第48話 クライミング・ボーイズ
「で? 王都警察だか神官だかにでも突き出すって?」
「そりゃいい。今よりも、さぞかしいい暮らしができるじゃろうなあ。親切にありがとうよ、クソ野郎!」
どうやら双子だったらしい少年たちが口々に話す。
無事財布は手元に戻ったが、クロードとアルスはふてくされた少年たちの扱いに悩んでいた。
「お前ら、親は?」
「いねえよ。想像つくだろ」
乱暴に言い捨てる彼らを宥めて、話を聞く。
二人はドジャーとエミルと名乗った。
彼らは両親が死に、双子まとめて叔父のもとに引き取られたが、養いきれず兄のドジャーが手放された。
その後しばらく別々に暮らしていたらしい。
「売り飛ばされて仕事してたけど、そこがまた、クソみたいなとこで、王都にいるエミルのところに逃げてきた。そしたら、そこもクソだったから二人で逃げた」
「仕事って何してたんだ」
「エミルは道路掃除、おれは登り屋」
「登り屋?」
アルスは耳慣れない言葉に戸惑い、聞き返した。
クロードが少年の代わりに説明する。
「煙突掃除人ってことだよ。どうりで高い場所へ登るの上手いわけだ」
会話を続けていると、先ほどまで時計台へ登っていたドジャーのほうが顔を歪めて座り込んだ。
アルスはふと彼の膝元に目が行く。
「その足……」
膝にある傷が化膿しぐちゃぐちゃになっており、出血も見られる。
ただしこれは、今できたばかりの傷ではなさそうだ。
彼の体をよく見れば、擦り切れた服から透けるように目立つのは、浮き出る骨だけでなく、あざや深い傷痕だった。
「怪我してるのか」
見るに痛々しく、アルスは視線を伏目がちにそらした。
同じく痩せ細っているものの、怪我はそれほどみられない弟エミルが兄のそばに寄り添う。
地面にぽつぽつと数滴。
涙がこぼれ落ち始める。
「傷口ひらいてんじゃん……なんで無理すんだよ」
「そりゃ、お前が捕まりそうになるから悪いんだろ」
苦々しい表情で、兄のドジャーがぶっきらぼうに返す。
アルスとクロードは、声をかけられないまま、二人の様子を静かに見ていた。
その視線に双子は気付いたようだ。
ドジャーが鋭い目つきでにらみつけてくる。
「おい、見せ物じゃねえんだ、見逃してくれるってんならさっさとどっか行っちまえ」
「どっか行けっつってもなあ……」
クロードが迷いを露わにして、もごもごと喋る。
財布が戻ったこともあり、立ち去るのも一つだろう。関わらない方が正解なのかもしれない。
それでも、躊躇しているクロードの態度を確認し、アルスは双子に尋ねた。
「これからどうするんだ?」
「あ?」
「仕事を逃げ出して、ここに辿り着いて。これからのあてはあるのか」
「あると思うか? 街の浮浪児に未来なんかいちいち尋ねるなよ。一時間後すらわかんねえ。この足じゃまともに働けない。飯の確保も失敗した。どうせどっかでおっ死んじまうだろうよ。ご心配どうもありがとう、紳士」
精一杯の虚栄心か。
大人がいうならまだしも、まだあどけない顔の子供が言い捨てるにはあまりにも切ない。
「くっそ……」
クロードが、抱えていた荷物を下ろし、中身を漁り出す。
おそらく食べ物を探し出そうとしている。
そこでアルスは、自身が手元で下げていたものを思い出した。
急いで紐をほどき、包み紙としての古新聞を広げると、小ぶりな桃が一山ここにある。
念のためにと目配せした先のクロードは、アルスの行動を理解した上で止めてこない。
アルスは、少し緊張しながらも、おずおずと二人へと差し出した。
双子のドジャーとエミルは、顔を見合わせる。
一瞬の間の後、ひったくるように、桃を手に取った。
むさぼり食べる彼らの姿を見て思う。
発言はともかくとして生を諦めるにはあまりに貪欲で必死だ。
「礼は言わねえ」
手についた桃の汁まで丁寧になめとりながら、反抗的に兄のドジャーがこちらをみてきた。
「持てるものが持たざるものへ施しをするのは当然じゃ」
それを聞き、弟が強めの声で訴える。
「なにいってんだよ、ドジャー。おれ、やだよそんな礼儀知らず!」
エミルの痩せた頬を涙が伝う。
「お、おい泣くなよ」
ドジャーが慌てておろおろとエミルを宥め出した。
彼らの無垢な子供らしさが垣間見えた瞬間、アルスはいっそう心が痛んだ。
「飯最後に食ったのいつだ」
真面目な顔をしたクロードの言葉に、双子が黙る。
少し間を置き、ばつの悪そうな表情でドジャーが返す。
「もともと毎日腹ぺこだったが、この一ヶ月は特にまともに食ってねえ。ここしばらくは、道端のごみだめか、川に流れ着いたきれっぱしを拾って何とか食いつないだ」
アルスにはあまりに想像のつかない世界だ。
これは現実なのか。
それでも、彼らの血色の悪い唇や、骨の浮き出るような細い腕、ぼろぼろの服など、見える限りのものが説得力しかない。
クロードは、がりがりと頭をかきむしると、どこか覚悟を決めたのか、一つうなずいた。
「とりあえず、足だな。治療がいるだろ」
「金出さなくても治療してくれる外科医でもいるって?」
皮肉めいたドジャーの言葉に、クロードはにやりと笑った。
「いるのは嫌味で小汚いモグリのくそ内科医だ――ついてこい」




