第38話 赤毛
「ディレア。駅の方にはいなかった。多分逆いったな。テッドの方がアタリだったんだろ」
入ってきたのは一人の男だった。
第六近衛に所属する兵士たちにも引けを取らないほど立派な体つきだ。背に抱えた剣は普通のものより一回りは大きい。
額に真っ赤な布を巻きつけており、そこから四方八方に飛びだす髪の毛は、燃えるような赤毛だ。
年齢はおそらくアルスとそう変わらない。
その顔にある獣のような鋭い蒼の瞳と視線がぶつかった。
赤毛はアルスを見て、一瞬怪訝そうな顔をする。
「誰だ、お前」
先程ディレアに向けたであろう言葉と比べ、声の調子が低い。口調もあきらかに刺々《とげとげ》しい。
「やめなさい、初対面の人間にそんな態度」
「はあ? 店開けてない時間に見覚えない奴いたら警戒するに決まってんだろ」
「別に敵じゃないわ。彼、あんたの始末つけてくれたのよ。テッドと一緒に盗賊捕まえて、鍵持ってきてくれた」
赤毛は警戒を緩めない。アルスをじろじろと舐め回すようにしてみてくる。
これまでの会話から推察するに、彼がディレアの弟であり、赤の守護者のリーダーなのだろう。
「大体あんたが馬鹿やったせいでこっちは散々振り回されたの! あんた、ほんと戦う能力以外ただの馬鹿なんだから」
「ちょっと黙ってろよ、ディレア!」
赤毛がいらいらとディレアに向かって叫んだ。
そのまま、アルスの方へ不機嫌に言い放つ。
「おい、とりあえずお前はこっから出て行けよ」
あまりに率直で露骨だ。
アルスはどう対応していいか分からず、ディレアの顔をちらりと見る。
「やめなさい。この子は頼まれてここにきたの。そもそも彼はなんの悪いこともしてない。むしろ助けてくれた方よ」
「知るかよ。たまたま、今変なそぶりが見られないだけだろ? だってこいつあきらかに上流階級の人間じゃねえか」
アルスは短時間の観察でしっかりばれているらしい自分の身分に少しがっかりする。
加えて、この見知らぬ男からの明確な敵意だ。
上流階級の身分が、労働者階級のものからすると、憎まれる立場になることもあるのは知っていた。
とはいえそれを、このような形でろくに対話もできぬまま、一身に受けるのは辛いものがある。
「すまない。とりあえずテッドにあったら出て行くから、それまで待たせてはくれないか」
このまま、テッドの戻りを待たず出ていこうかと頭によぎる。
しかし、これが最後であるのなら明確に断りを入れて終わりたかった。今後再び、面倒ごとに巻き込まれでもすると困る。
「そうよ、そもそもテッドがわざわざ『赤の守護者』に入らないかって勧誘までしてきたみたい」
ディレアの話ぶりに、アルスは渋い顔を浮かべた。
この男、この態度を目の前にしての、彼女の発言。さすがに少し恨みたくなる。
これでは火に油。更なる針の筵だ。
案の定、肩をいからせて、赤毛がアルスの方へと近づいてきた。
「言っとくが、俺はな、貴族だか郷紳だか……そういうものが大っ嫌いなんだよ」
「あー……なんなら外で待った方がよければ、すぐにでもそうしよう」
できるだけ穏便に済ませようと提案するものの、睨む赤毛の視線はそのままだ。
ディレアが焦るように赤毛を宥める。
「とにかくさ、なんかわりと腕に自信ある子みたいだし、盗賊捕まえてくれたのならそれは嘘ではないと思うし。テッドが帰ってくるまでは待ってもいいんじゃない?」
ディレアの言葉を受け、赤毛の色素の薄い蒼の瞳が細くなる。
アルスの方を見てせせら笑った。
「へえ……腕に自信があるねえ……」
アルスはそっと、体の角度を変えた。椅子に座った体勢からわずかに腰を浮かす。
赤毛の挙動に警戒しながら言い返した。
「別に人よりは多少剣を扱ってきたと言っているだけだ。自信があるわけではないし、ましてや腕をひけらかす気もない」
「いいぜ表に出ろ。抜けよその剣」
「わざわざ無駄に戦わないといっている。気に食わないなら出て行く」
こういった状況で、即座に剣に手を伸ばすと負けだ。
敵意を返すのも逆効果かと、じっと動かずにアルスは耐える。
「うるせえよ。生ぬるい世界で生きてる上流階級がどれだけやれるか知りてえし」
話を聞かない赤毛の理不尽さがひたすら刺さる。
赤毛がカウンターの机へ手を叩きつけた。
その音で僅かに顔を歪めたアルスの方に、手が伸びてくる。
「あのなあ、俺らみたいな身分じゃ、こんな透明度高いわりに中身の入ってない、飾り立てるだけの石なんて手に入らねえんだよ」
赤毛はアルスの耳のピアスを弾くと、胸のタイを引っ張る。
「嫌味かよ。労働者階級の人間を人と思っちゃいない。汚いもの見るような目でいっつも差別して見下してくる。普段、好き放題欲しいもの手に入れて、いいものたらふく食って。お前ら、朝から晩まで働いて、毎日腹空かせて、寒さに震える世界なんてどうせ知らねえだろ」
眼前で赤毛のがなり声が止まらない。
「上流階級の剣なんてただの飾りだろ。神だか国だかに誓って、高尚な精神振りかざしてるようで、結局格好つけることしか考えてねえ。戦場でも何度か見たぜ。ご立派な使命振りかざして何にもできずに言い訳しながら死んでいくやつ。そういう馬鹿みたいな戦いっぷり、せっかくだから少しは見せてみろよ!」
はらはらと見守るディレアも言葉が見つからないのか、不安そうにアルスの様子を窺っている。
動きのない、静かな時間がしばらく続いた。
アルスが俯き黙りこくる様子から、赤毛がつまらなそうに舌打ちをする。
赤毛は手応えのなさを感じたのかそばを離れようと、背を向けた。
「……るな」
ようやく聞こえたアルスの微かな声に赤毛が振り向く。
「あ?」
アルスは、今度はよりはっきりした口調で繰り返した。
「汚い手で触るなって言ったんだ」
「な……んだ、てめえ」
気配の変わったアルスに、赤毛がたじろぐ。
「いいだろう。気が変わった」
アルスは、そばにあった自分の剣をぶんどるように手繰り寄せると、外の扉へと足を向ける。
当初はよそよそしく音を響かせぬよう歩いてみせたが、もはや構う気も起きない。
どこかに残った冷静な頭で、感情任せに木の床を踏み鳴らしている自分を分析する。
男の言うことも事実が含まれているだろうし、自分が甘えた身分であることも間違いない。
ただそれでも。
国を憂い行動し、命を賭してその役目を果たそうとするものがいることを知っている。
赤毛の言葉は、高貴なるものの責務の精神を持つ、彼ら全ての思いまで汚すようで、許せなくなった。
なんなのだろうかこの世界は。
どこへ行っても仲間はずれだ。
恵まれた世界にいると言い聞かせて。
不満など持つべきではないと言い聞かせて。
そうやって物分かりのいいように、振る舞ったところで、辛いものは辛いし、嫌なものは嫌だ。
このひと月。たまりにたまった、どこか無茶苦茶に暴れ出したいような、やりどころのない思いの発散場としてちょうどいい。
アルスは、気持ちを無理矢理に誤魔化し抑えこむのを、やめることにした。
振り向くと、赤毛は言葉もなく立ち尽くしている。
その様子を見て、アルスは冷ややかに笑う。
「どうした? やるんじゃないのか?」
赤毛はすぐに我に返った。
「はっ! いい度胸じゃねえか……」
彼は、まるで獲物を見つけた獣のように、瞳を光らせ口角を上げてみせた。




