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第39話 決闘

「ルールは特にねえ。お育ちのいい貴族様が言いがちのフェアプレーなんて生ぬるい話は嫌いだ。卑怯だろうがなんだろうが喧嘩けんかなんて勝ったやつが正義。魔法も好きに使え。どちらかが降参するか、おれが満足したら辞めてやるよ」

 

 酒場近く。赤毛の男に誘導され、川のそばにある石段を降りると、周囲が開けた空間があった。


 煉瓦レンガの壁に寄りかかり、酒をあおっていた老人がいたが、どこか察するものがあったのだろう。ちらりと一瞥いちべつしてのろのろと立ち去った。

 

「ちょ、ちょっとほんとにやるの!? もうお願いだから、ひどい怪我なんてさせないでね」

 

 ディレアが、どこか諦めた様子ながらも心配そうに声をかける。


 アルスは赤毛と少し離れた位置で立ち止まった。


 剣を抜き、その先端を足元に下げる。

 できるだけ無駄な緊張をとこうと、細く息を吐いた。


 目の前の赤毛が持つ武器は大剣だ。一般的なものより一回り以上大きい。

 対してアルスの剣は細身の長剣だ。彼の持つものと比べると、最も差のあるガード近くで三分の一ほどの幅になるかもしれない。


 赤毛が剣を構えた。


(大きいな……真っ向に打ち合うのは厳しそうだ)


 アルスは剣を握る手の位置をできるだけガードに寄せる。

 男の実力は不明だが、たたずまいから、素人ではないのはわかる。


 安易に近づき受け止めるのは危険だ。

 距離を見定め、可能な限り彼の剣を避け続ける必要がある。

 殺し合いをしたいわけではない。

 狙いは手元。武器を落とせば勝負はつくはずだ。


 アルスは自身の剣をゆっくりと持ち上げるように動かした。眼前に構えて動きを止める。


 風が吹き、かすかに土埃つちぼこりが舞う。


 瞬間、赤毛の足が踏み込まれる。

 速い。


 アルスは高速で接近した影を、拳一つ分離れた位置で避ける。


 続け様に飛んでくる斬撃。

 くうを切る風切り音が耳のそばでうなる。


 赤毛は重く大きな剣を動かす割に、一つ一つの挙動が、予想外に機敏きびんだ。


(もっと距離を取るべきだったか)


 様子見の段階とはいえ、最初の一振りをぎりぎりの状態で見切ったことに後悔する。

 連続で畳み掛けられる刃を避け続けるのには、すぐに限界が来た。


「いつまで避けてんだよ!」


 アルスは、覚悟して右手を強く握りしめる。

 次に落ちる剣筋を予測。その剣の進む道を変えるように受け流す。


「——ッ!」


「チッ——やるじゃねえの」


 反響する金属音に呼応こおうするかのように、重い衝撃が腕に響く。


(ちょっと触れただけでこれか。こいつ……真っ当な剣のみを考えれば、兵団内だとギブソンくらいしか勝てないんじゃ……)


 体格差を考えても、正攻法ではアルスが彼に勝つのは正直厳しい。


 とはいえ、だ。

 まだ、絶望するには早い。


 アルスはわずかに上がった息を落ち着け、顔色を変えないまま距離を取る。


「お前は戦いの最中も騒がしいな」


 静かにつぶやいたアルスに、赤毛が大声で返す。


「喋ってないと暇だろ!」


 余裕を主張したいらしい赤毛を、アルスはあえて鼻で笑ってみせる。


「うるさいから黙れって言ってるんだ」


「ああ!? じゃあ、お前が黙らせてみろよ!」


 赤毛は簡単に挑発に乗ってきた。

 雑に踏み込まれた赤毛の足捌あしさばきを見て、アルスは最低限の動きで避けて見せる。


 大剣を連続で振るのは体力がいるだろう。

 先ほどより汗がにじんできた赤毛の様子を見ながら、アルスは次に取るべき手を考える。


 幼少期から大人に混じって剣を構え続けたアルスは、非力さをどう補うかという点で多くの経験があった。

 力で押される以上、戦略と敏捷さで乗り切るしかない。

 年齢を重ねるうちに体力のついた今は、持久力にもそれなりに自信がある。


(魔法……いや、魔力を込める余裕もないな。大した魔法弾にならなさそうだ)


 そろそろ反撃を試みたい。アルスは剣先の角度をわずかに変える。

 赤毛は、手元へ向かおうとしたアルスの狙いをすぐに把握したらしい。

 構えを変え、その道筋を打ち消してくる。


(馬鹿正直に向かってくるだけの剣じゃない)


 力任せに剣を振り回すだけの人間かと思っていた。

 この赤毛、意外に器用に考えた剣の取り回しをする。先ほどから探り続けてはいるものの、なかなか反撃に出る案が浮かばない。


 実際のところ、赤毛の斬撃は、無駄が多い上にめちゃくちゃだ。

 本来隙だらけのはずのその剣は、彼のたぐいまれなる身体能力によって、強引にかき消されているようだった。


(こうなると持久戦か……)


 先ほどから同じ流れの繰り返しだ。

 相手の斬撃をひたすら避け続けて、それが難しくなるとなんとか受け流して距離を取る。


 赤毛の剣は重い。剣を握る右手に痛みが走り、じんじんしびれてくる。

 できれば両手で構えて受けたいところだが、そうなると反応が鈍り対応が遅れてしまう。


 片手で流せるのはあと数回が限度かもしれない。


 (どうする……)


 そもそもこれは無駄な戦いなことくらいは、アルスにわかっていた。

 さっさと立ち去り二度と関わらなければそれまでだ。


 ただなんとなく、逃げるのは違う気がした。


 例えば、貧困とスリの罪が別の問題だと言うのなら。

 同様に、国のために命を燃やす貴族の誇りと、赤毛たちが受けてきた理不尽だって別の話に決まっている。


「どうした。ちょっとは攻撃してこいよ。こんな俺みたいな低層の人間相手に振る剣もないってか。こんなところにも差別主義出してきやがって。さすが高尚な精神もったお貴族様だな」


 私腹を肥やし、贅を尽くし、反吐が出るほどの振る舞いをしているものもいることは確かだ。

 だが、上流階級(アッパークラス)を一緒くたにまとめてその誇りを否定することは――

 高貴なる者の責務(ノブレス・オブリージ)を果たそうと命をかける者までまとめて否定されるいわれはない。


 アルスは、この追い込まれた状況でもなぜだか負ける気がしなかった。


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