第43話 素
未舗装の道に翻弄され、馬車の荷台が揺さぶられるように振動する。
車輪が小石を跳ね、掠める音を聞きながら、アルスはささくれの目立つ木枠を握りしめた。
「くっそ……移動の方が疲れんだよなあ……」
クロードが早速文句を吐き捨てた。
状態の悪い道のなか、馬車の御者台では、テッドが器用に手綱を引いている。
アルスたち三人は藁の敷き詰められた荷台で、振り落とされないようしがみついての移動だ。速度の出ない道などでは走った方がいっそましではないかとも思う。
「で……? 競争はどっちが勝ったのかしら?」
ディレアは残念ながら遺跡の出来事を忘れる気はなかったようだ。
もちろん彼女が、本当に結果を知りたくて尋ねている言葉ではないことはよくわかる。
「やめようぜ、あんまり喋ると舌噛むし」
クロードが期待薄めの逃げ道を作ろうと誘導して見せるが、効果はないだろう。
「俺は……別に競争する気はなかった……」
我ながら弱々しいセリフだとアルスは思った。
クロードが隣のアルスを一瞥してくると、ぼそりと文句を言う。
「いまさら、言い訳してんじゃねえよ。同罪だ」
「まあ元凶がこの馬鹿なのはもちろんそうでしょうね。いちいち刺激求めて無茶するのやめて」
ディレアが、ねじ伏せるような低い声音でクロードをにらむ。
「依頼はなんだったか覚えてる?」
「ええと……」
クロードが明後日の方向を見て言い淀む。こいつは本気で忘れている。
火に油を注ぎかけているクロードを遮り、アルスが慌てて代わりに答える。
「依頼者が遺跡に残した落とし物の回収……」
「そう、わかってるじゃない——結局道の途中で見つけたのあたし! 目的忘れないでよ」
がみがみと掴みかからんばかりの勢いでクロードを叱るディレアに、アルスは及び腰になった。
できるだけ彼女の怒りの矛先から逃げようと前方に寄る。
そんなアルスの動きに反応してテッドが話しかけてきた。
「——ねえ、アルスさ。多分知ってるだろうし、どうしようもなかったのかもしれないけど」
アルスはぎくりと顔をこわばらせる。正直なところ指摘される気はしていた。
「あんまり階層に合わない大規模な魔法使うと魔力喰いくるから気をつけよう」
石魔獣は魔力を餌に生きる生物だ。
その層のエネルギー密度に見合わない高度な魔法を使った場合、拡散しきれないその残滓めがけて周囲から大量の石魔獣が寄ってくる。
そのため、不用意に強力な魔法を使用することは推奨されない。
今回は狭い遺跡で、周囲の石魔獣も少なく、目の前を一掃するほうに利があると判断した。
慌てて離脱したが、危険な行為をしたことには間違いない。
テッドは柔らかな口調ではあるものの、やんわりと注意する言葉を重ねてくる。
「あと遺跡内で予備の武器や魔石もないのに、剣手放すなんて論外」
「……悪かった」
遺跡管理者への報告などでも面倒をかけたのは事実だ。
追撃された言葉へ言い返す気など起きなかった。
肩を落とし黙り込んだままぼんやり景色を眺めるアルスを横目で確認し、テッドが再度話しかけてくる。
「まあ、そんなにへこまなくていいよ。なんていうかさ、君冷静なようで案外無茶な戦い方するからちょっと心配しちゃうだけ」
テッドは自信なさげにうつむくアルスの気分を持ち直させるためか、励ますように話題を振ってきた。
「魔法、なかなかやるね。優秀な石狩人でもあそこまで大規模な魔法そうそう撃てないし、上手く制御できないよ」
ここまで明確に褒められると流石に照れ臭い。
テッドの気づかいを受け、すこし平静を取り戻したアルスは、ふと疑問に思っていたことを口にする。
「魔法か……魔法で優秀というなら、お前の方だろう。テッド、お前はなぜ魔法銃なんてものを使っているんだ」
アルスは初めてテッドと出会った時、魔法の苦手な術不能者と認識した。
銃を保有していたためだ。
だからこそ、彼の武器が魔法銃だとわかり、衝撃を受けた。
「ええ……なんでって言われてもなあ。うーん趣味かな?」
「武器なんて好きなの使えばいいだろ。なんでいちいち気にすんだ」
ディレアの説教がひと段落ついたらしく、クロードが割り込んできた。
アルスは淡々と説明を加える。
「魔法銃は珍しい上に特殊だからだ。高度な魔法制御が求められる割にメリットが少ないときく」
本来、銃は魔法の苦手なものが使う武器である認識がいまだ根強い。
ただし、その威力は魔法弾と比べ、そう馬鹿にできるものでもない。
さらに、誰でも引き金を引くだけで簡易に実行できるという利点がある。
魔法の権威が根強く残るリンデルですら、近年では徐々に銃の有用性が認められてきている。
対して、テッドが持つのはその性質とは真逆をいく魔法銃だ。
威力も低ければ、扱いも難しい。
「もはや美術品に近い武器だったはずだ。流通量も少ないし趣味で済ませるには高価すぎないか」
困ったように笑って受け流すテッドの横で、ディレアが代わりに答えた。
「なんかこれでも、魔法の研究者なんだって。部屋も怪しげな道具とかうさんくさい本でぎっしり」
「ええ、部屋見たの? 中あんまり入らないで欲しいんだけど」
「入るわけないでしょ。開けっぱなしの扉からみえただけ。……まったく。魔法の研究だかなんだか知らないけど、格安で居候させてあげてるんだからもっと働いてほしいわ」
一人馬車の制御を任され、今も働いているテッドに対して随分と辛辣だ。
テッドはヘラヘラと笑いながら、やんわりと苦情を返す。
「オレ、結構子守りの仕事まで頑張ってるつもりなんだけど」
テッドの台詞を受け、クロードが戸惑いながら眉間に皺を寄せぼそりと呟く。
「子守の仕事なんてとってきてたか?」
「馬鹿……お前のことだろ」
アルスはクロードの発言に反応し、鼻で笑った。
「ああ⁉︎ 誰が子供だ。なんならお前のほうが背ぇ小っちぇだろ」
「お前、子供が大人かなんて図体の大きさで決まるとでも思っているのか」
悪態の応酬を始めた二人の会話を聞き、テッドが肩をすくめる。
「ほら、すぐ子どもたち、喧嘩始めちゃう」
「じゃあさっさとこの二人を黙らせて!」
ディレアがイライラと腕を振り上げた。
アルスとクロードが荷馬車の端に寄り馬車が揺れる。
「だいたい、うちの馬鹿はともかくアルスの方はもう少し理性的で大人しい印象だったんだけど。なんなのよ、蓋を開けてみたら二人で騒いでばっかり!」
「これが彼の素だったってことじゃないの?」
ディレアとテッド、二人のやりとりにアルスは、ふてくされた。
クロードの方を不満げに睨み、お前のせいだぞ、と言いかけたところで止まる。
この一言が問題なのだ。
確かにここ最近の、特にクロードとの関わりにおいては随分と精神年齢が下がる思いはある。
(これが俺の素ねぇ……)
じんわりと熱くなる夏の日差しの中、過ぎる背後の道を眺め、吹き付ける風を気持ちよさそうにうけるクロードの横顔がそばにある。
「あーあ、ほんとにいちいちうっせぇっての、なあ?」
反省のない笑みを浮かべて、クロードがこちらに同意を求めた。
その表情にアルスは戸惑う。
反応の仕方が分からない。
クロードは、裏表がなく、いつもまっすぐだ。
彼が持つ資質はアルスが持ち合わせていないものばかりだった。
屈託なく見せる笑顔だって、いつも堂々としていて、羨ましいほどにただ眩しかった。




