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第4話 馬車の中

 ギブソンは、駅前までの戻る道を歩く間、アルスの横にぴったりと張り付いた。


 先程の新聞売りの少年は、奪われたはずの巾着が手渡されると、うるんだ瞳のまま何度も言葉をつっかえながら礼を伝えて来た。


 アルスはそれを見てわずかに微笑したが、先ほどの男の様子が頭に残ったまま消えず、新聞売りの話が全く頭に入らなかった。

 



 ギブソンに誘導され、アルスはようやく馬車に乗り込む。

 無言のまま、外の景色を眺めるように横を向いた。

 すぐに動き出した馬車の対面の席から、ギブソンの視線を感じる。


「さて、アルス様、言いたいことはわかりますな?」


「……迷惑をかけた。すまなかった」


 アルスは目の前に座ったギブソンの方を見ることができなかった。


「アルス様、いくらご自身の実力に自信があろうとも自ら危険に飛び込む真似はおやめください。さすがに肝が冷えました。貴方様に何かあったら……」


「俺に何かあったとして困ることは本当にあるのか? 病気の弟がいて帰れなくなる以上に?」


 思わずギブソンの言葉をさえぎる。

 アルスは自分の複雑な気持ちの正体がなんなのか消化しきれずにいた。


 しんと静かになった空間に、すぐにはっとし、アルスは顔をゆがませる。


「すまない……つい感情的になった。忘れてくれ」


 ギブソンは少し間を置くと、言葉を選ぶように話し出した。


「アルス様、全ての人間が敵というわけではありません。私は貴方のことを――王族の方相手に失礼を承知でいいますが、自分の子や孫のように、大切に思っておりますよ。剣術の弟子でもありますしね」


 アルスはギブソンの言葉を聞き、一瞬目の奥に力がはいったが、なにも答えなかった。




 しばらく馬車の中は静かな旅となった。


 ギブソンは、買ったばかりの新聞を広げた。文字を読むに快適とは言えないはずの揺れる馬車のなかで、それを気にすることなく読み進めていた。


 新聞によって、二人の間の視界が遮られている間、アルスは居心地の悪さから解放された気分だった。

 そのまま王都の街並みを、ぼんやりと眺めながら過ごした。



「メルトの独立運動に、アーナヴァルタとの貿易問題に加えて、南部での反乱軍との小競り合い。最近は何かと騒がしいですな」


 ギブソンが、記事の感想を他人事かのようにぼやいた。

 時間を置いたおかげかアルスも落ち着いており、ギブソンの言葉に反応を返す。


「そんなに軍や議会が慌ただしいならなぜお前はここにいる?」


「ふむ、そこです」


 ギブソンはリンデルの軍部では名を知らぬものがいないであろうほどの英雄の一人である。

 軍の要職についており、本来は、王家から遠ざけられ政治的に関わりの薄いアルスのお守りなどしているような人間ではないはずだ。


 ギブソンは声の調子を落とし、静かに話し始めた。


「王に対し、少しばかり余計なことをいいすぎましてな……メルト鎮圧部隊の旅団長の任から外されました」


「は……っ!?」


 メルトはリンデルとは北の海を挟んだ向こう側にある島国である。

 独立した国として十五年前まで存在していたが、今ではリンデルが実効支配している場所だ。

 ギブソンはそこで起こった独立運動鎮圧の重責を担っていた。


 周りからの信頼も厚く、先代から重宝されて来たギブソンを、王の独断で一線から退かせたという報告は、軽い気持ちで聞いていい話ではない。


「ちなみに今の位は大佐です。少し身軽になってきました」


「ギブソン。将官から佐官への降等をそんな気楽に話すのはやめてくれ……」


 元の位は少将だったはずだ。

 当の本人は飄々《ひょうひょう》としているが、政治的な事情から離れて過ごしているはずのアルスもすでに冷や汗が出てきた。


「次の職も決まっておりますので心配ありません。第六近衛兵団の団長です」


 ギブソンの言葉にアルスは首を傾げる。


「近衛兵団に第六なんてあったか……?」


「貴方の警護部隊が新設されたのですよ、アルス様。ですからお迎えに上がるのも当然ということですな」


 軽快に笑い飛ばすギブソンとは対照的に、アルスの顔がさらに曇る。


(俺に警護部隊なんて本来不要のはずだ)


 なるほど、これは立派な左遷させん部隊の新設といったところだろう。

 王家直轄の近衛兵団は、最上級の精鋭部隊から名誉職に近いものまであるが、まさか自分の名をこういった形で利用されるとは思わなかった。


 王がギブソンをいくら目障めざわりと思ったところで、陸軍内で英雄と名高いギブソンの扱いをあまりにも粗末にするのは問題だ。


 近衛兵団の団長という肩書きに押し込めておけば言い訳もきくだろうし、アルスのそばであればギブソン自身の文句も出ないと踏んだのだろう。



「ギブソン、いったい王にどんな喧嘩を売ればこうなる」


「植民地への弾圧よりも、まずは自国の反乱軍をなんとかすべきだとお伝えしただけですよ」


「……確かにメルトの鎮圧を任されている人間がいう台詞ではないな」


 そう返したものの、ギブソンが考えなしの発言をしたわけではないことはアルスにもわかる。


「なぜ反乱軍を気にする? 新聞によると、反乱軍は南部でくすぶっているだけで既に虫の息なんだろう」


「ああ、そういうことになっていましたね」


「……実態はそうではないと言いたげだな」


「ええ、国がそう覆い隠しているだけですからね。あちらは発展も遅く、情報も入りにくい。横断鉄道の開発も遅れていますし、都合がいいんですよ」


 アルスは少し考え、発言する。


「メルトを優先したい王としては、南の反乱軍の方は、今のうちは誤魔化しておいて、後から対処する腹積もりということか」


「ええ、その通りです」


 ギブソンはアルスの言葉にうなずいた。


 アルスは複雑に絡み合う国家間の事情を正確に把握しきれていなかったが、他国に弱みを見せないために国が必死だということはわかる。



「しかしあまりにも実態と離れた隠蔽いんぺいは逆に正しい行動ができなくなり、別の問題が起きかねないと考えています」


「別の問題……?」


「国は本気になればいつでも潰せるつもりでいるようですが……」


 ギブソンは、不気味に微笑む。


「反乱軍など大したことないと侮っていると足元を掬われるということですよ」


 アルスは内心ぞっと震えて黙る。ギブソンの存在はたまに別の世界の人間のように遠ざかることがある。




 深く息をついたアルスは、外の景色に顔を向けた。


 ギブソンが語る世の中の実情と、スリの男の言葉が頭の中を駆け巡り、整理がつけるのが難しい。


 ふと気がつくと、すでに王宮近くの湖のそばまで来ており、見覚えのある種類の木々と、湖畔こはんの山々が窓の外を彩っていた。


 王宮から離れて数年。


 戻ったところで、どこかに飛ばされるか、王宮内にいくつかある館でひっそりと暮らすか。

 今のところ命を取られる予定まではないが、表舞台に出ていくことはないだろう。


「俺は世間知らずだな」


「おや、そう思うのですか」


「だって、そうだろう?」


 アルスは窓の外へ顔を向けたまま、横目でギブソンに視線をやり、肩をすくめる。


 ギブソンは、アルスとまっすぐに向き合った。

 穏やかに、そして慎重な声音で言葉をかける。


「……アルス様、それは、必ずしも悪いことではありません。知らないことが身を守ることもあります」


 ギブソンは、一つ呼吸を置いた。


「ただ、王があなたにそうであるよう仕向けていることは理解しておく必要があると思いますよ」



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