!」
パーカーが、クリスへ低い声で凄んでいる。
そのまま胸ぐらを捕まれたクリスは、パーカーを睨み返す。
「直下の部下でもないのに、あんたの聞く義務ないわ!」
「直下もへったくれもあるか。こんな小規模な部隊、指揮系統も何も細かくありゃしねえ。ここにいる全員が俺の配下に決まってんだろ!」
手を打つ高い音が一つ。
クリスが、首元にあったパーカーの腕をはたき落としていた。
パーカーは、ぶたれた手を大袈裟に撫でながら冷笑する。
「将校らしく指導でもしてやるか? 軍人が女々しく化粧なんてしてんじゃねえよ女男が! 匂いもくっせえんだよ」
アルスはクリスの目元がさらに厳しく細まったのをみた。
相当頭にきたらしく、握りしめた拳が震えている。
とはいえ、実際、クリスの姿は軍人としてはかなり異質ではある。
柔らかく巻かれた褐色の髪の毛に、色づいた頬や唇に引かれた紅。
そして周囲に香る強めの香水。
華やかに彩られた顔立ちは、軍人と判断するには皆ためらいを覚えるのは間違いない。
アルスは、周囲を見渡した。
どうやら、パーカーとクリスの諍いに口を出せる人間は、自分を除いてこの場にいないようだ。
アルスは二人に近づき、双方の肩を押して距離を取らせた。
「パーカー、クリス。やめろふたりとも」
アルスの穏やかな忠告程度では、当然争いは終結しない。
「都合のいい時だけ階級振りかざすなんてふざけんじゃないわよ。雑用しない。責任取らない。あんた士官として一体何をしてくれてるの?」
「うるせえよ。剣で俺に勝ったことないくせに」
「その強さ、どこで使う気? いくら剣が強くたってねえ……。今時魔法弾どころか、鉛玉にも負けたりするのよ。そんな時代遅れの能力だけ高くて意味あんの? 士官ならもっと磨くとこあるでしょ」
「見てくればっか整えてるブスに言われたかねえよ!」
パーカーの嘲笑を受けたクリスは、いっそ冷静なほどに息を整えはじめた。
少し間を置き、一気にまくし立てる。
「あんた、ほんっと、おんなじ士官でもレオポルド少尉とは大違いね! 彼は指導も的確だったし、みんなの悩みも解消してくれた。尊敬できる存在だったわ!」
クリスがひときわ大声で叫び、辺りが静まり返った。
言い争う二人の姿と、そばにいるアルス。
三人への注目が集まった。
アルスは、クリスの肩を両手で抑え込み、向かいあう。
視線を合わせて、静かに告げる。
「クリス。言い過ぎだ」
クリスは気まずそうに目を伏せると、そっぽを向く。
自身の発言を思い返し、流石に自覚したようだ。
パーカーの方はしばらく黙り込んでいた。
だが、徐々にのろのろと言葉を発し始める。
「……だからなんだってんだよ」
先ほどまで感情を露わにさせていたパーカーから、表情が消えていた。
「いつまでレオポルドの名を出しゃ気が済むんだ。今更ここにいねえ弾射下手くそ野郎の話をするな」
声は至って普通の声量だ。
だというのに雰囲気が重い。
「冷めたわ。しょっぼい集まりだし、ガキのお遊びみたいな集団で、いうこともまともに聞きやしねえ。こんな子守なんてやってられるか」
パーカーは冷たく言い捨てると、足早に兵舎の方へと歩き出してしまった。
その姿が小さくなった頃、クリスがぼそりとつぶやく。
「なんなのあいつ、ちょっと強いからってふんぞり返って……ジャックはこんなんじゃなかった」
「クリスやめろ」
「尻尾巻いて逃げちゃってバッカみたい。まともに向き合う勇気もないクズ!」
「クリストファー」
アルスは語気を強めて、彼の顔をじっとみる。
クリスは男女共に使われる呼び名だが、クリストファーは明確にわかる男性名だ。
「やだ、分隊長、その呼び方きらあい」
クリスが口を尖らせて、甘えたように声を出す。
彼は本来、見た目はともかく、優秀で面倒見も良い下士官の一人だ。
振る舞いが粗雑で鼻につくパーカー少尉とぶつかりがちだが、誰彼構わず問題を起こす兵ではない。
それだけに、発言が行き過ぎるのは止めなければならない。
「いちいちジャックを引き合いに出してパーカーを誹謗するのはやめろ」
「そうね、わかってる。失礼だわ。でもなんか思い出しちゃうのよね。彼、かっこよかったし、優しかったし、冗談のセンスも良かったなあって」
「クリス、お前は……」
困惑し言葉を選ぼうとしたアルスに気付き、クリスは慌てていう。
「あ、しまった、誤解生むといけないわ。分隊長にちゃんと言ってなかったと思うけど、あたし、嗜好は案外ノーマルよ」
柔らかく笑うと、クリスは自身のことをさらりと語り出す。
「父はそれなりの貴族なんだけど、女遊びの結果の子どもでね。娼館のお姉さまたちに囲まれて育てられてこうなっただけ。育ってきた環境が、化粧で身を守る世界だったから」
アルスもクリスの背景についてはある程度把握はしていた。
しかし、人伝の情報ではなく、本人の口から詳細を聞くのは初めてだ。
「あたし自身は庶子の出なんだけど、軍属一家だから一応訓練とか色々させられてさ」
クリスがどこか懐かしそうに顔を緩め、微笑む。
「これがこのなりで兄弟の間で一番出来がよくてね。あたしもこういうの嫌いじゃなかったし。さすがに士官学校には進めずに、普通の軍にもなじまなくて追い出されちゃったけど」
第六近衛兵団の兵たちの背景はそれぞれ大なり小なり複雑なものがあることも多い。
結局のところ、他の部隊から弾き出された物の集まりなのだ。
クリスが、アルスの曇った顔色に気付き、明るくおどけてみせた。
「騒ぎを起こしてごめんなさい。ついつい、あいつ見ると苛ついちゃって……言葉にも気をつけるわ」
クリスの方は落ち着いたが、問題はパーカーの方だ。
その姿を探して、兵舎の方を見つめたアルスに、クリスが苦笑した。
「あいつ昔っからの腐れ縁なんだけど。女好きだし、不真面目な割に、中途半端に義務感負ってるっていうか。めんどくさいやつなのよねえ。今ごろふてくされて陰で煙草吸ってると思いますよ」
「居場所わかるか?」
「多分兵舎の裏かな。厩舎とは反対側のね」




