幕間 ギブソンの話(下)
比較的浅い階層に出現する石魔獣を前にして、アルスは初めてとは思えないほどに立派に剣を振った。
核を捉えることを目的とした剣の扱いや、魔法との使い分けなど、すこし助言を加えると面白いほどに吸収していく。
しばらくすると細かく指導することもなくなってしまった。
ギブソンと家庭教師は、アルスの少し後ろを付き歩いた。
「アルス様の剣捌きに感心します。随分と熱心に指導なさっているのですね」
家庭教師は普段、剣術の訓練の際にはアルスの側に張り付くことはない。
アルスをギブソンに預けると、別の仕事のためすぐに立ち去っているからだ。
そのためアルスの剣の扱い様を、あまり把握していなかったようだ。
ギブソンは自分が誉められたかのように気分が良くなり、満足げに顎髭を撫でる。
「アルス様自身の努力の成果ですよ」
「とはいえ闇雲にやっても形にはならないでしょう」
「まあ、訓練内容はブライアンに作成させたんですが。それを忠実にやった結果でしょうね」
「おっと……あの鬼のブライアン大尉ですか。それはいわゆる『ガチ』ってやつですね」
ギブソンはうっと言葉に詰まると、後頭部を掻きながら言い訳をする。
「しかし、もう九歳ですからな」
「……まあ、五歳よりはしっかりしてますか」
家庭教師がくすくすと笑う。
ギブソンは少し声を顰めて彼に尋ねる。
「ユーフェミア様の元気がないというのは何か理由はわかっておられるのですか」
「母君、イザベラ様のそばに仕える使用人の陰口だそうです。『王にちっとも似ていない出来損ない』と」
「なんと……随分と立場を理解していない大馬鹿がいたものですね」
ギブソンは眉間を抑え首を振る。
「そして、それをイザベラ様も聞きながら嗜めることもなく笑ったと」
「なるほど。あの女狐が元凶と。大体似ていないのはそもそも——」
「ギブソン少将。噂好きなのは結構ですが、ここは王宮のある城砦内の遺跡ですから。不用意に行きすぎた発言はおやめになった方がいいかと」
家庭教師が、眼鏡の奥の瞳を光らせて、笑みを浮かべる。逆らいがたい雰囲気で釘を刺してきた。
ギブソンは誤魔化すように話題を変えた。
「王妃様は魔法が得意とのお話でしたね。アルス様も年齢の割に下手な兵より強力な魔法を放つので驚きます」
「得意、で済めばいいんですけどねえ……」
軽くため息をつくように苦笑する家庭教師を見て、ギブソンは困惑した声を返す。
「はあ?」
「いえ、すみません。——しかし、魔石を取るにはもう十分な気がするんですが長いですね……」
家庭教師と共にアルスの様子を窺う。
アルスの腰元にある巾着をみると魔石は十分な量が集まっているように見える。
「アルス様、そろそろ終わりにしましょう。その一匹を退治したら——」
家庭教師が声をかけたその時。
アルスの膝が折れ、そのままふらついて体勢が崩れた。
彼のそばには一匹の小型犬の姿をした石魔獣がいる。
よろけたアルスの隙を狙って、牙を剥き出しにし、いままさに飛びかかろうとしていた。
「アルス様!」
魔獣がギブソンの気迫に怯み、ぴたりと動きが止まる。
所詮、第一層の石魔獣だ。
洞窟内に反響した自身の声が収まる頃には、ギブソンの剣により、石魔獣は霧へと変わっていた。
構えを解いたギブソンの背後では、アルスを抱え庇った家庭教師が話しかけている。
「怪我はありませんか? アルス様」
「問題ない……」
呆然とするアルスの姿を見て、ギブソンは油断していた自分を恥じた。
アルスはまだ小さな少年なのだ。
魔法や剣術の才能がいくら大人よりあったところで、その体力ばかりはどうやっても穴埋めできるものではない。
何処かできちんと止めてやらねばならなかった。
疲弊し、黙り込んだアルスの様子に心を痛めながら、ギブソンは遺跡離脱への道を先導し始めた。
* * *
「アルス様。どうしてここまで無茶をなさったのですか。これだけ集まっていれば十分だったでしょうに」
遺跡から地上に戻り、ギブソンが庭の東家の下でアルスを諭す。
ギブソンは、できるだけ穏やかな物言いにしたつもりだった。
しかし、普段から品行方正に過ごしてきているアルスにとってはこの言葉が重く響いたようだ。
わかりやすく落ち込む様子が見て取れる。
アルスは何度か口を開こうと言葉に迷い、ようやくのろのろと声を形にし始めた。
「最初はエフィにって思っていたんだ。だけど、エフィの分を探しているうちに、他の人にもあげたくなって。母様やお祖父様にと思うと次は、ギブソンや先生にあげないのもなんだか嫌だし、そう思うとどんどん増えていって……。俺はいつも誰かに何かをしてもらってばかりだから……」
そのまま俯き、アルスは黙り込む。
ギブソンはその様子とアルスの言葉から、自身の目頭がつんと熱くなるのを感じた。
正直にいって、ギブソンはこういうことにたまらなく弱い。
「あー……ギブソン少将。その……しつけは私の方の役割ですので素直な反応をなさって結構ですよ」
家庭教師が笑いを堪えながら小声で伝えてくる。
ギブソンはその厳つい髭面を、アルスへとまっすぐに向けた。
「アルス様の優しさをこのギブソンにも向けていただけるなんて、私は本当に幸せ者です」
破顔したギブソンを見て、アルスはほっとしたように控えめな笑みをみせた。
* * *
城へと戻る道すがら、ギブソンは、アルスと家庭教師が並んで歩く少し後ろを歩いた。
前を行く彼らの会話をギブソンは耳にする。
「先生。父様は、受け取ってくれるだろうか……」
家庭教師は、アルスの言葉に一瞬間をおいた。
表情は、ギブソンには見えない。
ゆっくりと穏やかに家庭教師の言葉がアルスに返る。
「忙しくされていらっしゃるので、手紙を書きましょう。それに添えると良いと思います」
「そうだな、そうする」
ギブソンは目を伏せ、視線を彼らの影へ落とした。
ただ少年の優しさが報われることを願うばかりだった。




