第35話 貸本屋前の攻防
男二人は特徴なく、街の風景によく馴染んでいた。
庇のついた平たい帽子を目深に被り、黒ずんだ焦茶の上着の襟を立て、周りの歩幅に合わせて歩く。
似たような格好ではあるが、一人は大きな麻の布袋を抱えていた。
盗賊たちはきょろきょろと首を動かし、視線で合図し合うとお互いの距離を少し取った。
彼らの行く道の視界の先には一軒の貸本屋が見える。
十中八九、狙いはあそこだろう。
「で、具体的に何をしろと?」
盗賊たちから、通りの角一つ分離れた距離。アルスとテッドはあとをつけていた。
「さっき説明した通り、二人組はどこかで二手に別れることになるでしょ。その片方よろしく!」
アルスはその後に続く言葉を待ったが、そのまま無言が続く。
「……指示は終わりか?」
「え? なんかほかに確認することあるっけ?」
テッドが盗賊二人から目を離さないまま、呑気な口調で返す。
「お前……雑すぎないか」
「ええ? 君の戦い方知らないしさ。とりあえず殺さない程度に取り押さえてくれればいいよ。多少の打ち身くらいは許容範囲と思うけど、街中だしあんまり激しく流血沙汰になるのは勘弁して欲しいかな」
「せめてどっちを担当するかくらいは言えよ」
苛立つ視線を向けるアルスの横で、テッドがはっと表情を変えた。
「動いた!」
言葉につられ、振り向く。貸本屋の店先にいた紳士から、財布を掠め取る男の仕草がアルスの目に映る。
「——じゃあ、あとは頼んだよ、アルス!」
「は⁉︎」
テッドはアルスの背を軽く叩き、盗賊の片方を追いかけ走り出す。
無茶振りにも程がある。
「その男、スリだよ‼︎」
あっという間に、叫ぶテッドの背中が遠ざかっていった。
(——仕方ない、なんとかやるしかないか)
アルスはもう一人の男の居場所を見失わぬよう、店の方へと向かう足を早めた。
不意に起きた騒ぎで、幾人か居た客や周囲の街の人々がざわついていた。
店主も気を取られ、店先へと出てきている。
注意して貸本屋の様子に目を向けると、例の麻袋を抱えた盗賊の男がそろりと本棚へと近づいている。
左右へ目配せし周りを窺う男の姿を見て、アルスは剣の柄をそっと握りしめた。
人の影に隠れながら、アルスは逸る気を抑えてさらに近づく。
アルスの視線の先で男が、見繕った数冊の本を鮮やかな手つきで袋に放り込む。そのまま何事もなかったかのように野次馬の仲間入りをしながら自然と歩き出していた。
男はテッドが追いかけていった仲間の男とは反対の、元来た道を戻ってきている。
——つまり、アルスのいる方だ。
アルスは鞘に収めたままの剣を水平に伸ばす。
横を過ぎようとした男の行く道を塞いだ。
「待て。その本は置いていけ」
男は目深に被った帽子の中の顔をあげる。
はっと目が合ったそのとき——
響いたのは甲高い金属音。
その音が、転がり落ちて遠ざかる。
アルスは、男が取り出した短剣を、鞘の先端で弾きとばしていた。
「——くそっ!」
男の舌打ちは焦りそのものだ。腰元から、隠し持っていた別の短剣を取り出してきた。
周りから悲鳴や怒号があがり始める中、アルスは冷静に対峙する相手を観察する。
(——握りが甘い。素人だな)
この男、盗みの専門家でも戦いの専門家ではない。
男の手に狙いを定め、鞘付きの剣で突き上げると、男は一瞬で短剣を失った。
男は歯噛みし、アルスの方を睨んでいる。
(この様子だと、これ以上の武器はもうなさそうだ)
足を引っ掛けるか胴を打ち付けるか。
アルスは、男に大きな怪我をさせず、取り押さえる方法を悩み、躊躇う。
その瞬間、自分の方が盗賊の行動について素人だったと気づいた。
「邪魔すんじゃねえ!」
「——ッ⁉︎」
男が放ったのは——粉。
アルスは思わず顔を庇う。
それが何物かは香りでわかった。眼前にぶちまけられた嗅ぎ煙草に怯む。
続けて男は盗んだばかりの本を取り出し投げつけてくる。
(本の扱いが雑すぎる——)
伸ばした手の先で本が掠める。その感触にアルスは顔を歪めた。
本は進む角度を変え、落下していく。
地に着く前にと、指先に走る痛みを抱えたまま手を伸ばした瞬間——
眼前に迫ってきたのは男の拳。
アルスにはもはや為す術がない。
わかりやすいところに痕がつくのは言い訳が面倒だな、とだけ言葉が浮かんだ。
——その時。
アルスの視界に一筋の光線が走る。
同時にくぐもった破裂音が耳に届いた。
「なっ……」
アルスは反射的に閉じかけた瞳を一気に見開いた。
目の前に浮かびあがった白い軌跡は、あっという間に男の体を突き刺し、過ぎてしまっていた。
なんとか本を掴みきったアルスは、音のした方角へと急いで目を向ける。
ちょうど先ほどの貸本屋付近。
そこにいたのは、こちらに銃口を向けて立つテッドだった。
アルスは慌てて、足元で倒れ込んでいる男のほうを見る。
(流血はない……?)
男は目立った怪我もなく正常に呼吸しているようだ。
そのまま、先刻みた光景を思い返して驚愕する。
(——火薬弾じゃない……⁉︎)
絶妙に威力の抑えられた魔法弾を背に受け、男は気絶していた。




