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幕間 ジャックの話Ⅳ

 第一近衛兵団へ入団してしばらく経ったのち、父が議会の長たる宰相に就任した。

 規定により、この職務に準じている間は、軍人との非公式な場での接触は禁じられることとなる。


 家族の立場であるため、本来ならば適当に濁されてもおかしくはない。

 それでも厳格な父のことであるから、しばらくの間ジャックとの連絡については滞ることが予想された。


 ジャックもあえて連絡を取ることはしなかった。


 父とやりとりするのは年に一度。その内容も特別な祭事における既成のカードと、お互いのサインのみだ。


 上官から好かれ、順調に事を進めようとしているジャックに向けて、陰口が聞こえてくることもあった。


「まるで召使いではないか」


 下士官以下では立ち入れない会合において、従卒じゅうそつじみた下働きとして上官の世話までするジャックの様子が気に食わないらしい。

 自身も将校しょうこうの身であるのに、と。


「あそこまで成り下がりたくはないな。家名に傷がつくぞ」


(ハッ! ほざいてろ、阿呆)


 口先だけのやつなんて所詮大した事ないことを知っている。

 いちいち気にしたり、傷つくほど暇ではない。


 ジャックは軍の士官という組織の枠に取り込まれ、すぐに察した。

 わかりやすく戦闘能力を高める下士官以下の一般兵や技術を磨く工兵とは違うのだ。

 多くのものを守るには力がいる。


 自分が何事かを成すには——力を発揮するには出世が必要だ。

 そのための手段の一つなら喜んで下働きでも雑務でもこなしてみせよう。


 しかし――。



「第六近衛兵団に異動……って⁉︎」


 ジャックは直属の上官であるグレイ少佐から呼び出され、告げられた言葉に愕然がくぜんとした。


「すまないジャック」


「少佐。私は何かしましたか? 何故……」


「お前のせいではない。私もマークス中将から通達を受けたばかりで混乱している。少なくともお前を手放したくて差し出したわけではないのだよ」


「ならば何故……だいたい第六なんて存在初耳です」


「あまり知られていないんだが、前王妃様の子である王子が今度王城へ帰還するらしい。その警護部隊が新設されるんだ」


「知らないですよ……そんな王子聞いたこともない……」


 少尉から中尉への進級も目前だと言われていた中、ここで急な足止めだ。

 それどころかほとんど降等に近い。


「アルス王子という。この春ダート・シジェイン寄宿学校卒業予定の十六歳だ。お前もダート出身だっただろう。話が合うのではないかな」


「王子が、寄宿学校?」


 ただの貴族の長男だって家庭教師を雇い、自分の領地から出ることがないことも普通だというのにどういった事情なのか。


「いや、そんなことより、なぜ私なんですか?」


「ジャック。これは上からの通達なんだ。私の意見など何も通らない」


 苦しげに説明すら拒むグレイ少佐の様子を見て、ようやく思い当たる点が見つかった。


「――ああ。なるほど。父の件が絡んでますか」


 グレイ少佐が黙った。

 この人のいい少佐は嘘がつけない。

 沈黙は肯定の証しだ。


 いま、王と父の関係悪化は国民がよく知るところとなっている。


「そう、悪い話ばかりでもない。向こうにはギブソン少将がいる。私もよく世話になった。知っているだろう。軍の英雄だ」


 最近王と喧嘩をしたとの噂のかつての大戦時の英雄の名だ。聞いたことのある名前ではあるが、だからなんだというのか。


「まとめて左遷ですか」


「そういうなジャック……」


 グレイ少佐は弱り果てて、それほど量の多くない、くすんだ金髪をそわそわとなでつける。


「ジャック。しばらくの辛抱だ。お前の有能さはよく知っているし、出世したいという気持ちは誰よりも近くで聞いてきたつもりだ。いつか必ずお前をここへ戻す。二年も経てばほとぼりは冷めよう」


「二年……ですか」


 強引な人事がまかり通るというのに、この提示された期間を信頼できるだろうか。


「機会があればその時間すらかからん」


 ジャックは失望感を隠せず上官から顔を背けた。

 ここで抗議し続けても何も変わらないことはよくわかった。



 * * *



「実際の戦争はそうそう整った環境ばかりではないぞ。その場で集められやる気がなく能力の低いものもいる中、彼らをうまく誘導し短期間で育て上げ、結果を出さねばならぬときもある」


 配属後、あまりに覇気はきのない兵士の集まりである第六近衛兵団の連中をみて、ジャックが漏らした愚痴に、ギブソン元少将――現大佐が指摘する。


 この言葉についてはそれもそうかと納得したものの、ついでのようにギブソン大佐の私室へ呼び出され、告げられた言葉は「王子の従者(ヴァレット)をやってくれないか」というものだった。


「アルス王子とはどういったお方ですか」


「それほど手がかかるお方ではないよ。素行の悪さや奔放さもないし、真面目だ。少々頑固なところはあるかもしれないが、対話が通じない相手でもない」


 ギブソン大佐が隣で控えるブライアン大尉にも話を振る。


「そうですね、ここ最近お会いしていないため数年前までの記憶からになりますが、おおむね私の印象もその通りだと」


 あまり良いとは言えない扱いから考えると随分と素直に育った王子らしい。


「基本的にはおとなしい部類の性格でいらっしゃるのだが、まれに驚くほどの行動力を発揮される時があり、毎度意表をつかれて何度か困ったことが……」


 なにか具体的な記憶を思い出したのかギブソン大佐は笑い出した。

 ブライアン大尉が咳払いをして脱線しそうな会話を元へと戻す。


(冷遇という割に、大佐からは随分と可愛がられていそうな王子なんだな。なんか爺さんと孫みたいな)


「ジャック、君自身も従卒じゅうそつをつけるような身分であるから、実質の使用人のようなことをするのは抵抗があるかもしれない。ただ、アルス様の存在は目立つ名前ではないものの王族であるし、君の名誉にも傷はつかないと思うがどうかな?」


「レオポルド家がこだわる名誉とはそういったものではありません」


 ジャックは反射的に上官相手に噛み付いてしまい、しまったと顔を(しか)めた。

 ギブソン大佐の顔色を伺うと、幸い気分を害した様子はなく、むしろ嬉しそうに笑った。


「おお、そうか、本物の名誉を理解しているのだな」


 軍の英雄と名高いギブソン元少将は王と喧嘩したとの噂だったため、どれほど短気で恐ろしい存在かと思えば人情味あふれる爺さんという印象だった。


 つい気が緩み、調子に乗って発言を続ける。


「職務は、与えられたものについてはり好みするつもりもありませんし、全力を尽くします。ただ、私の希望としては一刻も早く最前線へ復帰したい。この環境でのんびりしていると本当に名誉に傷が付きます」


 渋い顔をし、何か言葉を発しようとした副官ブライアン大尉を、ギブソン大佐が手で制した。


「それは君の立場で言うともっともな意見だ、ジャック。私もできる範囲のことであれば協力は惜しまんよ。だが、アルス様の付き人の職を受けるのかにどうかについては関係するだろうか」


「そう長くここに居座る気のない人間が従者(ヴァレット)というのは無責任かと思いまして」


「なるほど。ではそれらを本人に全て伝えてみるといい」


 きらきらと少年のように目を光らせて笑うギブソン大佐の様子から毒気を抜かれ、ジャックは「はあ」という気の抜けた返事を返した。

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