第51話 彼らの矜持
双子の姿が完全に消えたところで、ディレアがクロードを見据えて話し出した。
「――きりがないって、わかってるのよね?」
「当然だろ」
一気にひりついた空気により、アルスは息遣いを抑えこむほどにじっと固まった。
クロードは逃げずに、ディレアの言葉を真っ向から受け止めているようだ。
「じゃあ、あの子たちをどうする気だったの。一時凌ぎの活動程度は許してるけど、うちは慈善活動できるほどの稼ぎはない。自分たちの日々の暮らしで精一杯よ」
クロードは顔を歪ませ、歯を食いしばると言い返す。
「……でもわかるだろ? ディレアだってあいつらの前では何も言わなかった。——つまり、そういうことだろ?」
「今後あの兄弟をどうする気なのか、結局その答えはあんたにはないってことね」
二人の雰囲気に耐えきれず、アルスは恐る恐る口を開く。
「その……救貧院とか、あるんじゃないのか……?」
視線がこちらを向いたが、二人の表情は浮かない。黙ったままだ。
リンデル国内では、社会において自活できないもののために、救貧院の制度がある。
主に教団が運営するその施設に国の税金も使われているし、王家はもちろん上流階級のものはそこへ寄付をすることがステータスの一種にもなっていた。
孤児を含む貧窮者は、救貧院に行けばある程度の衣食住が保証されるはずだ。
「……悪い、的外れなことを言ったかもしれない」
自分の発言が単なる世間知らずで済むのか。アルスはわからず、ただ反応を待つ。
「——基本的に、そういうところ、いつも人が溢れていてなかなか空きがないんだ」
穏やかな口調が割り込んできた。
寝入った双子を運び終えたテッドが、階下へ降りながら丁寧に言葉を落とす。
「まあ、空きが頻繁にあるところもあるけどな」
クロードが皮肉るように鼻で笑った。
アルスは、その言い回しから想像を巡らせる。
なんとなく、言葉や態度を一つ間違えば、彼らを怒らせるか傷つけるような気がした。
緊張したまま口を開き尋ねる。
「そういうところは質が悪いってことか?」
「寄付の金だけぶんどって、子供や弱者へまともな施しを与えずに結局殺してるってことだよ。死ぬから空きが出る」
「病気が蔓延してごっそりいなくなる時もあるけどね」
「どのみち、ろくな環境じゃねえよ」
ぼそりと説明を追加したテッドの言葉に反応し、クロードは語気を強めた。
ディレアが、雰囲気に呑まれたアルスを優しく気遣うように説明してくる。
「もちろん、きちんとした運営のところもあるのよ。でも、それを見極めずに放り出すなんて、道端で放置するよりひどいかもしれない」
「箱用意するだけで人を救った気になって、慈善事業に満足してるやつらがいるけどよ」
クロードが天井の一点を見上げた。どこか必死に感情を抑えこむようにしている。
「みんなできることなら救貧院の世話になんてなりたくねえと思ってる。仕事なくなったり、家族亡くしたりして、どんだけ苦しかったとしてもだ」
アルスは、クロードがテーブルの上の両拳を強く握りしめるのを見た。
「後ろ指さされながら、家畜のように管理される場所なんて居てたまるか。――俺等にだって、プライドはあるんだ」
クロードの言葉を聞き、アルスの目の周囲に力が入る。
その場にいる三人の顔を、順に窺う。
彼らの目つきや表情は、諦観や憂いに満ちており、アルスは一人取り残されたような気分になった。
追い縋るような気持ちでアルスは質問を続ける。
「煙突掃除と道路掃除は過酷な仕事か?」
それぞれ、双子が従事していた職だ。
「煙突掃除は、議会でも大概話題になったと思うけど……知らない?」
テッドに指摘され、アルスは自身の知識を探る。
過去、幼年者の労働状況が問題になっていたことはなんとなく把握している。
「何年も前に管理者の資格が必要になったこともあって、その後は環境改善してるものとは……思っていたが……」
彼らを前にして、自信なさげに声が徐々にかき消える。
「もちろん違う。そして、道路掃除は言葉の意味そのもの、というわけじゃないね」
自身の無知を畳みかけられるような思いがしたが、アルスは黙ってテッドへ続きを促す。
「いわゆる物乞いだよ。道の掃除がてらその辺を歩く人間に付き纏ってなんでもやるから金をくれとせびる」
アルスは自分の想像に限界があることをおおよそ悟っていた。
それでも、双子の兄弟の過ごした日々を思うと息苦しさが増し、唇を嚙む。
「生きるために、プライドなんか捨てろだなんていう奴いるけど、俺はそうは思わねえ……そこまで失えば、いったいなんのために生きてんだ」
クロードは、絞るように吐き出した。
その言葉が、アルスの中で反響し続けるように頭に残り、何も言えなくなってしまった。
ここにいる三人は、アルスを切り捨てない。
クロードですら、彼らの常識を知らないアルスを詰ることはない。
初めて会った時はあれだけ罵倒されたというのに。
アルスはようやく、あの時のクロードが自分に向かって叫び続けた、恨みや怒りの背景に触れたような気がした。
それでも、大きな隔たりを感じる。
生きてきた世界が、違う。
違うことをわかっているようで、何も知らなかった。
(本当は俺が一番何かできるんじゃないのか……?)
鼓動が高まる。
何かを口にしよう——口にしたい。
上流階級として? 王族として?
しかし一体、今の自分に何ができるというのか。
アルスが悩むうちに、ディレアが吹っ切るように顔を上げた。
「今回は……あいつに連絡とってみる」
「あいつ?」
「もう連絡しないって約束してたけど。やれることやるしかないでしょ」
「師匠か!」
クロードの顔がわかりやすく緩んだ。
「馬鹿! 嬉しそうにしてんじゃないわよ。あいつとは本来もう縁切ったっての」
雰囲気が少し、いつものように戻ったかのように和らぐ。
だが、ディレアは、なし崩しに日常に戻ることを許さないかのように釘を刺す。
「いい? 次またこんなこと繰り返されたって、そうそう何もしてやれない」
ディレアは、クロードをにらみ、きっぱりと言い聞かせる。
「今のうちから、きちんとやるべきことを考えておきなさい。次また同じことが起きた時に、行動できるように。あんたどうせ、いつかまたやりそうだわ」
「わかってるよ……」
ディレアの言葉は、クロードに向けたものだとは分かっていた。
しかしアルスは、自分に突きつけられた課題のように感じた。
表舞台で活動することは許されない。
だが、囲われた暮らしで、何も見ないふりをして、自堕落に生きることは許されている。
なぜだ。
果たして、自分がやるべきことはなんなのか。
商人や神官見習いとして、社会に貢献する友人。
慈善活動の仕事をこなす妹。
軍人として、国を守り役割を果たすもの。
アルスの周りにいる人間は、皆立派に働いているように見える。
——まだ焦ることはないと思いますけどねえ
かつての従者の声が聞こえる。
(焦らなくていいなんて、適当なこと言うなよな……)
自分の役割が手元にないことが、これほどまで心細くふがいないなんて。
その日アルスは、リブラル城へ戻ってからもなかなか寝付くことができなかった。
そしてそのまましばらくの間、アルスは王都の街へと訪れることはなかった。
たまたま執務が重なって追われていたし、ギブソンと約束していた特別な演習の参加もあった。
アルスが再び赤の守護者の元へ訪ねた頃には、もう双子の兄弟の姿はなく、無事遠方の教会付属の救貧院へ引き取られたのだと聞かされた。




