第44話 調査報告
「アルス様!」
王都の街から城へ戻ると、廊下で呼び止められた。
アルスは慌てて右腕に結びつけたままだった赤布を取り外し後ろ手に持つ。
近づいてきた黒髪の少年、ロイが見上げてくる視線が痛い。
ロイは、アルスの住むリブラル城内で、事務員として働いている。
最近ではよく、空き時間にアルスの身の回りの手助けもしてくれていた。
仕事を押し付けられた結果かと尋ねると、ぎろりと険しい表情を見せてきたので一応違うようだ。
アルスの世話をめぐる、使用人たちの状況は複雑だ。
未だ新たな従者の指名を渋るアルスの態度のせいで、元からいた従僕の中には、やめてしまったものまでいる。
昇格の見込みのない場所で働き続ける意欲を失った彼に対して、アルスができたのは、せいぜい彼の今後の人生が優位に進むような紹介状を持たせるぐらいだった。
残った使用人たちも、頼めば対応は丁寧だが、あえてアルスのそばに付き従うことはない。
結果、お節介とも言えるほどに、ぐいぐいと近寄るロイが自然とアルスの世話を担うようになっていた。
「アルス様、今日は何されてました?」
「図書室の方にこもってたかな。外を歩いたり体を動かしていた時もあったが」
内心の動揺を悟られぬよう平然と返す。
「そうですか。どこにいらっしゃるのか見当たらないことが、よくあるので、できれば行き先くらいは追えるようにしておいてくださいよ」
「悪いな。今日は特別な仕事や用事もないという認識だった」
ロイは表情こそ不満げだが、アルスの発言を怪しんでいるというようには見えない。
アルスは元から規定の職務に就く時間以外は、城砦内の庭で好きに過ごすか、広大な図書室の空間で人の監視を避けた生活を送っていた。
食事や就寝など、周りの助けが必要となる時間以外は特別関心など持たれずに過ごしてきたはずだった。
だが、今日は特別外へ長居しすぎた。
想像に難しい手法をとっていることもあり、図書室の魔法陣から城を抜け出していることなど、そうそうわかることでもないだろう。
しかしあまりに連続すると言い訳が厳しくなるのも事実だ。
「何か用があったのか?」
「ユーフェミア様の使いの方から取次依頼が来ました」
「ユーフェミアから……?」
なるほど、これは予測できなかった。
使いのものとはいえ、王女が絡んだ取次に失敗するなど、彼にとっては相当に慌てる事態だったに違いない。
「見当たらなかったので、これを預かってきました。一応人を介さず僕から直接渡すようにと念を押されたので。——失礼とは思いますが、このまま手渡しでも?」
アルスが頷くと、ロイが一通の手紙を差し出してきた。
「悪かったな、ロイ。ありがとう」
受け取った手紙は、一般的なものよりも一回り大きく厚みもある。
中身について、おおよそ見当はつく。
アルスはその内容が気になり、急にロイとの会話に気持ちが入らなくなってしまった。
できるだけ自然な流れで、話を打ち切ろうとする。
再度念を押すかのように行き先の報告を求めたロイの言葉には「できるだけ努力する」と濁す。
今後も守る気のない約束を、真面目な顔で請け負って見せると、アルスはロイのもとから立ち去った。
自室にもどったアルスは、机の引き出しからペーパーナイフを取り出す。
封筒の中に入っていたのは二つ。
——パトリック様からの御返事です。
ほのかに香水の香りが広がる。
アルスは、丁寧な字がつづられたユーフェミアのメモをそっと横に置いた。
中に入っていた別の手紙を取り出し読み始める。
アルスは、寄宿学校時代の友人であるパトリックに、王都の連棟式住居についての調査を依頼していた。
「必要な要件だけを端的によこせよな……」
あるいは彼なりの偽装工作か。
相変わらず商品の宣伝と、商売の話で本筋に辿り着かない。
何枚かを読み飛ばし、ようやく辿り着いた返事。
図書室からつながる、王都の連棟式住居の調査報告はとても簡潔だった。
——持ち主所在不明。ここ数年税の支払いなく、登記の情報も二十五年前から更新なし。
「結局のところ詳細は分からずじまいか……」
正体不明の怪しい連棟式住居。
そして、赤の守護者たちとの関わりにより、頻度と滞在時間の長くなった王都。
いまのこの生活について、薄々限界は感じてきていた。
突発的な転移の運用でなく、そろそろ正当に街中へ出る方法を考えるべきなのかもしれない。




