第47話 ぼさぼさの緑髪
買い物を終えたクロードとアルスの二人の耳に、異質な声が飛び込んできた。
「小僧! お前、うちの商品とりやがったな!」
「悪かったから離してくれよ!」
まだ十歳前後に見える子供の悲鳴。
泥汚れの目立つぼさぼさの緑髪の少年が、揚げ魚を売っているらしき店員の男性に腕をがっしりと掴まれていた。
緑髪の少年は、体を捩り無理に抜け出そうとするがうまくいかない。
少年の痩せ細った手を、体格のいい太い腕でねじり上げる男の姿を見て、クロードが思わず割り込んだ。
「おい、おっさん。気持ちはわかるが程々にしてやれよ。まともに食えてなさそうなガキの腕折る気か」
「盗みは許されん。盗れる店だと思われても困る」
「あんたの自慢の酒樽みたいな腕見りゃ誰も思わねえって。元は漁師か?」
クロードがなだめすかし、ようやく男性が手を緩めた。
緑髪の少年はするりとクロードの後ろに駆け出し隠れると、ぼそぼそと話し出す。
「ごめんよ、盗るつもりなんてなかったんだ。おれ、南のほうが出身でさ。今朝初めて王都に辿り着いたばかりで何も分からなかったんだ。ほら、金もここにある」
クロードが少年が差し出した半ラントの銅貨を受け取り、店員の男性へ渡した。
「おっさん、こいつみるからに苦労してそうじゃねえか。いっかいこっきり、許してやれ」
「はあ……。まあ、気ぃつけろよ」
金さえ払うというのであれば、さすがに納得するところではあったのだろう。
不満げな顔ではあったが、揚げ魚売りはそのまま、それ以上の追及はやめてくれそうだった。
——が。
「まて、クロード。そいつは………」
アルスも真っ先に彼に同情しかけた。
だが、少年の言い分はおかしい。
(少年の言葉……南じゃない。これはれっきとした王都の下町訛りの発音だ)
言葉の響きに敏感に反応したアルスだったが、遅かった。
「——ばーか、この能無しのうすのろめ」
「はあ!?」
緑髪の少年がクロードの背後からそのまま駆け出し、市場の人混みをすり抜けていく。
「おい、クロードお前まさか……!」
クロードは、さっと青ざめる。
「やべえ財布とられた……」
「——っ! 追いかけるぞ!」
* * *
王都の人間は、盗みや犯罪に敏感だ。
スリだと叫べば、祭りのように仕事も放り出し騒ぎ出す。
はやし立てられるがままに誘導され、遠目ながらその姿をとらえた緑髪の少年は、ついに細い路地へと入っていく。
「あんな細いとこいきゃ、辿り着く場所も限定されるだろ」
クロードが一層足を速めた。
アルスもその後ろを追いかけ、二人で路地へ飛びこみかけたときだった。
「どこ見とるんじゃ、ばあか!」
先程聞いたばかりの声とぼさぼさの緑髪が思わぬところに出てきた。
道の反対側。
周囲の建物と同じ、おおよそ建物の三階建てに匹敵しそうな高さの時計塔へよじ登る少年がいた。
「はあ⁉︎ いつの間に……⁉︎」
アルスとクロードは、塔の方へと急いで向かう。
少年を見上げてクロードが叫んだ。
「くっそ、なんだよ、転移でも使えんのかよ! あのクソガキ」
クロードが苛立ち、時計塔の根元を蹴る。
「盗ったものかえせよ、はやくおりてこい!」
「誰が返すか! 返して欲しけりゃ自力で登ってこい」
「はあ⁉︎ 助けてやったのになんだその態度は!」
「知るかよ! 誰が頼んだ? 中途半端な偽善より、飯か金でもよこせっての。——ああ、もうもらったんだった。ありがとよ!」
緑髪の少年と舌戦繰り広げるクロードの横で、アルスは、先ほど少年が消えた路地を振り返る。
「おいアルス! ちったあ、ガキつかまえるの協力しろ!」
「いや……南部出身は一応本当だったんだなあと」
「はあ?」
アルスは塔の上の少年の姿をじっと観察した。
元は白かったであろうシャツは煤だらけで黒ずんだ染みが多く、上着も擦り切れてぼろぼろだ。靴も何とかその体裁を保ち、足を覆っているものの、空いた穴から素足も見えている。
考えを整理し、ふっとひとつ息を吐く。
「とりあえずお前はそいつを見張ってろ」
アルスは、クロードにそう言い残すと、走り出した。
この少年を捕まえるため、やるべき行動がある。
少しの間の後、アルスはクロードの元へと戻ってきたが、目の前の状況は、全く変化がなかった。
「降りてこい、クソガキ! 魔法弾ぶつけるぞ!」
「やってみろよ! 下手くそな魔法弾、街中で振り回したらお前の方が牢屋行きじゃ!」
アルスは呆れ顔でため息をつく。
「まだやってたのかお前……」
「うっせえんだよ。じゃあそういう、てめえは一体何してたんだ……って……は!?」
クロードが塔の上にいる少年と、アルスの方を交互に見る。
驚愕の表情で息を呑み、叫んだ。
「ガキが二人……⁉︎」
アルスの横には、ぼさぼさの緑髪の少年がひとり。
弱々しく縮こまった少年は、時計塔を見上げ、しがみついている少年に向かって呼びかける。
「ごめん、ドジャー……おれ、捕まっちゃった……」
頭上から舌打ちが降ってくる。
アルスのそばにいる少年とまったく同じ顔が、苦々しげにこちらを見下ろしていた。




