第41話 赤い布
「なあ、お前さ、まだ有効?」
アルスは赤毛の唐突な言葉に腕を組み、先を促す。
「……なにがだ?」
「赤の守護者入ってくれるって話だったろ? お前結構強いじゃん。すげえな。盗賊二人組も捕まえるのにも協力してくれたんだっけ?」
元々関わる気などなかったが、いつの間にか流れができてしまっている。
断ったっていい。そのつもりだった。
それはわかっている。
「なるほど、正義の味方ごっこか……」
中々言い得て妙だ。まるで子どもの遊びのように無邪気だ。
アルスは腕組みしたまま顔を背ける。
「最近……少し暇ができたんだ。いつ時間があるか約束はできないがその空き時間でなら、協力はできる」
「おっ、暇人かよ、歓迎するぜ。実質無償奉仕みたいなもんだけど、こき使ってやるよ。この辺で困った奴らなんて、数え切れねえかんな」
少し前までの男とは別人かと感じるほどに清々しく笑いかけてくる。
「そういやまだ名乗ってなかったな。俺はクロード。お前は?」
「俺は……アルス」
今日一日で、何度名を名乗っただろうか。随分と出会いの多い一日だ。
クロードは、するりと自分の額から赤い布をはずす。
それをにぎりしめると、アルスにつき出した。
「ほら、これやるよ、仲間の印な!」
アルスは、ぽかんとした表情のまま立ち尽くす。
「あ、わりぃなんか汚ねえか? まあ、一応さ、俺等、仲間の証として赤い布身につけるようにしてんだよな。目立つし目印になるし。でも、お前にはもっと小綺麗なハンカチとかがいいのかも——」
「——いや。いい、大丈夫だ、うけとるよ」
差し出された布を掴むと、アルスは大きく息を吐いた。
「なんかいちいちお前は……」
「ん?」
悪意がすっかり消え去ったクロードの表情を目の前にして、アルスは言いかけた言葉を飲み込んだ。
やり取りがどこか気恥ずかしい。
だが、こういったものもありなのかもしれない。
誰もアルスのことなど知らないのだ。いちいち気取って大人びる必要なんてない。
アルスは少し眉尻を下げて、困ったように微笑した。
「……ありがとう」
「おう!」
クロードは満面の笑みを返す。
アルスはその表情の眩しさから視線を逸らした。まだ日の高い夏の空が反射する川の揺らぎをじっと見つめる。
——これから先、アルス様も多くの出会いがあって、様々な経験をしていくと思うんです。そうして生きてるうちに——……
頭の中でふと反芻された言葉に見守られた気がした。
その手に握りしめた赤い布は、柔らかな風に流されて、まるで返事をするかのようにはらりとたなびいてみせた。
* * *
(男は喧嘩をして仲良くなるなんてよく聞くけど、結局そんなもんなのかな……)
テッドから勧誘されたとやってきた若者と、自分の弟であるクロードが目の前で決闘を始めてしまった。
ハラハラと見守っていたが、無事おさまったようだった。
クロードとまともに打ち合うアルスの実力には驚かされた。
しかしそれより、クロードが自らの判断でチームに受け入れる展開は予想できなかった。
ディレアも上流階級の存在について、すこしばかり忌避感があることは否めないがクロードほどではない。
逆にいえば、ころっと全てを素直に信じ切れるほど純粋な経験をしてきたわけでもない。
(動きからして正規の訓練を受けてそうな……。軍の関係者? となると、どこかの貴族の後継から外れたもの、裕福な中流階級もありえるか。名前はアルス。これも本名とみなしていいのやら)
アルスと名乗った彼に恨みはないが、最低限の調査は必要だろう。
幸いディレアはそれが仕事だ。
「おっ、なんかまるくおさまったみたいだねえ」
いつものごとくお気楽な調子でそばに寄ってきた男に冷ややかな態度で返す。
「テッド。あんた、上流階級嫌いのクロードがどんな反応するかわかってて、あの子ひとりでよこしたの?」
「いい出会いになるかと思って、ね。いい加減もう少し、見える世界を広げてもらわなきゃ」
「それは同感だけど、巻き込まれたあの子の都合も考えて。結果的に丸く収まったからいいものを、怪我負わせて大事になったら……」
「いやあ流石に、こんな派手な喧嘩すると思ってなかったよ。おとなしそうに見えて意外に気が強かったね、あの子。クロード相手に剣だけでもあそこまで戦えちゃうなんてなかなかやるなあ」
「見てたなら止めなさいよ」
飄々《ひょうひょう》とのたまうテッドの方をディレアはじとりと睨む。
(……白々しいのよ)
「あの子何者?」
「さあ。道端で知り合っただけだから詳しくは知らない」
「それがなんでこうなるわけ? つくづくあんたが何考えてんのかわかんないわ」
嘆息し、そのまま酒場へと戻ろうと歩き出したディレアの背後。
どこか笑い声にも似た青年のつぶやき声がぼそりとひとつ空へと消える。
「……さて、何考えてるんでしょう?」




