第57話 アルスvsギブソン
リブラル城そばの城壁では水鳥がずらりと並び、羽を休めている。
夏の終わりの昼間。
高く昇った太陽は、影を大きく作らない。
それにもかかわらず、今、アルスの目の前には巨大な影の塊が存在していた。
鍛え上げられた身体から繰り出される剣は、大きな脅威だ。
殺気がなくとも竦む思いは頭の隅に残る。
大戦の英雄と呼ばれたギブソンは、指揮官としても有能ではあるが剣の腕も一級品だった。
彼との距離はおおよそ歩幅四歩分。
アルスは、頭ほどの高さで水平に剣を掲げて保つ。刃先は背後。剣の柄を握りしめた右手はぴったりと反対の頬のそば。
予備動作もなく、空気が先に震えた。
向こうの動きは直線的。
頭上からまっすぐ大剣が迫る。
驚異的に速いが読み易い。
アルスは、煌めく剣の先端目掛けて、横に薙ぐ。
ひねり上げていた体を使い、弧を描くような軌跡で剣を振った。
「——ッ!」
甲高い音が耳をつく。が、思ったよりも軽い。
当然向こうも準備ができていたようだった。
ギブソンは、大きく剣を回したアルスの隙を襲い、腹目掛けて突いてくる。
なんとか半身で避けると、そこには巨大な刃がもう目の前。
必死に自分の剣を持ち上げ、重い一撃を鍔に近い部分でうけとめる。
——距離が近い。
アルスはそのまま姿勢を低くし、ギブソンの懐へ入り込む。
刃先でギブソンの剣を押さえつつ、下から跳ね上げるように柄を回し起こした。
勢いのまま、ギブソンの鼻先を削るつもりで。
「——ん⁉︎」
ギブソンはのけぞり、後退した。
「お、団長を一歩退かせた!」
団員の感嘆の声が聞こえてきたが、アルスは焦っていた。
——まずい。
一歩退かせた。
だがそれはアルスにとって都合のいい間合いではない。
いつのまにか剣が動かない。抑えていたはずが抑え込まれている。
なんとか抜け出そうと剣を捻るが、自由を完全に奪われている。
いっそ、ここは剣を手放すのが正解だったと思う。
アルスはその判断が遅くなったことを後悔すると同時に、自分の足が地面から離れたのを感じた。
「——ぐッ!」
息が押し出される圧迫感。
勢いのまま、片手で胴を担ぎ上げてきたギブソンに、アルスは放り投げられていた。
植木に受け止められ、背から落ちる。
細い枝のぱきりと折れる音が耳元で聞こえた。
すでに台無しになってしまった植木に身を委ね、庭師からの苦情の言い訳に頭を巡らせはじめる。
仰向けで見上げた雲は、左から右へゆっくりと流れていた。
もはや悔しがる気持ちも起きなかった。
「はあーギブソン団長、相変わらず分隊長にも容赦ないのな」
ギルバートの頓狂な声が聞こえる。
「何を言っている。十分配慮されている。お前たちが投げ飛ばされるなら、あそこだ」
ブライアンは、馬が踏み荒らし、通り雨でぬかるんだ地面を指差している。
「げっ……泥だらけかよ。しかも馬糞まみれ」
「ちなみに私ならあっちだ。支給品である服が汚れるのは気に食わん」
さらに別の場所を示したブライアンへギルバートが叫ぶ。
「石畳に投げんなよ! 怪我するわ!」
「どこであろうと、まともな受け身も取れない未熟な兵など鍛え直しだ」
周囲にいた兵たちが、ブライアンからそっと距離を取った。
ギルバートは叱られ慣れているおかげか、ブライアンの発言を気にする様子はない。
考えたままを口に出し続ける。
「分隊長も、魔法ありの模擬戦とかだともう少しやれたりすんのかな。魔法結構すごいし」
「そんなわけないだろう」
アルスはのろのろと起き上がり、剣をしまいながらギルバートの言葉を否定する。
「ギブソンの魔法見たことないのか。連携なしに地面を割ってくる」
他者と連携し、魔力を補助してもらうことで、魔法の威力を上げる手段はよく取られる。
ただし、ギブソンの魔法は単独でも十分脅威だ。
「当人は塹壕掘るのが少し楽になる程度の威力なんてよく不満げだが……」
ギブソンは過去の大戦時、山間部の塹壕戦で武功を上げた経歴が有名だった。
それを踏まえた彼なりの冗談ではあると思うのだが。
「それだけできて不満なんてどうなってんだ」
ギルバートのもっともな感想に、アルスも同意した。
数名の団員を相手にし始めているギブソンの方を、ちらりと見る。
「俺も、魔法の威力だけなら対抗できる自信はあるんだが、戦いとなるとギブソンは本物だからな……」
魔法の能力が拮抗したところで、経験や剣の実力の差は大きかった。
ギブソンが、兵たちと一通り手合わせを終え、こちらへ寄ってきた。
ぼそりとアルスに話しかけてくる。
「アルス様、最近少し剣の扱い変わりましたね。以前は退いて立て直していたところをそのまま押し通したり」
「そうか……剣の扱いが雑に乱れて問題だろうか」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、アルス様が基本から外れた剣筋を見せるのは珍しいなと。前よりどこか実践的といいますか、強引さ……いや冒険心が増えたといいますか」
人の感情の機微や配慮については、鈍感なところもあるギブソンだったが、さすが剣から伝わる変化に関しては鋭い。
アルス自身、クロードと遊びで剣を交わらせたり、王都内で無法者を制圧するといった行動が増えている。
そのため、自分の剣の変化は多少なりとも自覚があった。
「……俺にだって、色々試してみたいこともあるさ」
何がばれると言うこともないはずだが、内心の緊張を抑えアルスは答える。
「——だがそうだな、最近学校時代の友人に会うことが増えたからな。たまに手合わせをすることもあって、そのせいだろ」
「なるほど、剣の手合わせもされているのですね。そのご友人、私も一度お会いしてみたいものです」
ギブソンが、顎髭を撫で感心したように頷いている。
その反応に、アルスは乾いた笑いを返した。
言い訳に使ったパトリックが、食具より重いものは持ちたくないと主張する姿を思い出したからだ。




