第50話 兄弟の助言
アルスとクロードは、赤の守護者の酒場へ双子の兄弟を連れ帰った。
彼ら兄弟についての説明を聞いた、ディレアの反応は意外だった。
多少なりとも大袈裟な反応をよこすかと思いきや、「そう」とだけ静かにつぶやくと、落ち着かない様子でアルスの後ろへ隠れていた子どもらへと穏やかに微笑んで見せた。
「アルスは、その子たちの面倒を見ててもらえる? クロードはすぐに鍋いっぱいお湯を沸かして。テッドはこの子たちの着替えの確保を」
「了解。橋の近くの古着屋に行ってくるよ。ほかにいるものは?」
「ヘンリーさんのところで、新鮮なミルクもついでにもらってきて」
ディレアはアルスたちに次々に指示をし、自分も手際よく動き始めた。
双子の体を、湯に浸した布で丁寧に拭いあげたあと、テッドが手に入れてきた服へと着替えさせる。
彼らにパン粥を提供し終え、皆、そこでようやく一息ついた。
いくらか汚れも落ち、暖かな食事をとった双子は和らいだ表情をみせている。
わずかではあるが頬に赤みもさした彼らを見て、アルスはほっとした。
「ディレア。あのくそ親父が、近々顔出せってよ」
クロードが、ドクターの態度を思い出したのか、少しいらいらとした口調でディレアに伝える。
「ドクターが? まあちょうど用もあったし、そのうち行くわ」
「ああ、そのドクター、テッドによろしくと伝えるようにとも言ってきていたな」
「——アルス、それは伝えなくていい!」
クロードが焦ったように止めてきた。
「……へえ」
アルスの隣から、感情が排除されたような声がきこえてきた。
何やら一瞬にして、空気が冷えた気がする。
目の前にいるクロードとディレアの顔を見る限り、いい状況でないことは確かだ。
「兄ちゃん天然か? あれは、おれにもなんとなくわかったぜ。絶対わざとだなって」
「あの時も思ったけどさ。ああいう、人をからかうのが生き甲斐って奴に真面目にむきあうことないぜ」
双子が口々にアルスを指導してくる。
「……助言ありがとう」
アルスは横に座るテッドの様子をそっと窺う。
真顔だ。
大抵はヘラヘラといつも楽しげな笑みを浮かべて、気さくな雰囲気でいるというのに。
「ちっ、めんどくせぇことになった。相変わらずドクターが絡むと無口になるし機嫌悪くなりやがる」
「悪い……」
「アルスが悪いんじゃないわ。ちゃんと伝えなかったこの馬鹿と、いちいち拗ねるテッド自身のせいでしょ」
しばらく、黙り込んでいたテッドが、ようやくいつもの態度で応対しだした。
「ああ、ごめんね、オレのことは気にせずどうぞ」
「……ええと、ドクターと仲が、悪いのか」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけどね」
気を遣うアルスに、テッドが苦笑する。
「ちょっとばかり、あいつをみると反吐が出そうになるだけだよ、大丈夫!」
表情と発言内容の落差のせいで思考が追いつかない。
いつもよりもいっそ爽やかに見えるほどの笑顔で放たれたテッドの言葉に、アルスは顔をひくつかせた。
見かねたディレアが、うんざりした表情で大きくため息をつく。
「テッド。あんた一応ドクターに助けてもらったはずよね」
「そうだね、おかげで野垂れ死ぬことがなく助かったよ。拾ってくれたディレアにも、治療してくれたドクターにもきちんと感謝してる。——でも、生理的に受け付けないのは仕方なくない?」
表情や口調は、いつものテッドの態度に戻ったように見える。見えるのだが何やらぞっとする。
「はいはい。もう、それでいいわ。問題さえ起こさなきゃね」
アルスはふと、双子の一人が、落ち着かない様子で、こちらを気にしていることに気付いた。
ちらちらと見上げてくる視線を真っ直ぐ受け止め、アルスは彼の発言を待った。
「……あの……ありがとう」
彼は恥ずかしさを堪えるように目をきょろきょろさせ、早口で続けた。
「桃、美味しかった。全部おれたちで食べちゃって、悪かったな」
アルスは、その時ようやく気づく。
この少年はドジャーだ。
弟のエミルは、散々礼や謝罪を口にしていたが、兄のドジャーからこういった言葉が出てきたのは初めてだった。
「——いいんだ。どうせ一人で食べようと思ったわけじゃない」
アルスはもう少し気の利いた言葉を言いたかったが、思い浮かばなかった。
その後は特に会話も弾まないまま、周囲の明るい騒ぎに耳を傾けているうち、双子がうつらうつらとし始めた。
ずっと気を張った生活だったはずだ。
ようやくほっとしたのだろう。テーブルに突っ伏し眠り始めた双子を、酒場の上階の部屋へとテッドが連れていく。
もともと簡易宿泊所の設備が整えられていた酒場なため、小さいながらもいくつか部屋があるらしい。




