第26話 合わない視線
ブライアンの朝の状況報告から、必然とジャックの話に流れてしまった。
ギブソンは、いつのまにか訓練開始時刻から大幅に時間が過ぎていたことに気づいた。
過去の大戦時に多くの仲間を亡くしたという経験があっても、人の死というものには慣れないものだ。
当時でも散々泣き虫と揶揄されてきたことを思い出す。
ましてや、目の前のことしか考えられないほどの異様さで麻痺していた時代と比べて、束の間の平和の時分であるからか、じわじわとより痛みが反芻されてしまうのかもしれない。
すでに情報が伝わっていると予測される兵たちへの説明に向かうブライアンを送り出すと、使用人をベルで呼ぶ。
ノックをしてやってきた使用人に背を向けたまま、使い物にならなくなったハンカチの替えの準備とついでに飲み物を頼んだ。
「ブライアン大尉とアルス様はもうお帰りになられたんですか?」
準備する飲み物の数の確認のためにと使用人が尋ねた言葉に引っかかる。
ギブソンは、真っ赤になった鼻の頭をみられることも忘れ、彼女の方を振り向いた。
「アルス様……?」
「? ええ、ご用があったようで、ご在室ですと部屋の近くまでご案内しましたが……」
ギブソン自身、今回の件で動揺していたとは言え、自分の不注意さを呪った。
そもそも訓練開始時刻はとうに過ぎていたのだ。
誰かが呼びにきてもおかしくはなかった。
慌てて部屋の扉を開けると、周囲で待機しているであろう留守番兵に聞こえるよう叫んだ。
「広場に行ったブライアンを呼び戻せ! すぐにアルス様の居場所を確認する必要がある!」
アルスの足取りを探すのにそう苦労はしなかった。
目撃情報を辿った先の厩舎から一頭の馬が消えていた。
ギブソンとブライアンの会話を聞いたと思われるアルスの向かう先として最も可能性の高い場所を追っていく。
「私の首ひとつですめばよいが……」
ギブソンは、馬にまたがると王の在城の印である王家の紋章が旗めいているネイピアス城へと向かった。この時間は執務室だろう。
* * *
ギブソンが入室した時、既に状況は動いていた。
慌てて取り次ぎを頼み、案内する執事の歩みの遅さに苛立ちながら、ようやくたどり着いた王の執務室では、父子の会話が始まっていた。
王の執務室は、王とアルス以外にも人がいた。
滅多に顔を合わせることはなかったが、十三歳と聞く歳のころと母親からそっくり譲り受けたかのような金の髪の毛と青い瞳の姿を見るに王太子ユージンだろう。
「――死ぬとわかっていて、ジャックを送りだしたのですか」
遅かった。
話はもう進んでいる。
王が追い出さずに会話を認めているこの状況に、一介の軍人ごときが口を出すことはもうできない。
ギブソンは、執事から制され、部屋の角で待機する。
王は扉から入ってきたギブソンをぎろりと睨んだ。
アルスは着座した王の前に対峙したまま、王を真正面に見据えており、静かに入室したギブソンのことに気づいた様子はない。
「死ぬとわかっていたか? そうだ。それがどうした」
ジャックの件について、多少なりとも弁明をするかと思われた王は意外にも事実をあっさりと認めた。
「命を賭す任務だとは伝えた。国を守る手段とも。それでも行くと決めたのは本人だろう」
「あんた……!」
「おい、お前証拠もないのにそんなことを言いにきたのか」
ユージンがアルスを馬鹿にするような態度で、割って入ろうとする。
「悪い、ユージン。お前は黙っていてくれ」
ユージンを見ようともしないままのアルスの言葉は、ギブソンがぞくりとするほどにまで冷たかった。
ユージンは雰囲気に気圧されそのまま黙る。
「証拠があるかないかなんて聞いていない。俺は王に、ジャック・レオポルドを無駄死にさせたのかと訊ねているんだ」
「無駄ではない、議会を動かした。誰もが彼の死を悼み悲しみ、レオポルドの次男は名誉を取り戻し――」
「詭弁だろう」
「詭弁なもんか、レオポルド家は名誉を何より重んじる。人の命よりも。我々の都合と合致し、その少尉もそれを理解し……」
鈍い音が部屋に響き渡った。
アルスが机を殴りつけた拳をそのままに、低い声で王を睨んだ。
「あいつの存在は、お前にとってただの都合の良い人間か」
徐々にアルスの声色に感情が乗り、怒気が膨らんでいく。
「自分が殺した人間の名前と階級くらいきちんと把握しておけよ。あいつは……あいつはジャック・レオポルド中尉だ!」
王に今にもつかみかかりそうな様子のアルスを、控えていた護衛の兵たちが抱え込み抑えた。
「アルス様!」
ギブソンは顔面蒼白のまま、慌てて言い訳を取り繕おうと口を開きかけたが、王の言葉に遮られた。
「ギブソン大佐、お前にはそいつの教育を頼んだつもりだったが、その結果がこれか?」
「――っ! 申し訳ありません」
王へと向き直り、屈辱的な思いは抑えて、ギブソンは謝罪した。
本当はアルスと同様に胸ぐらを掴んで暴れてやりたいところだった。
ジャックの件を取り繕おうともしない王には憎しみに近い嫌悪感しか生まれない。
しかし、自分の肩には残る第六近衛兵団の兵たちとアルスの処遇がかかっている。
「お前はどう責任を取る?」
笑うようにギブソンへ問いかける王に、ギブソンは静かに返した。
「……何をご所望でしょうか」
少し考える仕草をしたのち王は言い放った。
「おお、そうだ、以前お前は戦場で多大な成果を残し、二階級進級して勲章の授与と共に大佐になったのであったな」
「では二階級の降等と、さらに勲章を剥奪されればいいでしょう」
ギブソンは鼻で笑い言い捨てる。
「しかしその代わり――」
一際大きな声で声を張り上げる。
「第六近衛兵団の団長の任とアルス様の教育係としての役割はどうかこのまま維持していただきたい!」
決して譲らぬ意志に王は圧倒されたようだ。ギブソンの凄みを受け王は思わず動きを止める。
「……物好きだな。構わん。ただそいつの身はこれより一週間こちらで管理する。最低限の立場と礼儀は覚えてもらわんと周りに示しがつかん」
ギブソンは一瞬狼狽した。
王に対してアルスが狼藉をはたらいたのは事実である。
このことに逆らう言い訳は難しく、下手に庇うと余計に状況の悪化を招く可能性があった。
「……承知いたしました」
ギブソンはアルスが心配になり様子を窺った。
アルスは兵たちに取り押さえられたまま、視線の合わない王の方をただ睨み続けていた。




