幕間 ギブソンの話(上)
「今、何とおっしゃいましたか?」
アルス王子を連れた眼鏡の男が、柔和な顔で申し訳なさそうに苦笑を返す。
王子の家庭教師の立場である彼へ聞き返した声は、城砦内の庭で思った以上に響いた。
ギブソンは、実のところ、自分が豪快で奔放な性格であることをしっかりと自覚していた。
軍でそれなりの地位に就くほど名を馳せることができたのは、その性格の助けもあったからだとも言える。
どちらかというと型破りな物言いに驚かれてきたものだ。
しかし——
「アルス様を遺跡へお連れしろとおっしゃいましたか?」
あまりに信じられない言葉であるため、再度確認する。
「ええ」
石魔獣の巣窟である古代遺跡探索。それは軍に入りたての新兵などでも慎重に時期を見極めるものであるはずだ。
ギブソンの問いを肯定する家庭教師の横で、小さな少年が顔色を窺って見上げてくる。
「一緒に行くならギブソンがいいと俺が言ったんだ。駄目だっただろうか」
少し不安そうな表情をした少年——アルスを目の前にしてギブソンは少し声の調子を落とす。
「……アルス様はまだ九歳なのですよ?」
この場にブライアンも同席していたら「意外と常識あったんですね」とでもいわれそうだった。
「練習で剣を振ることとはわけが違うのです。王妃様も心配されますでしょうに」
ギブソンの言葉を聞き、家庭教師とアルスは複雑そうに顔を見合わせた。
「ええと……母がいってこいと提案してきていて……」
「なんというか、シャーロット様は五歳の時に、あのくそ馬鹿……失礼、父親のグウェルフ大佐に連れられてデビューしておりますので、言い訳が聞かず……」
グウェルフ大佐——過去の大戦時で劇的な最期を遂げてから日が経ってもなお、ギブソンが尊敬の念を捧げてやまない存在だ。
この家庭教師、大佐に対して、なにか口汚い修飾をつけようとした気がする。
だが、それよりも問題発言が飛び出てきてそれどころではない。
「五歳……とはつまり五歳ですか」
「ええ、五歳です」
ギブソンは、子育てを妻や使用人に任せきりで自身の子の成長を詳細に追っては来なかった。
それでも、五歳というのがまだ非常に未熟で幼い存在であることくらいはわかる。
「……なるほど、とんだおてんばだ」
「王妃なんて称されても結局中身は脳筋ゴリラですからねえ」
「流石にその言いようは……」
ギブソンは家庭教師へ咎める表情を向けた。この国の王妃に向けた言葉としては不適切すぎる。
すると、アルスが真面目な顔をして庇い始めた。
「母は、むしろそう言われると喜ぶ。『パパみたいでうれしいっ!』と」
アルスの言葉を受け、ギブソンは顔が引き攣った。
どういう表情をするのが適切か悩んだからだ。
家庭教師はにこにこと毒を吐き続ける。
「まあ、どうであれ、五歳を遺跡に連れ出すだなんて、親が大馬鹿なのは間違いないですね」
王妃への暴言のみならず、先ほどわずかに耐えたはずの大佐への悪口まで、解き放たれた。
この家庭教師、確か王妃シャーロットからの縁でグウェルフ家から連れてこられた人間と記憶している。
主人といい、その関係者といいグウェルフ家は常人が理解するに難しい家のようだ。
「うーむ……グウェルフ大佐も豪快な方でしたからな」
上には上がいる。
ギブソンは、自分の名など霞むほどの伝説級の英雄グウェルフ大佐が、とんでもなく常識外な人間だったことを思い出していた。
「アルス様」
ギブソンは膝を曲げ、小さな王子に向きあった。
「なぜ、遺跡に行く必要があるのか教えていただいてもよろしいでしょうか」
「エフィの……元気がないんだ」
「エフィ……。ユーフェミア様のことですか」
アルスは頷く。
「母に相談したら、女の子はきらきらしたものやお花が好きだから、それを渡すといいと教えてくれた」
アルスは、そわそわと家庭教師の顔色を確認する。
見上げた先の眼鏡の奥の瞳が、優しく緩んだことに安心したらしく言葉を続ける。
「花は一から育てるのに時間がかかる。きらきらしたものなら遺跡に潜って魔石を手に入れたらなんとかなると思った」
「随分と手間をかけた贈り物を準備なさろうと考えているのですね」
「……人に手配を頼めば楽なのはわかるが、俺自身が物を用意したことにはならない。自分自身で手に入れることに価値があると思ったんだが、違うか?」
アルスは、自信なさげにギブソンのことを見つめてきた。
この小さな王子を前にして、ギブソンの心は決まった。
「わかりました。私でよければ、ぜひお供させてください」
かつて、グウェルフ大佐も幼子を抱えて遺跡へ入ったという。
比べてアルスは、子どもとはいえ、剣や魔法はその辺の適当な若い兵よりもよっぽど優秀だ。
家庭教師が、アルスの肩にそっと手を添えた。
「私も付き添いますので。剣は扱えませんが魔法はちょっと得意なので信頼していただいて問題ないですよ」




