幕間 ジャックの話Ⅴ
「俺は無理にお前を囲い込む気はない。出世の機会があればそれを逃すべきではないと思う。――だが、他にやることのない間は手を貸してくれると助かる」
そう言ってジャックの言葉を受け止めた王子アルスの従者の任を、ジャックは受けることにした。
従者の仕事は、過去、従卒まがいのことをさせられていた為、それほど苦労はしなかった。
第六近衛兵団のほうは、団長のギブソン大佐、副官のブライアン大尉を除けば士官が自分とあともう一人しかおらず、むしろこちらの職務の方が忙しいとも言えた。
手のかかる団員の世話の合間に、王子を世話する従僕たちへの指示を出し、兵団の執務をし、アルスの様子を窺い、目まぐるしく人間を管理して回る。
直接的な多忙さや疲労などは、以前と比べると楽な方とも思えたが、並行で職務をこなすととにかく時間の管理が煩わしい。
あまりに時計との睨めっこが激しく、なんの愛着もなく使い続けていた懐中時計をやめ、最新式の腕時計に買い換えた。
アルスは確かに、父や堅物で有名なブライアン大尉などとは違った方面の真面目さをよく見せた。
度々気にしていたリブラル城の薔薇園の庭いじりに誘った翌朝に、さっそく寝台横には植物の育て方の本が数冊置いてあり、思わずふき出す。
「真面目だなあ。なにかいてあるんだこんなの」
一瞬本を開いたが文字がぎっしり詰まっていることだけを確認し、すぐ閉じる。
まだ眠っている本人の様子とついたままの読書灯見る限り、昨晩遅くまで読み進めたのだろう。
腕時計を見て、まだしばらく余裕があることを確認すると、カーテンを開けないまま、読書灯を消し、一度部屋から退室する。
アルスは、ジャックの今までの人間関係にはいなかった種の人間だった。
大人びた言動や、自分よりも優秀な知識量と剣術をみると頼れる同僚でもあり素直に感心することも多かった。
この王子は、生まれ育った環境のせいかたまに人間関係にぎこちなく臆病さが見られた。
ジャックが堅苦しさを取り払い、親しみを持って接すると、嬉しそうに反応を返す。
本人は隠しているつもりなのか表情は大きく変わらないものの、態度からして一目瞭然だった。
そのような姿を見ると、ジャックは弟か若い部下のように可愛いがってやりたい衝動に襲われた。
たまに不安そうな表情を見せた時など、他の兵らと同じように、頭を強引に撫で付け気楽に背中を叩いてやろうかとも思うのだが、流石にそこまで一線を越える勇気はなかった。
(本当に変な王子だな……)
彼の意表をつかれる言動や行動によく笑わされる日々だった。
ある朝の支度中、アルスのネクタイの結びを整えるのに真剣になっていると、アルスがぽつりとつぶやいた。
「ジャックは緑が好きなのか?」
「え……?」
思わず手が止まり、目の前の滑らかな手触りの緑のネクタイ生地をじっと見つめる。
好きな色というのは考えたこともなかった。
「いや、勘違いだったらすまない。ネクタイや、ハンカチだったり、俺の身の回りに緑のものが増えた気がして」
「……そういえば、好きですね」
「今気づいたような言い方だな。お前の耳飾りも緑の石だろう?」
呆れたように指摘するアルスの言葉は大変もっともで、自分でも驚きながら納得する。
「確かに! いや、なんでしょうね。愛国の、印、かな?」
「愛国……国旗が緑色だからか?」
「おそらくそうですね。なんだか見慣れてるというか軍服みたいにしっくりくる色っていうのか」
リンデル王国の国旗は、その面積の多くを緑で占めている。
由来については、講義でやった気もするし、聞けばこの蘊蓄好きの王子の方が饒舌に語ってくれそうだがジャックはあまり興味がなかった。
そんな自分が愛国者を自称するのもおかしな話かもしれない。
「なんだかジャックらしいな」
アルスから出てきたのはよく聞く褒め言葉だったので
「育った環境のせいですよ」
とだけ返して肩をすくめた。




