第42話 ラクス・オッキデンタリス遺跡
——王都ログスティリア西部郊外。ラクス・オッキデンタリス遺跡。
アルスの横では、クロードが大岩の影に隠れ、端からそっと首を伸ばしている。
舌打ちすると顔を苦々しげに戻した。
「そっち何体だ?」
「二体」
アルスは即答する。
帰路の様子を窺っていたクロードとは反対に、先ほど引き上げてきたばかりの最深部方面をじっと見た。
「えーっと。じゃあ、俺とお前、一人頭、四体な!」
「どこの化物だ、できるわけないだろう」
クロードのあまりに馬鹿馬鹿しい発言に、アルスは苛立ちを露わにした。
これから戻る予定の道、そして最深部方面にも石魔獣は散らばっている。
「だいたいお前が競争なんて言い出すから……」
止めるつもりで追いかけた背中だったが、アルスはいつの間にかその姿を追い越そうと躍起になった自分を思い出す。
「——援護を待とう、テッドとディレアがそのうち来るはずだ」
「ええ! 絶対、なんかうだうだ言われんじゃんこの状況」
最深部まで競争だなどと子どものような発言を残し飛び出した時点で、もう手遅れだとは思う。
そして文句いいながら、うっかりそれに釣られてしまった自分も。
——リンデル王国、王都ログスティリア。通称ログ。
王家の城砦と湖底遺跡から広がり発展したこの都市は、その郊外にいくつかの遺跡が点在している。
城砦のあるポレ湖の古代遺跡に関連したものが、分離し取り残されるように散らばっていた。
西部郊外にある、ラクス・オッキデンタリス遺跡は、隆起し地上へと露出した洞窟として存在している。
古代遺跡の利用法は多岐に渡る。
資源としての採取場所、一攫千金狙いの石狩人の潜る場所、軍の訓練場、そして、上流階級の社交としての狩場。
このラクス・オッキデンタリス遺跡は、規模としては小さい。
しかし、比較的濃い魔力が籠り切って循環しているため、中級者向けの遺跡として知られている。
石狩人の間では、手軽な小金稼ぎ目的、貴族の間でもおおよそ慣れた人間の狩場として使用されている場所だった。
小さいとはいえざっと、最深部まで早歩きで三十分ほどの規模。
上流階級向けの狩場の役割が大いに働いているせいか、ガス灯が整備されている珍しい遺跡だ。
おかげで道のりは明るい。
遺跡内部では地下から染み出した水が池となり、その中心に大きく居座っている。
池の水面は風もないためしんと静かだ。
まれにぽこりと泡が湧き出すことによって広がる波紋は、ガス灯に照らされ不思議と幻想的に見える。
池を取り囲むように整備された歩道や橋もあり、まるでどこかの観光地といってもおかしくはない。
夏まっさかりのこの時期。
肌寒いほどに温度が下がる洞窟内こそ、いっそ快適な環境ともいえる。
石魔獣さえいなければ。
明らかに失策だった。先を急ぐあまりに避け続けた戦闘。
本来一体ずつ個別に戦う程度で済みそうなものを一度に複数。
アルスはできるだけ平静を保とうとクロードへ再度確認する。
「そっちにいるのは六体ってことか?」
「んー見える範囲だとそうっぽいな」
この洞窟の石魔獣は、弱くはない。雄牛や熊、小さくとも子鹿程度の大きさの石魔獣が人間へと平気で向かってくる。
「同時に二体程度ならともかく、本気で複数に囲まれながらうまく対処できると思うか? 八体連続で倒すのと八体同時は違うんだ」
アルスは、吐き捨てるように小言をクロードにぶつける。
クロードもさすがにばつが悪いのか、反論の声が弱々しい。
「うっせえな、言われなくてもそのくらいはわかってるよ……」
「地の利もない中で、飛び道具なしは相手しきれない」
「じゃあ、魔法、魔法使おうぜ」
「誰が魔法使うと思ってるんだ」
クロードは普段、魔法を弾くための防御程度でしか魔法を使用しない。
武器として取り付けられている魔石の質もアルスと比べると簡素なものだ。
「魔法弾を撃つにも数が多すぎる。連発すると威力が弱まるし、一撃必殺するなら、間隔がきつい」
都度叩き潰すようなアルスの反論に、クロードが爆発した。
「あー! もう、いちいち否定ばっかしてんじゃねえよ、どうするか解決策考えろ!」
ヒソヒソと話していたはずの会話がうっかり大きく響いた。
前方に控えている六体の石魔獣。
それらの視線がぎょろりと自分達へ向けて集まったのを感じた。
「やべ……」
「クロード、お前……本当、馬鹿だろう」
迷う暇がなくなってしまった。
「こっちだ、行くぞ!」
アルスはクロードを背後に従え、遺跡奥へと道を戻りだす。
「くっ! 時間稼げよ……青」
剣を抜き、魔石と接続する。
「おい、そっちは行き止まり」
「黙ってついて来い、話しかけるな、俺を守れ!」
「なんだてめえ、命令しやが――」
「黙れって言ってる! 集中きれる!」
背後で不満そうなクロードの気配が窺えたが、アルスの気迫に押され口をつぐんだようだ。
アルスはいつもよりも多くの魔力を込め、制御する魔法の調整をする。
この行為で背負う危険も頭に浮かぶが、一度忘れる。
焦りと迷いで立ち行かなくなるのを抑えるほうが大事だ。
他に方法が思いつかない以上、やらざるを得ない。
遠目で見えていた最深部方面の石魔獣二体との距離が近づいてくる。
(そろそろか)
背後の様子を、首だけ振り戻して確認したアルスは、手元の剣を強めに握りしめた。
すこし狭まった背後の石の歩道。
石魔獣が六体。
クロードの言い分だとこれで全部——並んだ。
アルスは、踵を返すように方向転換する。
その勢いのまま、剣を石魔獣の方へと投げた。
「青——氷柱!」
言葉が響き渡る。
剣は空間を切り裂くように進む。
投下されるかのごとく、断続的にせり立つのは氷の柱。
六体の石魔獣それぞれを、串刺しにするかのように直撃していく。
手前から役目を終えた氷が破砕し、池へと飛散する。
ぱらぱらと水を打つ音の後、最後に奥で石を叩く高い音が響いた。
仕事を終え地へとたどり着いた剣のものであろう。
魔法発動後の周囲の様子は、ともすれば見惚れるほどの光景だった。
氷の粒が浮かび、ガス灯に反射する煌めきは、まさにダイヤモンドダスト。
霧がかったように視界の悪くなるその背後で、石魔獣の影が消えた。
巨大な魔法に全て霧散したと思われるが、アルスの手元に剣はなく丸腰で落ち着かない。
早いところ剣を回収したいが氷柱が完全に崩壊するまでまだ少しかかる。
「おお、すげえじゃん」
クロードが目を輝かせ、素直に誉めてきた。
「いつもできると思うなよ。たまたま魔力の濃い遺跡内だから出力増やせるんだ。それに、本来あまりいい手じゃない……。ともかく、奥で動いてるやつは二体。急いで倒せ。これだけの魔法発動させたんだ。時間がない!」
「お、おう? まあ、任せとけよ」
クロードが、最深部方面から向かってくる奥の二体を迎え撃とうと剣を構える。
クロードの実力で有れば、二体なら十分相手にできる実力はあるだろう。
その点だけは確かに信頼している。
——本当にその点だけは。
「お前ふざけるな、俺は確かに六体倒したぞ。奥にもう一体いるじゃないか!」
細氷の向こうから現れた、角を向ける獣が一体。
「見えてなかったもんに計算もへったくれもあるかよ……」
アルスの剣は石魔獣の向こう側だ。
予備の魔石も、軍務でない以上持ってない。
アルスは、剣を無防備に手放した浅はかな自分へのいら立ちも上乗せして、クロードへ叫ぶ。
「早く他の二体倒してこっちをなんとかしろ!」
「三体……三体はちょい待て」
流石のクロードも言い返すというよりは焦っているようだ。
「ほら、ええと、とりあえず蹴るとか殴るとか一体くらいなんとかしとけよ」
「できるか!」
——鈍い発砲音が連続で響いた。
耳に飛び込んできたその音にはっとふりむくと、池を挟んだ対岸、少し距離のある向こう岸から魔法弾の白く輝く軌跡が伸びている。
アルスへ向かってきていた石魔獣は、その体の魔石に小さな魔法弾が連続で畳み掛けられ、ついには消滅した。
「テッドか……」
とりあえず助かった。
魔法弾が飛んできた方を見やると、ひらひらと楽しげに手を振るテッドがいた。
「大きな魔法使ったんでしょ! 二人とも早く離脱するよーっ」
緊迫感があるのかないのか。
呑気にも聞こえるテッドの呼びかけに、少し間を置きはっとする。アルスは石魔獣二体を倒したクロードをせかして走り出した。
剣を拾い、遺跡の外へと向かいながらテッドの方を見ると、そばには目を吊り上げ、なにかを言いたげなディレアの顔もある。
街まで戻る狭い馬車の中、どうやら説教が待っていることは間違いなさそうだ。




