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第2話 ノーリントン駅

 古代魔法文明の崩壊からおよそ二五〇〇年。


 東国アーナヴァルタにておこった科学による技術革命の波が、多くの国へ波及していった時代。

 それは魔法による社会維持を中枢に据えてきたこのリンデル王国も例外ではなかった。


 かつての巨大魔法文明が栄えた時代であればいざ知らず。


 わずかな魔法資産を掘り返すだけの現代ではもはや、国家間の戦争か、治安維持か、はたまた国への反抗か——

 つまり、魔法は武力としての存在意義が主となっていた。



 初夏の鮮やかな緑の映える空の下、八両編成の列車が、なだらかな丘の間を縫うように走っている。

 科学の象徴ともいわれるその蒸気機関車は、辺りに黒煙を撒き散らしながら進む。

 

 緩やかに曲がる軌道を過ぎ、直線に差し掛かった頃。


 汽笛が一つ、高らかに鳴り、線路のそばで草をんでいた山羊やぎたちが振り向いた。


 彼らは突撃してくる黒い大きなかたまりの姿を認めると、慌てて脇の高台へと登りだす。

 各々耳を震わせ、じっと車両が通り過ぎるのを見つめていた。



 * * *


 王都ログスティリア。北のターミナル駅、ノーリントン。

 整然と並ぶ鉄の骨組みと硝子ガラスに覆われてできた巨大なドーム状の屋根から、の光が透けている。


 ギブソンは若い駅員と、駅舎のプラットホームで北西部から来る列車を待っていた。 


「いつも時間通りかね?」


「はい、ギブソン大佐。その、申し訳ありません。その、なかなか時刻通りに到着することはまれで……つまり、ここ数日は特に、だいだい三〇分ほどかそれ以上かそれ以下に遅れることが多いです」


 ギブソンからの質問に、駅員はうわずった声で返事をした。


 本当は一時間遅れることも、到着しないことすらあると聞く。

 率直に伝えるのがはばかられたか、または途中駅からの通過連絡までは届いているのかもしれない。


(世間話をしたつもりが、余計に緊張させたか……)


 ギブソンは鈍色にびいろ顎髭あごひげを撫で、眉間にしわを寄せた。

 その様子をみた駅員はさらに縮こまってしまう。


 かれこれ三十分以上も、ギブソンはその場から動いていない。   

 きっちりと背筋を伸ばした直立の姿勢で過ごしていた。


 長年国に仕え、軍人として鍛錬たんれんを積んでいるギブソンにとっては特別なことではないが、親子以上に歳の離れた駅員にとってはあまり居心地の良い状況でないのは確かだろう。


 立ち続けるのは苦ではなかったが、はち切れんばかりの太さで軍服に窮屈きゅうくつに収めている不憫ふびんな腕を、時折無意識に動かしてやりたくなる。

 帯刀たいとうしている長剣をその手で確認して気持ちを鎮めた。


 そして気づく。


「——どうやら来たようだ」


「は、はい?」


 駅員も、ギブソンの呟きにつられて線路の先に視線を向けたが、音も列車の姿も確認できなかったようだ。

 ギブソンの言葉を聞き間違えたと思ったらしく首を傾げる。


 彼が懐中時計を取り出して時刻を確認したとき、ようやく石炭を燃やしながら動く大きな鉄塊の独特の地響きを感じたようだった。


「さ……流石ですね。軍人は河の向こうの動きが見えなければいけないと、祖父がよく言っておりました」


 駅員は、目を丸くしながら時計をしまった。


 河の向こうとは、このリンデル王国南の国境となるイズール河の先、ギニファ共和国のことを指している。

 リンデルの歴史は、南の隣国ギニファとの戦争の抜きには語れない。

 その国境線であるイズール河の監視は、いつの時代も——戦時下でない今であっても——兵の重要任務の一つであった。

 

 列車は耳に不快な金属の擦れる金切り声をより一層響かせ、蒸気を吐き出すと停止した。


 車体が停まるまもなく、乗客が一斉に雪崩なだれ出てくる。

 到着の安堵と高揚感からやたらと騒々《そうぞう》しさが増している三等車両を過ぎ、ギブソンと駅員は、他の車両と比べると高級家具とも表現できそうな一等車の前で立ち止まった。


 今回の客人きゃくじんについて、駅員は詳しいことを知らされていないはずだった。

 しかし、十分配慮が必要な客であることは一両丸々貸し切っていることからも感じ取っているだろう。


「すぐに開けます。少しお待ちください」


 駅員は手際よく、彼の頭の高さほどの場所にある鍵を操作し、中央の車室コンパートメントの扉を開いた。

 そのまま中を見上げ一瞥すると、そこにいた乗客の姿を見て、少し驚いたようだった。


 おそらくは、さそがし立派な紳士か、でっぷりと太った聖職者が乗っていると思っていたのだろう。

 実際にいるのは駅員よりも年若い、十代半ばほどの青い髪の少年が一人だけである。


 少年は、長時間閉じ込められていた世界から解放されたことに気がつくと、すぐに鞄と護身用の長剣を携え、扉のそばへ寄って来た。


 駅員はそこで、はたと自分の不手際に気付く。


 列車とプラットホームの間にはおおよそ階段で言うと五段分ほどの落差がある。

 扉を開けたはいいが、安全に降りるための台をプラットホームの端に忘れてきてしまったらしい。


 駅員は青ざめると、早口で頭上の少年に声をかけた。


「申し訳ありません。もうしばらくそのままお待ちください、いま——……」


 少年は手で駅員を制した。


「すまない、これを」


 革張りの旅行鞄を駅員へ手渡す。


 駅員は失敗に対する焦りからか、しどろもどろに応対しながらも、ひとまずは旅行鞄を受け取った。


 梯子台はしごだいを持ってくるのが先か荷物を運ぶのが先か。


 駅員が足をうろつかせている間にも、ギブソンは少年がすでに次の行動に移っていることに気づいた。


「少し離れてくれ」


 駅員があっと声を出すまもなく、少年は長剣を大事そうに抱えたまま、鳥が降り立つかのようにやわらかく着地する。


 少年はふう、と息をつき、左手で乱れた青い髪を整えなから顔を上げた。

 その瞬間に、さりげなく見えた紅玉(ルビー)色の片ピアスは、豪奢ごうしゃ意匠いしょうというわけではないのになぜかとても品よくうつり、少年の動作の美しさを際立たせた。


 そして、そのピアスとそっくり同じ色をした瞳がギブソンの姿を捉えると、少年は悪戯いたずらが見つかったかのようにはにかんだ。


「高貴な方は飛び降りる姿も綺麗だなあ」


 駅員が少年に見惚れ、小さく声を漏らす。


 (高貴なものはそもそも飛び降りるような真似などするものか)


 内心そう指摘したギブソンだったが、その気持ちはどこか理解できたため、やれやれとため息だけで済ませることにした。


 ギブソンは駅員に(チップ)を渡し、受け取った旅行鞄を表で待たせている馬車まで運ぶように伝えた。

 駅員は恐縮しながらも露骨にほっとした様子で、そそくさと駅舎の外へ向かっていった。




「さて、アルス様……なんとまあ、お一人ですか? 護衛は?」


 ギブソンは唸りながら、呆れた様子を隠しきれずに少年——アルスへ話しかけた。

 アルスの周りには護衛どころか世話をする付き人一人としていない。


「多少の賊程度なら相手にできる。自分の面倒くらい見られるし別に問題はないだろう。出発時に電信も送った」


 アルスは、先ほどから抱えたままの、柄の部分に青く透き通った石のはまった細身の長剣をさらりと見せてきた。


 ギブソンは、この若い主人に、自らの立場と無鉄砲さをどのようにすれば理解してもらえるか考えた。

 しかし、この少年に剣を教えたのはギブソン自身だ。

 責任を感じるところもあり、言葉にきゅうしてしまう。


 ギブソンが自分に護衛が必要ないと思う理由と、アルスのそれは感覚が一緒ではあろうが、いかんせん立場が違う。


 アルスは、()()()()()()()この国の長である王の長子だ。



「出迎えありがとうギブソン。まさかわざわざお前が来てくれるとは思わなかった」


「本国の王子の出迎えに私一人とはいささか申し訳無さを感じますが」


「それは皮肉か。俺がそんな立場の人間ではないのは皆周知の上だろう」


 鼻で笑ったアルスの言葉に、ギブソンは困った表情で眉尻を下げる。


 咳払いをし、本来の話題へと戻す。


「改めてお久しぶりです。アルス様。無事寄宿学校を優秀な成績で卒業されての帰還、歓迎いたします。しばらく見ないうちにまた身長が伸びましたかな」


「どうかな。自分じゃわからない。とりあえず今日はよろしく頼むよ」


 アルスがギブソンに向けて握手のために差し出した手を握り返しながら、ギブソンはその手の高さやたくましさが、以前のそれとは違うことを感じた。

 それを頼もしく感じたと同時に、これから待つ彼の人生を考えると少し不憫ふびんにも思った。


「ギブソンはいつこちらに帰って来たんだ? ずっとメルトにいると思っていた」


「三ヶ月前には一度メルトから引き揚げたのですが、その後しばらくリンデル南部の視察にいっておりました。そこから帰ってこれたのはつい先週になりますな」


「そんなに忙しいのに、わざわざ来てくれたのか。悪いな」


「とんでもない。さあ、話の続きは馬車の中で。夏とはいえのんびりしていると日が落ちてしまいます。その前に王宮に着かねば」

 


 * * *



 ここノーリントン駅は、王都の北のターミナル駅として存在している比較的新しい駅だ。

 ここから、王宮までは馬車で一時間ほどの距離となる。


 土埃つちぼこりの舞い上がる駅前へ出ると、すぐに物売りや呼び込みの喧騒けんそうに囲まれた。

 行き交う人々は年齢、性別、階級も入り乱れており、どこを見てもせわしない。

 荷物と人の往来が激しく、人混みを割るように馬車が次から次へとやってきて、そして出ていく。


 ギブソンはあらかじめ待たせていた専用の馬車とその周りにいた部下へ合図したのち、近くにいた新聞売りの少年を呼び止めた。


「すまんが一部頼む」


「あいよ、六ランツだよ」


「んん? こりゃまた値上がりしおったか」


「税金分だよ。文句は王や議会に言ってくれ。こっちは売り上げ下がって困ってんだ」


 ギブソンは牛皮の小銭入れから、硬貨を適当に引っ掴み、少年に手渡した。


 想像以上の副収入に少年は目を丸くする。


「毎度! 銀貨(シーク)つきか。ずいぶん気前いいね、旦那。何か訳あり? いや、悪い悪い何も聞かねえ。へへ、お陰で母ちゃんに綺麗な花でも買ってやれそうだよ」


 黒くすすけたようにインクで汚れた手を気にもせず、鼻の上をかき、少年はにかっと笑った。

 新聞の代金を専用の集金袋に、余りの金を胸ポケットから取り出したつぎはぎだらけの巾着にしまう。


 アルスは馬車の方へ向かいながらも、物珍しそうに、今日の仕事終わりに思いをせ上機嫌になった先程の新聞売りの少年をそのまま目で追っている。


 ギブソンはその視線につられ、次の客が新聞売りに話し掛けているところを目にしたが、そこで部下が割り込んできた。


 駅員が荷物を運び入れたことと、王宮までの行程について報告をうける。


「——悪い、ギブソン。すぐ戻る……!」


「アルス様⁉︎」


 唐突に焦ったように言い置いたアルスの姿はもう側にはない。


 走り出したアルスの向かう先を見て、いち早く状況を察したギブソンは、部下に一言二言指示をしたのち、すぐさま後を追った。

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