第40話 なんのための言葉
アルスは、赤毛の剣を横に逃すと、準備していた小さな魔法弾を打ち込み畳み掛けた。
たまらず赤毛は後ろに引く。
その隙に、アルス自身も一気に引き、彼との距離を十分にとった。
「結構やるじゃねえの」
目の前で大剣を振り続けた赤毛は、さすがに少し疲れたのか肩で息をしている。
アルスも似たような状況ではあった。しかし、それを悟られるのが癪で、痙攣しかける呼吸を抑えて静かに息を吐く。
「……我慢比べといこう」
アルスは、構えをとき剣を一度鞘に納めた。
その様子を、赤毛は怪訝な表情をしながらもじっと睨む。
「——青」
アルスは、柄の石に手を触れ、魔石と接続する言葉を宣言する。
落ち着いた仕草で、懐から手袋を取り出すと手に嵌める。
軽く赤毛の様子を窺った。フェアプレーを笑うわりに予想通り真っ正直な男なようだ。
彼はアルスの行動を待っている。
アルスは再び剣を取り手袋に覆われた両手で柄をつかむ。
赤毛の目の前。
刀身を横に構え、ぴたりと止める。
「へえ……まともに俺の剣受け止めようってか。いいぜ覚悟は認めてやるよ」
赤毛がその大剣を構えたところでアルスは言葉を呟く。
「青——カレファク」
赤毛は魔法が飛んでくることを警戒したようだが、周囲を見ても何も変化が見られない。
再び大剣を握る手に力を込め振りかぶってきた。
「剣が折れても知らねえからな!」
「細いが、そんなにやわな剣じゃないんでね」
「——ッらァぁ!!」
叫びながら振り下ろされる剣が、重なる。
ぶつかった金属音が弾けた。
「——くッ!!」
ただ、剣が重い。腕の骨や筋肉がこれまでにないほど悲鳴を上げている。
その剣の重量もあるが、目の前の男の大柄な体格と鍛え上げられた筋力がずるずるとアルスを後ろへ押し下げる。
「クロード! やめなさい!」
あまりの様子に、今まで静かに見守っていたディレアが叫んだ。
同時に、粘るアルスの狙いにようやく気付いた赤毛がはっとする。
表情が変わり、ぎりぎりと歯を食いしばる。
「て……めぇ」
「我慢比べって言っただろ。素手であんまり無理するなよ。青——熱しろ!」
最後に言い放ったアルスの言葉は果たして届いたのか。
赤毛の大きな声が響いた。
「あっっっちぃ——!」
赤毛がついに剣を落とした。
同時にアルスも剣を手放すと、赤毛の剣を蹴り飛ばす。
そばに転がってきた剣をディレアが拾おうとし、アルスが叫ぶ。
「触るなよ、アイロン状態だ!」
アルスの言葉にディレアは、びくりと伸ばしかけた手を止めた。
「くっそ、なんだよありかよ……剣に熱加えるなんて普通やるか?」
赤毛は、座り込むとぶらぶらと手を振り、手のひらを冷まそうと息を吹きかけている。
アルスはぶつくさと文句をたれている赤毛を見下ろし、言い捨てる。
「ルール無用なんだろ。まあ、どちらが勝ちということにもならないだろうがな」
「はっ! さすが、お貴族様は謙虚で頭が高いな」
「……さっきから、苛つくんだよ、それ」
「あ?」
「おまえだって、差別してるじゃないか」
赤毛は、強い口調で喋りだしたアルスに戸惑いながらも反抗的に見上げてくる。
「俺がどういった人間かなんて知らないまま、ただ上流階級の人間だからと、ありようを決めつけて、話も聞かない。労働者階級を無条件で見下す人間が貴族であるなら、そっちだって、一方的に決めつけて弾いてきてるじゃないか」
どこか八つ当たりだと思いながらも、むしゃくしゃとした気持ちが収まらない。
「お前みたいな奴が、上流階級にうまれてきてたら、どうせ、労働者階級を嘲笑して見下すような人間になるんだよ。立場が作る悲劇はあれども、俺からすると思考は根本的に同類だ!」
「……ッ!」
そもそもはじめからこの男と戦う理由などなかった。
何かを認めてもらいたいわけではないし、勧誘された赤の守護者とやらにも積極的に入る気もない。
アルスは自身の剣を拾うと鞘に納めた。
そのまま、赤毛に背を向け、歩き出す。
「待て、どこ行くんだ」
「帰るに決まってるだろ。邪魔なのは十分理解した。元々お前らの活動に参加するともいっていない。強引に巻き込まれただけで今日はもう散々だ。テッドという男にも断りを伝えておけ」
「なあ」
背後から追ってくる気配がしたが、アルスは振り向かない。
「待てって、お前」
なぜか追い縋る赤毛の言葉をひたすら無視する。
「待てったら‼︎」
肩を掴まれアルスは振り向きながら腕を払う。
「なんだお前しつこい——」
「悪かった!」
予想だにしなかった言葉が聞こえた。
ぴたりと時間が止まったように、周囲から音が消える。
「ごめん。お前のいう通りだ!」
「……は?」
アルスは自分の聞き間違えかと思い、眉間に力を込め顔を険しくした。
激しく燃え上がったままである自らの感情に、少しの戸惑いが混じる。
アルスは半笑いで赤毛を見た。
「なんだお前は……馬鹿にしてるのか?」
「はあ? なんでそうなるんだよ。素直にお前の言い分が正しいと思っただけだって」
(こいつ……一体どういうつもりだ?)
アルスはついには怒りよりも困惑が勝り、赤毛の様子をじっと観察した。
溢れんばかりの敵意が見られた視線はすでになく、どこか気遣うように揺らいでいる。
演技でしおらしくしたふりをするほど、この男は器用そうにも見えない。
赤毛はじっと黙りこくるアルスを見て、ため息をついた。
もどかしげに後頭部をかきむしる。
「お前、別に無理に許せとは言ってねえけどよ……」
澄んだ蒼の瞳が目の前にある。
まっすぐとアルスを見据えてきた。
「ごめんなさいって、なんのための言葉だと思ってんだ」
アルスは目を見開き、息を呑んだ。
(ああ……本気なのか、この男)
言葉の裏などない。そのままだ。
この赤毛、アルスの言い分を真っ当に受け止め、反省を口にしている。
先ほどまであれほど憎しみをぶつけ、敵意を剥き出しにした相手の言葉を聞いたのだ。
「はは……」
自分の乾いた笑いが、情けなく漏れ出したのを感じる。
果たして、この状況で素直に謝れるものなど、そうそういるのだろうか。
赤の他人から、これまでの生き様まで否定されるほどの言葉をぶつけられうけとめるなど。
きっと自分も——
「……いや。すまない。そうか」
アルスはじっと考え、言葉を選ぶようにして話し出す。
「お前たちの苦しみを理解できてないのは事実だと思うんだ。それに、汚い手だなんて暴言を吐いたな。悪かった」
肩の力が抜ける。
少し前まで戦っていた相手とは別人かと思うほどに穏やかに向き合う。
「まあ、綺麗じゃないのは認めるよ。だが、汚れて困るものはこの辺じゃ持ち歩かない方がいいぜ」
赤毛が、アルスのピアスとタイのリングへと視線をむける。
「なんていうかさ、お行儀いいやつばっかじゃねえんだ、この辺は」
「……言い訳をするようだが、どちらも形見なんだ。片方は母の。もう片方は友人の」
赤毛に対して、つい素直にアルスは白状した。
尚更大事にしまい込むべきだと反論が来るかと思ったが、彼は意外にもすっと納得したようだった。
「……持ち歩きたくなる気持ちはわかったよ。そうだよな、なんかお前も、色々事情があるんだな」
赤毛がどこか寂しそうにポツリとつぶやいた。
彼の言葉をそのまま返すように、彼にも事情があるのかもしれない。




